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防衛三文書から読み解く防衛産業におけるスタートアップの展開可能性〜防衛省はスタートアップに何を求めている?その真意を探る〜


はじめに

 防衛省とスタートアップ企業との関わりが深くなっている、と言うと意外に思われる方もいるだろうか。実は昨年から防衛省はスタートアップ企業からの調達を増やすために多くの政策を矢継ぎ早に打ち出している。さらに航空自衛隊はベンチャー企業の集積する虎ノ門ヒルズCIC Tokyo内に昨年10月からオフィスを構え、企業関係者を対象にセミナー等を頻繁に開催している。スタートアップのフィールドにおいて防衛省の存在感は近年急激に高まっていると言えるだろう。

 しかしこのような防衛省からの急な熱いラブコールにスタートアップ企業はどのように応えればいいのだろうか。多くの人にとって防衛省・自衛隊は最近まで馴染みが薄い組織で、急に大きな契約チャンスを提示されても尻込みしてしまう感覚がどこかにないだろうか。昨今各種説明会及びセミナー等で省内の担当者に直接会って話を聞く機会が多くなっているとは言え、「防衛省が何故、今、そしてどこまでスタートアップを求めているのか」という点について明快率直な説明が今まさに求められているのは間違いないだろう。

 今回は、防衛省の急速なスタートアップ協働の根拠を2022年末に公開され話題となった「防衛三文書」に求め、その概要も説明しつつスタートアップとの協力深化を進める防衛省の企図、戦略を明らかにする。これにより、昨今のスタートアップ連携が一過性のものではなく、少なくとも三文書がレンジとする今後約10年の期間、そして今後5年間で予定される43兆円超の防衛費拡大の中で、スタートアップ企業は民間先端技術の果実を防衛省・自衛隊にもたらす確固たる役割を持つことになると示すことを本稿の目的とする。


防衛三文書に示された「新しい戦い方」への警戒感

 スタートアップに関する説明に移る前に、そもそも「防衛三文書」について軽い説明をする必要があるだろう。これは三文書という名の通り、「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」という名称の三つの戦略計画文書から構成されており、それぞれが異なるレイヤーで全体として「日本政府はどのように日本の国益を安全保障上の脅威から守るのか」という戦略を規定している。「国家安全保障戦略」は日本にとっての「国益」、「脅威」、そして「安全保障」とは何かという概念を国家政府レベルで定義している文書で、三文書の中では最上位の文書に位置付けられている。続く「国家防衛戦略」と「防衛力整備計画」ではそこで定義された安全保障上の脅威に関して、自衛隊がどのような防衛力を用いて対処していくのか、そこに必要な防衛力をどう整備するのかという戦略が具体的に示されている。もう少し砕けた言い方でまとめれば、「防衛三文書」は「安全保障上今どのような脅威があって、政府はそれにどう対処していくか」を示していると言える。

 三文書には「反撃能力」など有名なキーワードがいくつかあるが、ここでは「新しい戦い方」と言う概念に注目したい。これは伝統的な戦車や戦闘機、艦艇などの兵器による地上、海上、空中における戦闘だけではなく、情報空間やサイバー宇宙電磁波空間での戦闘や無人機を駆使した戦闘が近年急速に存在感を強めていると言う認識を表す言葉である。伝統的な戦車や歩兵がドローンによって観測、撃破され、そのドローンがサイバー攻撃により制御不能になると言うような状況は昨今ウクライナ侵攻においても顕在化していて、当然防衛省もそのことを強く認識している。三文書では

先進的な技術に裏付けられた新しい戦い方が勝敗を決する時代において、先端技術を防衛目的で活用することが死活的に重要となっている。

国家防衛戦略 p.11

と端的にその認識が表されている。スタートアップとの連携強化が同文書において登場するのは実はこの「新しい戦い方」、及びそれを裏付ける先端技術の発展への対処に関する文脈なのである。 

防衛省・自衛隊「最先端技術の早期装備化に向けた取組」


先端技術取り込みのためスタートアップに期待される役割

 「新しい戦い方」に関して、三文書では最先端の科学技術は加速度的に発展し、すぐに各国の軍隊がこぞって取り入れて新しい戦い方として現れてくるという危機感が示されている。防衛省もこのような目まぐるしい先端技術の戦場への流入に対応し、そして先手を取っていかねばならないと「新しい戦い方」に対抗できない。ではどのようにして防衛省という組織に動きの早い先端技術を取り入れることができるのか。三文書では既存防衛産業の企業内研究への資金援助や、大学等研究施設との連携強化などいくつかの施策が提示されているが、スタートアップから積極的に提案を受けて取り入れるスキームはここで大きな位置を占めている。

防衛省・自衛隊「最先端技術の早期装備化に向けた取組」

 要するに、先端技術を取り込むためには民間の先端技術が扱われているフィールドと防衛省をつなぐパスを強化する必要があるのである。そのパスの中で一際今後重要となるのが防衛省とスタートアップとの関わりである。大企業や大学などを通じたパスは今まで多少なりとも繋がりがあったことを踏まえると、これまでほぼ未開拓であったスタートアップとのパスの構築・強化に防衛省が良い意味で前のめりとも言えるほどの積極的な取り組みを行なっているのも頷ける話である。

 それらの2023年からの防衛省の急激なスタートアップ企業との協力促進の動きは既に一部で新規契約として結実している。特に動きが著しいのは宇宙分野で、2024年3月に入ってからだけでもでもスペースワン株式会社、(株)QPS研究所とのそれぞれロケット、衛星関係の契約締結が発表されている。また、ドローン分野では株式会社ACSLが受注を発表している。半月で3件ものスタートアップとの大型契約が発表されるのは異例だが、防衛省がスタートアップから先端技術を取り入れることに対して貪欲になっていることのいい証拠となるだろう。


終わりに

 もちろん、防衛省が必要とする先端技術の全てをスタートアップから得ようとしている訳ではない。技術的に最高度の部分は既存の大企業に強みがあるだろうし、政府調達の制度的参入障壁も改善されつつあるが未だ残っている。それでもスタートアップエコシステムは先端技術の積極的な取り入れという防衛省のニーズに強く合致しているし、スタートアップ側も防衛省との契約受注は業績としてのメリットが大きい。実際に防衛省側の取り組みも契約の成立も加速している現状を見れば、今後もスタートアップが防衛産業の中で存在感を増していくのは間違いないだろう。今後の防衛産業におけるスタートアップの展開に更に期待したい。

参考資料
https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/guideline/index.html
https://www.mod.go.jp/j/budget/rapid_acquisition/index.html

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