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『大地の恵み、優しさの恵み』~大根の葉のツナ炒め~

「終わった終わった!」
声に出して言う。

起伏の多い道を駆け上って降りてカーブで軽快にハンドルを切る。
すっかり日が暮れた通勤路を家に向かって走った。

片付かなかった仕事も、嫌味な上司も、おしゃべりで失礼なおじさんも、なんでも人のせいにする同僚も、今日のことはすべて終わった。
明日のことは明日になってから考える。

帰宅すると、玄関先には一本の大根が置いてあった。
畑の泥がついたままで、青々とした葉もついたままだ。

やった!

泥の塊を外で落としてキッチンに運び入れ、軽く全体を水で流すと、包丁でざっくりと葉を切り落とした。
ボウルに水を張る。
傷んだ葉を取り除き、虫がついていないかチェックしながら一枚ずつ丁寧に汚れを落とす。
一通り洗い終わったら、汚れのたまったボウルの水を捨てて、新しい水をたっぷりためて、葉をつける。

ここで、ラフな服装に着替える。
そして懐中電灯を持って、外に出た。

ひんやりした空気に包まれ、秋が深まってきたことを感じる。

道路を挟んだ向かいの畑に足を踏み入れる。
こんな夜更けに小さな明かりで足元を照らしながら畑に侵入する姿は、どこから見ても野菜泥棒だ。

目当ての長ネギに手をかけて、力を込めてゆっくり引き抜く。
ごそっとした感触とともに根っこが土を持ち上げ、白い肌が出てきた。

年配のご近所さんは、趣味で育てている野菜を時々私に分けてくれる。
さっき玄関先に置かれた大根もそうだ。
長ネギは特に私の大好物で、お礼のたびにジャンプして喜びを伝えていたら「いつでも抜いて持って行っていいよ」ということになった。
毎年作り過ぎて余らせてしまうのを見かけていたので、こうして遠慮なくいただいているのだ。

外側の皮をはがして泥を落として、家に持ち帰りキッチンで洗う。

長ネギの切り方には好みが出る。
私は5センチほどの間隔で丸太のように切る。
さっきまで土の中にいた新鮮なネギは、電灯の光を反射してとろりと光っていた。

美味しそう。

大きめの鍋にお湯を沸かして、丸太ネギを投入する。


シンクの隅でボウルに浸かっていた大根の葉は、水を吸って生き生きと膨らんでいた。
2,3枚ずつまな板に上げて、繊維を断ち切るように細かく刻む。
それが終わったら、冷蔵庫からツナ缶を出す。
フライパンをコンロに置いて、ツナ缶のふたをあけるとふたで中身を押さえながらツナオイルをフライパンに流し入れた。
火をつける。
ツナ特有の香りが立ち始める。
まな板の上で刻んだ大根の葉を、水分を切りながらフライパンに投入していく。
大きな音を立てて今度は野菜の香りが立ち込めた。

火が通ったところでしょうゆと塩コショウで味付けをし、最後にツナを入れて全体を和える。

箸で一口つまんで口に入れた。

「うんま!」

我慢できずに、冷蔵庫から缶ビールを出して一気に飲んだ。
そしてフライパンから大根の葉炒めをもう一口。

太陽の光をたっぷり浴びて育った葉からはワイルドな味がした。
新鮮だからえぐみもない。

テレビからは録画したドラマが流れている。
フレンチレストランで上品な客たちが、ワインとともに輝くような料理を一品ずつ味わっている。

どちらが贅沢か、分からないな。

少なくともこの幸福感は良い勝負だと勝手に思って、もう一口、フライパンからつまみ食いすると、冷えたビールをグイっと飲む。

そろそろ長ネギがトロッと柔らかくなってくるころだ。
大鍋に特売の豚小間切れ肉を80g程度と一袋19円のもやしを追加で投入する。
肉に火が通ったら食べごろ。

ポン酢に合うんだよね。

想像して舌なめずりをする。


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