ツングースカ大爆発の「消えた隕石」の行方が判明

1908年に起きたツングースカ大爆発は天体衝突だったと考えられています。しかしこれまでに爆発地点周囲から隕石が発見されておらず、その理由は
大きな謎となっていました。

その隕石の行方を絞り込んだという研究が公表されました。

研究を行ったのはイタリアの国立宇宙物理研究所 (INAF) に所属するAlbino Carbognani氏らの研究グループです。研究は2023年2月27日にプレプリントサーバーのarXivにプレプリントとして投稿され、2月28日に公開されました。

2302.13620.pdf (arxiv.org)

ツングースカ大爆発のあらまし

ツングースカ大爆発とは1908年6月30日にロシア・中央シベリアのツングースカ川流域で発生した爆発現象です。最近某有名ゲームでストーリーのモチーフとして取り上げられたのでそこで知ったという方も多いのではないでしょうか。

この爆発はロシア国内が極度の混乱状態にある時代に発生したため、大事件でありながらも最初の調査団が派遣されるまで19年も要しました。核兵器が実用化されるはるか以前の時代にシベリアの僻地で発生したこの爆発に対しては当初から天体衝突が有力視されていましたが調査団の調査で大きな謎が浮上しました。

消えた隕石の謎

爆発後19年を経て現地に入った調査団はすぐに爆発跡を発見しました。幅数十キロメートルという広範囲にわたってタイガ(針葉樹林)がなぎ倒され火災が発生した跡が見つかったのです。この爆発痕は衝突体が地表に達して爆発した痕跡だと考えられ、爆心地を中心として残骸(=隕石)の捜索が行われました。しかし奇妙なことにただ一つの隕石さえ回収できませんでした。

宇宙由来と思われる塵が衝突跡付近に堆積しているのは発見され、天体衝突説が補強されました。しかし、「隕石」として認識されるような巨視的な破片は皆無でした。

この奇妙な状況はさまざまな憶測を呼び、

  1. 反物質が大気圏に突入し対消滅をを起こした

  2. ミニブラックホールが衝突した

  3. 宇宙人の宇宙船が墜落して爆発した

  4. 宇宙人が地球に対して核攻撃を敢行した

  5. ロシア帝国が秘密兵器の実験を行っていた

などのさまざまな仮説が登場しました。その中でも現実的な仮説として生き残ったのは「彗星が大気圏で爆発した」というものでした。

その後、20世紀を通じて天体衝突に関する理論的・観測的知見が蓄積され、大気圏に突入し空中爆発する衝突体やその破片の挙動をモデル化して正確に予測できるようになってきました。

今回の研究チームはそのようなモデルを利用してツングースカ衝突体の爆発後の破片の落下地域を計算しました。その結果隕石の落下範囲は爆発跡の北西に外れた地域であり、爆発痕周辺にはほとんど隕石は落下していないという意外な結果になりました。


出典 Carbongnani et al., 2023 右下の赤いピンマークが森林に残った爆発跡の中心点左側のマークが計算された破片の落下位置。Chekoは破片の落下跡と主張されチェコ湖という小さな湖の位置。

ツングースカ大爆発当時は、漠然と

  • 衝突体は地表に衝突して爆発する

  • 地表での爆発により破片が飛散して隕石になる

と理解されていました。このため隕石の探索は爆発痕周辺を重点的に行っていました。

しかしツングースカで起きたのは空中爆発です。爆発で飛散した破片は地表に落下するまでの間に横方向の速度を保って爆発地点から飛び去ります。これに対して爆発痕は、空中爆発点の直下に衝撃波の伝播により形成されます爆発跡と破片落暉地域が一致しないことは次の図を見れば分かりやすいのではないでしょうか。

爆発跡と破片落下地域の不一致(画像出典:自作)



ツングースカの場合、衝突体は15度という浅い角度で大気圏に突入し、高度8.5kmまで降下したところで空中爆発を起こしたと推定されています。浅い角度での突入だったこともあり、爆発痕と隕石の落下位置の間には大きな差が生じていました。

研究チームの計算によればこの空中爆発で生じた直径3mサイズの破片は爆発現場から飛び去って落下するまで水平距離にして32kmも飛行するという結果になりました。モデルによれば小さい破片ほど爆発跡の近くに落下することが予測されます。しかし

  1. 直径数cm以下の破片は空中爆発で蒸発

  2. それより少し大きい破片は爆発跡近くに落下するが、最初に調査が行われるまでの19年の空白期間に泥や植物に埋没

  3. 埋没しないほど大きく目立つ破片は爆発跡から大きく離れて落下

ということになり、大きい破片から小さい破片まで何も見つからないという状況になりました。

1908年時点では衝突体の空中爆発がありふれているという認識もなく、単純に地表で爆発したという仮定の下で爆発痕の近くを探し回っていました。謎の答えは単に「間違った場所を探していたから」でした

研究チームが計算した破片の散布範囲は衝突体の侵入コースや爆発高度の不確かさを考慮に入れたものです。モデル上の不確かなパラメーターを推定する上では近年2013年に発生したチェリャビンスク隕石落下のデータも参考になりました。

チェコ湖論争

チェコ湖とは、ツングースカの衝突跡の北およそ10kmの位置にある長さ500mほどの小さな湖です。この地形は衝突体本体または破片のうち大きなものが落下した跡だとする仮説が以前から提唱されていました。この説に対して、チェコ湖はツンドラ地域によくある自然形成の湖の1つが偶然爆発跡の近くに位置していたに過ぎないという反論があり、長年この湖の正体を巡って論争があり、これまでに湖の地質調査が行われていました。

チェコ湖衝突起源説によれば、ツングースカ衝突体は空中爆発を起こして爆発跡を残した後、分解しないままチェコ湖のあった位置に落下して地面に深くめり込んだとされます。そして19年の空白期間の間に付近の川から落下でできた窪地に水が溜まって衝突体は湖底に水没したとされます。これが現場から隕石が回収されなかった理由です。

チェコ湖の周辺では物体の落下を示すような痕跡(倒木や巻き上げられた噴出物など)が見つかっていないことは衝突起源説を否定する根拠です。

否定論に対する反論として、落下の痕跡が見つからないのはそれらが水没したためだという主張があります。また、調査によりチェコ湖の湖底は北側に円形の窪地がある特異な地形となっており、湖底の詳しい調査により落下の痕跡が発見されるという期待もあります。


(再掲)

さて、今回の研究で計算された散布界は上図のようにチェコ湖(Chekoの矢印部分)から大きく外れた位置にあり、この地形は衝突とは無関係の可能性が高いと確認されました。

彗星か小惑星か

ツングースカ大爆発に関しては衝突体が彗星小惑星のどちらに由来するのかということが長年議論の的になってきました。

地球に到達する衝突体の大半は小惑星由来であることが分かっており、第一には小惑星由来である可能性が高いと考えられます。

しかし、爆発現場から隕石を回収できなかったことから「衝突体の正体は揮発性の高い彗星の破片であり、爆発によって完全に蒸発してしまったため隕石を回収できなかった」という説が提唱され、彗星説が有力となっていました。

今回の研究では隕石を回収できないのは誤った仮定に基づいて誤った場所を探したためであることが分かりました。これにより衝突体が彗星であると考える根拠が消失しました。

さらに研究の過程で衝突体の地球大気突入前の軌道を計算したところ7:3の割合で彗星よりも小惑星である可能性が高いことが分かりました。さらに、空中爆発が起きた高度8.5kmを再現するために衝突体はかなり強度の高い物体でなければならないことがモデルから計算されました。具体的には、2013年にチェリャビンスクに落下した衝突体の5倍の強度が必要とされました。チェリャビンスク衝突体は回収された隕石から岩石質の小惑星だったことが確認されています。それを上回る強度を持つツングースカ衝突体もまた小惑星であった可能性が高いと考えられています。




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