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フィニッシュを決めない。
もしかしてそれってずっとなの?
「動きのきっかけ」と教えてもらっていたことの話です。
動きというか、思ったことというか
この辺はレッスンで体験してもらいたいんですが、
その「きっかけ」はずっと起こっているものなんじゃないか?
今までは動き出しの時に
その「きっかけ」があるといいんだな、
くらいに思っていたんですが、
どうやら違う。ずっとなんだなって。
動きは完了しない。
ずっと動いている途中
自分って、変なやつだ。
あー、これって根深いなあ、と。
練習している。
考えている。
何か進んでいると思いたい。
これらのフリをしていただけだった、という記事です。
自分の中にある、思い込んでいる
正解を自分自身に押し付けていただけだった。
「自分よ自分。こうやって動いてくださいな。」と。
わたし自身に押し付けているだけだった。
なんとごうまんな!
友達のアレクサンダー教師が、
軍隊式と呼んでいたのはこのこと
分けてしまうって、根深い。
人間が機械であるかのように分割してしまう。
これはほんとうに根深くてですね。
分けるのではなく、統合して
そのままを理解しようとしたり、
受け取ったりするんだよね。
こう思っている人でさえも、
ついつい分けて考えて
分析してどうなっているのかを
考えてしまうんです。
まるっと、と言ったら
まるっとなんです。
と言いつつも、わたしも気づけば
分けて考えていることがあります。
どれだけ根深いんだ
「する」んじゃないんだ。
私たちは何かを身につける時
新しい何かを「する」、と思い込んでいます。
ですが、いますでにやっている
やらなくていいもの、を
やめることなく、新たに何かをしようとしても
なかなかうまくいかないんです。
すでにやってしまっていること。
このことに気づくことは
かなり繊細な観察が必要です。
すでにやってしまっていることが
やめられたなら、そこには
あら不思議、自然に正しいことが起こります。