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土ドラ『自由な女神ーバックステージ・イン・ニューヨークー』第1話レビュー:好きなものを「好き」と言えたら、呼吸はもっと楽になる

あらすじ:吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」のシンクロ率日本一のようなとある地方都市の工務店で働くサチ(井桁弘恵)。
何もない街だから、何もない私は溶け込めている…。そんなサチの前に突然現れたのは、超ド派手なメイクと衣装をまとったドラァグクイーンのクールミント(武田真治)。ショーで使う服を探していると言う。――この瞬間から、サチの人生は180度真逆に動き始める。
ファッションあり、ドラァグショーあり、三角関係あり…見所満載でお届けするちょっとディープな上京物語。クールミントの言葉で、今夜、人生が変わるのは、あなたかもしれない…
2023年3月4日(土)スタート、東海テレビ・フジテレビ系全国ネット。

公式サイトより)

サチ(井桁弘恵)の作る衣装を求め、田舎町に突然現れたドラァグクイーン、クールミント(武田真治)。ものすごい違和感を放つ彼(彼女?)をサチの幼馴染・篤史(三浦獠太)は「クールミントさんは本当に我慢強い」と称える。
けれど自分のあるべき姿で好奇の視線を集めることと、あるべき姿を隠して生きること、果たしてどちらが本当の「我慢」なのだろう。

サチは地味な服装で周りに溶け込んでいるが、彼女が趣味で作る洋服は、実はとても華やかで。なのに誰に着られることもなく、実家の一部屋に掛けられたままの洋服たち。それはまるでなりたい自分を表に出すことができないサチ自身のようだ。
洋服作りを仕事にしたいと志すもなかなか上手く行かず、東京へ出ることを諦めたサチ。頑張りは形にならなければ意味がないと決めつける父親(小木茂光)の言葉は、いつしかサチの考え方そのものとなって、彼女を内へ内へと閉じ込める呪縛になってしまった。
「サナギとして頑張った結果がチョウチョになっただけであってさ。今の自分がサナギであることを悲観することないと思うけどな」
クールミントの友人でルームメイトのケン(古川雄輝)は、そんなサチをサナギに例えて励ます。

サナギが羽化する時に必要なものは何か。外へ出ようとする内側からの圧か、外側からの刺激か。
クールミントはサチを挑発するような言葉(名言連発で書きたくてもキリがないほど)を投げつけながら「辛くて苦しいのに、どうしてもやってしまうこと」「やめたくてもやめられない」つまり服作りが好き、というサチの思いを引き出して行く。
クールミントのショーが始まるまで…という時間制限がある中で衣装を作り上げることにのめり込むサチはもう、外側の世界に踏み出そうとしているように見えた。

好きという気持ちに動かされているのはサチだけではなく、クールミントの元カレ・純(本多力)だってそう。クールミントのショーを観てドラァグクイーンになりたいと願う純の今カレ・安藤(上村海成)のために、自分がフッた元恋人に頭を下げに来るなんてなかなかできないこと。そしてそれを頼んじゃう今カレの必死さだって相当だ。

しかしサチにサナギのアドバイスをくれた当のケンは、そういう情熱の渦から一歩離れた場所にいる。きっと海が好きなのに、サチに聞かれるとそれが今はわからなくなってしまったのだと答えるケンの表情は切なく、どこかさみしく、過去に隠された何かを予感させる。
ケンは誰かが決めたルールに縛られたりはしないけれど、自分を内から突き動かすような衝動を見失っているようだ。そういう意味では彼もまた、別の殻の中にいる。サチの持つ「好き」という純粋な気持ちはケンにとっては眩しく、守りたいものに思えたんじゃないだろうか。だから彼は今のサチを認めてあげたいし、背中を押してもあげたいのだ。
初対面のサチに「綺麗だけどタイプじゃないな」と不躾なセリフをぶつけたケン。この短いエピソードで描かれた、嘘をつけないという彼の特性が中盤以降効いてくる。彼の言葉がすべて心からのものだと信じられるから。

それにしてもケンの妖精感ったらすごくないですか。ゆるふわ~とした、どこか浮世離れした歌うような話し方。ソファでは恐竜のぬいぐるみを抱きしめて座り、ちょこんと座っておにぎりを食べ。だけど脱いだらすごいんです(指の隙間からついついガン見する、白く輝く半裸)。だいたいなんなのさ、あの砂浜の疑似押し倒しは。妖精には性別とかないのに!男を感じさせやがって!ぷんすか!…ってところからキャッキャウフフの砂掛け合い。ああ、妖精さんを邪な目で見てごめんなさい。全面的に私が悪かった。
ファンタジーな世界観の中にふと見せる憂いある表情には重みがあって、そのギャップには翻弄されるばかり。

試行錯誤の末に生み出した衣装は思いっきり大きなリボンモチーフで、控えめさを全部取っ払ったようなデザインだ。サチの作った衣装を着てクールミントがリップシンクするJUDY AND MARYの「クラシック」。YUKIの歌声はサチが母親と一緒にミシンをかけた少女時代、服作りの原点を思い出させてくれる。サチが無意識に流すのは、なりたい自分になれない過去との別れの涙のようだった。
そしてサチはついに父親に上京を宣言する。

甘い物が嫌いでも、甘い物を好きな人のことは否定しない。食べたことのないアボカドを最初から美味しくないと決めつけない。
サナギに包まれて見えなくても、その中で起こっているであろう変化に心を寄せる。
服のまま砂浜に寝転がってもいい。自分で服を洗えるのなら。
たとえドラァグクイーンや同性愛者が登場していたとしても、この作品はわかりやすくダイバーシティを振りかざしたりしない。サチのように自分で自分の限界を決めてしまう人。ケンのように好きな気持ちへの迷いがある人。篤史やサチの父親のように何でも自分の価値観に当てはめて考えがちな人。それぞれが心に見えない殻を作って生きていて、それが時々息苦しくなる。
そういうむしろ普通に見える人たちをすくい上げてくれる優しさが、土曜深夜の心に沁みる。
父親に「勝手にしろ」と言われたサチは、なんだかとても呼吸がしやすそうに見えた。破れたサナギの殻から流れ込む、新鮮な空気を胸に吸い込んだみたいに。

これからサチはサナギに守られてきた、まだ濡れた傷付きやすい羽をどのように広げて行くのか。クールミントのライバル・マカロン(宇垣なつみ)や純の今カレがどう絡み、登場人物たちはどんな自分を探し出すのか。なりたい自分になって行く道のりには恋だってあるのかもしれない。
無限の可能性が散りばめられた第1話の先に見える景色が楽しみでならない。

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