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【In The Court Of The Crimson King】(1969) King Crimson アナログレコードから見た堅牢な館 "宮殿"

実は私は、洋楽ロックに興味を持って初めて買ったレコードが本作でした。忘れもしない中学2年生、1987年暮れのことです。
日本盤の帯付き中古が1200円。一緒に買ったのがフィル・コリンズとフィリップ・ベイリーの「イージー・ラヴァー」12インチ。レシートがまだあります。これでこの月のお小遣い2000円は終了。なのに随分と満ち足りた心持ちでした。大人になった気分でしょうか。
そんな訳で本作、よく聴きました。

私は特にプログレに詳しい訳ではありません。でも発売から半世紀以上、数あるプログレ作品の中でもピンク・フロイド【狂気】と並んでダントツに本作が人気なのは、ジャケットのインパクトに比して、意外と解り易い内容だったからじゃないかと思ってます。

今回はアナログレコードの話です。
本作を各国盤で見て、聴いて、感じたことについてあれこれ書いていきたいと思います。

キング・クリムゾンの結成は1969年。メンバーはロバート・フリップ(guitar)、グレッグ・レイク(vocal, bass)、イアン・マクドナルド(sax, 鍵盤類, 管楽器)、マイケル・ジャイルズ(drums)、そして作詞担当のピート・シンフィールド。
この年の初頭に始動して、10月に本作をリリースしています。メンバーはその出来栄えに自信満々、感動的でさえあったようで、ロバート・フリップ曰く製作中に音楽の妖精が舞い降りたとか。何か目に見えない力が後押した奇跡のような時間だったと語っています。

しかし、本作は発売間もなくオリジナルのマスターテープが消えるという不運にも見舞われているのです。


(アナログレコード探訪)
〜その① 英国オリジナルマスターの謎〜

【クリムゾン・キングの宮殿】の英国オリジナルマスターテープは早々に紛失していたのだと、私は数年前に知人から教えてもらいました。(ファンには有名な話らしい)
ロバート・フリップという人は非常にマメな性格で、彼の日記に拠れば何と1969年には失くなっていたとのこと。

【宮殿】英国アイランドレコード初回盤
(Discogsから)

上は英国初回盤となるアイランドレコードの通称「ピンクアイランド」盤です。本作にはマトリックス1は存在せず(ボツにしたのでしょう)、2からスタート。ピンクアイランド盤でマト2、3までなら正真正銘オリジナルマスターからのプレス盤だそうです。
これ以後は状態の良いコピーマスターからの製作となり、初回盤と比べると音質は劣るらしい。
この噂はプログレマニアの間で広まり、現在【宮殿】の英国初回盤の相場は何と数万円。高嶺も高嶺の花です。私はあれは店で眺める骨董品だと決めています(笑)

しかし実際どうなのでしょう。それほど違うものか。どうにも確かめたくなった私はやはり数年前、後発盤を手に入れてみました。

英国2ndレーベル、通称ピンクリム盤
マトリックスA/4B/4

これは私が買ったピンクアイランドの次に当たる通称「ピンクリム」盤。アイランドでは1970年にレーベルデザインがこちらに変更します。私のはマトリックスが両面4/4なので、まさにコピーマスターから制作し始めたプレス盤ということになります。

さて半信半疑で針を落としたこの盤。が、しかしこれが何と音が良いのです!実のところ私は、このあと紹介する盤の音に納得がいかず、寧ろダメ元で最後にこの英国盤に手を出したのでした。しかし予想外の音。膜が剥がれたような明瞭さでした。各楽器がよく聴こえて、威圧感も凄い。これが本当にコピーマスターからの盤なのかという良音盤でした。

もう一つ。よく知る中古店の主人が、客が8万円で買ってきたという初回盤を聴かせてもらったところ、ピンクリム盤と変わらなかったという話があるのです。この主人、音には相当煩い方です。うむ……コピーマスターの話は本当なのか??

私自身が初回盤を未聴なので明言できませんが、果たして初回盤がどれほどの音なのか。
ネット上のブログ等で本作のアナログ音質を語るマニア諸氏はいらっしゃいますが、初回盤の言及はあっても、後発盤との差異についてハッキリ指摘されたものは、私の知る限りありません。まぁ、とりあえずこの一件は保留ということで。

ちなみにオリジナルマスターテープは2003年にヴァージンの倉庫から発見されています。

では、本作オープニングの "21st Century Schizoid Man" を。プログレへの漠然としたおどろおどろしいイメージをこれほどまでに具現化した曲も無いでしょう。静と動を織り込んだ曲展開、一糸乱れぬバンドアンサンブル。一見さんのお客はお断りとばかりに恐怖を植え付けられた、私のプログレ初体験の一曲です。



〜その② 米国盤から推察するクリムゾンの評価〜

米国アトランティックレコードの初回盤

キング・クリムゾンの米国での配給はアトランティックレコードです。アトランティックは黒人音楽を主に扱うレーベルでしたが、60年代末になると台頭するロックへとシフトチェンジ。レッド・ツェッペリン、クロスビー、スティルス&ナッシュといった有望株と次々に契約していき、クリムゾンも獲得しています。この年の夏に行われたローリング・ストーンズのハイドパークでのフリーコンサートで、初の大舞台を踏んだ彼等の噂を伝え聞いていたのかもしれません。

その米国盤ですが、正直イマイチな音です。英国盤と比べると音が団子状態、こもり気味。英国ピンクリム盤が仮にコピーマスターからのプレスだとするなら、この米国初回盤の音はかなり劣ることになります。

A面内周部の手書き刻印「ST-A 691699-C」

内周部には上の写真の他に「LW」「W」といった刻印がありました。調べてみるとLWとはラッカー盤に金属メッキを施したLongwear Plating社の印だそう。Wは不明でした。

ちなみにレッド・ツェッペリン1stにはアトランティックの専属エンジニア、ジョージ・ピロスの刻印(GP刻印)があり、音も迫力満点。クリムゾン作品はどうなのだろうと、自宅の盤を確認したところ、GP刻印が登場するのは3rd【リザード】(71年)以降でした。

ということから、【宮殿】は無名のエンジニアがマスタリング、カッティングをしたような気がするのです。あの音質は。
契約はしたものの、米国ではこの奇怪な音楽をやるバンドに対して、実際には殆ど理解を示していなかった気さえしますね。あくまで想像ですが。

さて一服。本作が荒々しいだけでなく、静謐さを含んでいたことも作品の奥ゆかしさに繋がっています。英国フォークのルーツを感じる "I Talk to the Wind" の美しさ。「風に語りて」という邦題も素敵ですね。



〜その③ 2年近く遅れたワーナー・パイオニアの日本初回盤〜

ワナパイの日本初回盤(P-8080)。
私が初めて買った76年再発盤と比べると、この初回盤の音はややクッキリしています。

我が国でキング・クリムゾンを最初に発売したのがワーナー・パイオニア。当時はワーナー・ブラザーズ・パイオニア社です。緑赤のレーベルが米国盤と同じことからも、米国経由のコピーマスターからプレスされたのでしょう。ですから、音は…察して下さい。

ここで同社のクリムゾン各初回盤の品番を見てもらいます。
P-8049【リザード】
P-8080【クリムゾン・キングの宮殿】
P-8104【ポセイドンのめざめ】
P-8207【アイランド】

ご覧のように、クリムゾン作品の本邦第一号は【リザード】。実は【宮殿】は2番手の登場だったのです。順番でいうと3rd→1st→2nd→ 4thという順序。
発売されたのは1971年6月。北山幹雄氏の解説が4月17日記、とあることからも間違いないでしょう。本国から遅れること1年8ヶ月、ようやく日本盤が発売されたことになります。

この初回盤、一つ興味深い事実があります。実物を見せて貰ったことがあるのですが、ネット画像から転載します。

日本初回盤のライナーより(Discogsから)

メンバーが誤記されているのです。何と【リザード】のメンバーが表記!(この画像では持ち主が訂正していますが)
ちょうど日本で【宮殿】を発売した71年当時のメンバーを表記してしまっているのです。これは正規版としてはチョンボ。と言うのは簡単ですが、当時は今と違って情報が乏しかったのでしょう。まさか人員が入れ替わっていたとは…。

海の向こうで評判のキング・クリムゾンですが情報は古く、リアルタイムの動向などなかなか入らなかったのでしょう。現在ではプログレの元祖と崇められる本作とクリムゾンですが、当時の認識が窺えます。

誤記訂正のお詫び

ここで一曲。私の大好きな"Epitaph" を。西城秀樹もライブで歌ったこの悲壮感溢れるメロディは日本人の琴線に触れますね。歌謡曲と相通ずるものを感じます。



〜その④ 有名な日本盤帯のあのフレーズを辿ってみる〜

こちら私が中学時代に買った【宮殿】です。品番「P-10115」なので1976年の再発盤。
ご多分に漏れず、私も買った当時からこの帯がお気に入りでした。フォント字体もですがやはり魅力は「69年末英国でアビー・ロードを抜いてトップに立った驚異のアルバム」の文言です。
これはよく知られるフレーズで、恐らく全てのロックレコードの日本盤帯の中でも、最も有名なフレーズではないかと思います。

勿論、現在ではこれはウソだとハッキリしており、本作の英国チャートは最高5位、米国では28位というのが真実です。

では、この「アビー・ロードを抜いて」云々の文言は一体いつから使われて出したのか?ちょっと調べてみました。

(Discogsから)

こちら【宮殿】の日本初回盤。2300円表記もありますが、初回の2000円表記にもやはり有名な文言は使われていました。

(Discogsから)

もう一つ。こちら同時期に使われた「花帯」と呼ばれる仕様。ここでも隅に小さくなっていますがあの文言は健在。
つまり本邦初公開から、有名なフレーズは存在したことになります。ネットもなく確認が容易でない時代です。ワナパイが考え出したこの営業キャッチコピーはロックファンの心をガッチリ掴んだことでしょう。

では逆に、このフレーズはいつまで使われたのか?これも調べてみました。

(Discogsから)

これは1981年のワナパイ再発盤。ちょうどクリムゾンが再始動した頃ですね。やはりあのフレーズはありました。

(Discogsから)

続いてこちらは配給権がポリドールに移った1983年のアナログ盤。ここに来て、遂にフレーズは消えました。他社が使った売り文句など使えるか、といった所でしょうね。

(Discogsから)

ところがです。CD時代に突入して、ヴァージンが配給したこちら東芝EMIの1987年版CDにはあの文言が復活!いや、微妙に変わってます。「アビー・ロードを全英LPチャート1位から引きずり下ろした……」と表現はエスカレート。ワナパイよりも煽るようなフレーズとなっているんですね。
1987年といえば、冒頭で書いたように私が初めて本作を聴いた年。この時点で発売から十数年。レコード会社を超えて、アビー・ロード云々のフレーズは生き続けていたのです。本作の立派な形容詞!

そして面白いのが表現の変化です。「アビー・ロードを抜いて」だったのが、「引きずり下ろして」になり、考えてみれば、我々ロックファンは間では、更に「蹴落とした」などの強いアクセントで本作の衝撃度を語ってきたような心当たりがあります。
これって当初のワーナー・パイオニアの考えたキャッチコピーにまんまとノセられたと思いませんか?当時のクリムゾン担当、そんな人がいたのか分かりませんが、その洋楽マンの見事なハッタリに長年、世代を超えて老いも若きもロックファンはノセられてきたんですね。ファンが御輿を担いだ要因はあったハズです。

一つの文言が言説のように広まっていった本作。マスターテープの紛失も重ね合わせると謎多き作品です。でも中身は一般的なプログレ妄想をしっかり満たす屈指の名盤。畏れ多いジャケットと幽玄な音の世界。これはやはりプログレ文化を担ってきた功労者と言える1枚ではないでしょうか。

最後です。感動的な表題曲 "The Court of the Crimson King" で締め括りましょう。溢れ出るメロトロンの洪水……幻想的です。本作って凍えるような真冬の夜に聴きたくなるんです。1987年の暮れ、初めて聴いた夜を思い出すんですよねぇ。


よいお年を!

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