怪我を受け入れる

本日行われた全日本インカレの10000mを怪我により棄権しました。これまでの疲労が顕在化してしまい走れる状態ではありませんでした。
最後の全カレなので残念ですが、治療に専念して先の箱根予選会に向かっていきます。

怪我か、そうでないか、の線引きって難しいですよね。本人が怪我と思えば怪我だし、そう思わなければ怪我でない、としか言えないと思います。私の今の状態は完全に「怪我」だと認めています。

怪我の判断基準は、どの程度痛みが生じるか、と、痛みに対してどれだけ許容できるか、で決まってくると思います。私たちが知覚できるのはあくまで痛みという間接的なものなので、身体の中で起こっていることと怪我かどうかは必ずしもリンクしていないのです。

身体の中で起こっていること(筋肉の破壊や硬直、骨や関節へのダメージ)が同じだったとしても、痛みの感じ方は人それぞれです。また、同じ痛みを感じても、どれだけ我慢できるかどうかも人それぞれです。そういうわけで怪我と認識するかは完全に主観的判断ですが、身体の状態が良くないことには変わりありません。そういう状態ではベストな走りをすることは難しいです。

怪我ではない、と思っているうちは、目先の練習や試合に向けてノルマをこなすことに精一杯になります。うまく走れなくても、悪いなりにまとめることができた、という評価を下します。試合に向かっていく場合は、不安要素をできる限りなくしたいので、無意識のうちに身体の悪い状態を看過しがちにもなります。それを続けると、練習はできているけれどもなかなか結果が出ない、という状態に繋がります。私もそういう時期はあります。

一方、怪我を受け入れると、練習をこなすことや試合で結果を出すための色眼鏡がなくなるので、自分の状態をより客観的に見られるようになります。やるべきことが見えてきます。確かに計画からは外れることになりますが、悪いなりの自分をいったん白紙にして、より良い状態を目指すことができるのは大きくプラスに働くでしょう。

思えば今期は2月末の東京マラソンで「怪我」をしてから、全て白紙にして良い身体の状態を作っていくことに意識を向けたことで一気に状態をあげることができました。(結局シーズンインしてない3月末が1番調子が良かったです)。それからは調子が単調下降していきましたが、「悪いなりには走れている」という評価を自分に下し続け大した改善をしなかったせいで今に至っています。

10月半ばにある箱根予選会は自分としてもチームとしても最重要視している大会で、悪いなりに走れた、ではとても満足できません。今回怪我に至ってしまったのは自分の自己管理不足で反省すべき点ですが、それを受け入れたことでより良い状態を作り出すチャンスは広がったと思うのでやるべきことをやっていきたいです。

明日からは東大陸上部の選手が出場するので応援を頑張ります!

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近藤秀一

GMOアスリーツ/東京大学大学院 八田秀雄研究室/95箱根駅伝関東学生連合1区/マラソン2:14’13

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