見出し画像

【The Hissing of Summer Lawns】(1975)Joni Mitchell ジャズ・フュージョンに本格的に踏み込んだ傑作

昨年(2022年)、ニューポート・ジャズ・フェスティバルにジョニ・ミッチェルがサプライズで登場して話題になりました。
ジョニは難病を告白して現在も闘病中。手を借りながらステージまで歩き、中央に用意された椅子に座って、周りのミュージシャン達のサポートを受けながら十数曲に参加しました(1曲だけギターを披露)。ごく控え目な歌唱でしたが、時折みせる年輪を重ねた深い歌声には震えましたね。
懸命なリハビリの末に見せてくれた姿。奇跡の時間とも思えました。

長いキャリアのジョニですが、1970年代中盤から暫く続いたジャズ・フュージョンに傾倒した時代は、ミュージシャンとして最も実りが多かったように思います。
個人的には本作、夏の昼下がりにしみじみと聴いていたいアルバム。ジョニの傑作です。

本作【The Hissing of Summer Lawns 邦題:夏草の誘い】はジョニ通算8枚目のアルバム。
前作【コート・アンド・スパーク】(74年)でジャズ・フュージョンの世界に足を踏み入れたジョニが、更ににその色合いを強めた作品です。発表当時の評価は芳しくなかったようですが、今では彼女の代表作の1つとされ、プリンス、ザ・スミスのモリッシーもフェイバリットに挙げておりました。

大まかな参加ミュージシャンは、
Guitar:Jeff Baxter、Robben Ford、Larry Carlton
Piano:Victor Feldman、Joe Sample
Bass:Max Bennett、Wilton Felder
Drums:John Guerin
Trumpet:Chuck Findley
Sax:Bud Shank

前作からTom Scottが抜けた以外は、細かいゲストは別としてほぼ同じメンバーが顔を揃えています。当時のクルセイダーズなどフュージョン系の名前が連なり、ジョニは彼等との共演で新しいスタイルを模索したのでしょう。

個人的に本作、ジャズ・フュージョンの影響を受けながらも実験的な作品という印象があります。曲調はカラッと陽性なものから陰影を含むようになり、ヒットした【コート・アンド・スパーク】の続編ではなく、更に複雑に深い領域に向かっている所が才女ジョニらしいです。
当時は珍しいワールドミュージックに接近した曲もあり、この頃のジョニは1人のSSWの枠を飛び越えたような存在感がありますね。感性の赴くままクロスオーバーすることが楽しくて仕方なかったのかもしれません。


(アナログレコード探訪)

米国アサイラム・レコードの初期盤

通算8枚目、リプリーズからアサイラムに移籍して4枚目になる本作。中古レコード店では値札に「優良録音盤」と表記されているのを見掛けます。実際に私が聴いた感じでも音は良かったです。
ジャケット内側にあるジョニ本人のコメントによれば、マスタリングはバーニー・グランドマンが担当。この方はその後Steely Dan【Aja】Michael Jackson【Thriller】など高音質盤を出掛けた巨匠なのです。
ジョニは毎作のアートワーク、プロデュースも兼任しており、録音、音質にも拘るアーティストだったのでしょう。

見開きジャケットは、ジョニ作による蛇を抱えて芝生を歩く黒色の男衆。何を意味するのか…。
米国盤はエンボス加工になってます。
見開き内側は、プールに浮かぶビキニ姿のジョニ。いかにも自由気ままなジョニらしい。


〜曲紹介〜

Side-A
① "In France They Kiss on Main Street" 3:19
洗練されたバックの演奏からして本作の性格を印象付ける1曲目。メロディラインも幾分お洒落な感触がします。
コーラスにジェイムス・テイラー、デヴィッド・クロスビー、グラハム・ナッシュと旧友が参加。ギターソロはジェフ・バクスターらしく、昔はラリー・カールトン説というのもありました。


② "The Jungle Line" 4:25
唐突なアフリカン・パーカッションに驚愕。東アフリカの国、ブルンジ共和国の王立太鼓隊の演奏をテープサンプリングしたらしく、ジョニがシンセと歌を重ねた前衛的な一曲。習作の域とはいえ、まだワールドミュージックという言葉がない時代。ジョニの先を見抜く感性は鋭いの一言です。


③ "Edith and the Kingpin" 3:38
本作はジャズ・フュージョンの雰囲気を湛えながら、ジョニの書くメロディも絶品です。仄かに漂うクールな憂いに酔いしれてしまうのです。


④ "Don't Interrupt the Sorrow" 4:05

⑤ "Shades of Scarlett Conquering" 4:59


Side-B
① "The Hissing of Summer Lawns" 3:01

② "The Boho Dance" 3:48

③ "Harry's House" / "Centerpiece" 6:48
B面は全体がストーリーのように流れます。こちら自作とカバーを繋いだメドレー。本作のハイライトと言えますね。
"Harry's House"は荒涼感あるメロディで翌作【逃避行】の作風を既に窺わせます。3:19辺りでジャズビートに切り替わり、ジョン・ヘンドリックス、ハリー・エディソンによる1958年のナンバー "Centerpiece"へ。
ジョニが歌うスタンダード、なかなかムードありますね。ジョー・サンプルのピアノが素晴らしい。そして再び"Harry's House"に戻る緩急ある構成。ジョニの中で何かを掴んだ、と思わせるスリリングなメドレーです。

④ "Sweet Bird" 4:12

⑤ "Shadows and Light" 4:19
最後はゴスペルライクなナンバー。こちらは何とジョニ単独による多重録音。シンセサイザー、コーラスで彩るスペイシーな讃美歌といった感じでしょうか。5年後に発表するライブ盤のタイトルになります。


この時期のジョニはまるで音楽の探求者です。ジャズ・フュージョンを中心に様々な音楽を自分の作風に反映させようとしたのでしょう。
きっと彼女の頭の中には、自分の進むべき音が聴こえていたのだと思います。イメージを形にするために新しい曲を書いて、また書いて……物凄いスピードで創造していく姿が思い浮かんできます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?