明け方、テントの外でゴソゴソ物音がする。寝袋に包まった無防備な姿では結構な恐怖である。微睡ながら気のせいかとやり過ごす。午前6時にテントのジッパーを上げて外に出る。食料が散らばっている。ソフトクーラーのチャックを閉めず、重しで百均のウエットティッシュを上に置いていたが、ベンチから落ちてしまっている。朝飯用の食パン２枚、ドライフルーツはある。無い。無い。シャウエッセン3本を入れた袋、セブンイレブンのチョコオールドファッション、ウエットティッシュも無い。やられた。鳥か？猿か？猫か？猪か？サイトの周りに猪除けの防護柵が張り巡らされているから油断していた。ここにも来るのか、獣。斜面を上がると、防護柵の手前にウエットティッシュが落ちていた。中を取り出した形跡は無い。盗んで持ち上がったのはいいけれど食い物では無い事に気づき捨てていったのだろうか。防護柵を越えたアスファルト道路、その向かい側にオールドファッションの空き袋を発見した。見事に袋上部が真っ直ぐ破られている。俺より開けるの上手いじゃないか。大したもんだ。まあ感心している場合じゃないが、この開け方なら犯人は鳥では無さそうだ。食パンは盗らずにドーナツ選んで盗るとは、グルメな獣である。結局、シャウエッセンだけは見つからなかった。獣にとってはご馳走だろうが、俺にとっても朝のシャウエッセンはご馳走である。一番の楽しみだったのに。お陰で俺は朝飯はプレーンな食パン２枚で済ませる羽目に陥ったのである。後で管理人にTELすると、犯人は狸ではなかろうか、との返答。畜生。狸め。今度会ったら狸鍋にして食ってやる。戦闘飯盒にぶち込んでやる。犬のお巡りさんにも被害届を出しておこうかしらん、そんな空想に耽りつつ、ファンシーな俺はオートバイで山を下ったのである。土砂降りの中を。

神は手にチュロスを持っている。

ステージでトークの予定が急遽キッチンカーの食レポ中継に変わったらしい。チェックシャツにカーキのジャケットを羽織り野外洋袴、いつものラフな出立の神、ヒロシさんは隣のワロシさんに気が付く。神はチュロスをワロシさんに押し付けると去って行く。神は、腕組みして遠巻きにワロシさんの方を見遣る。放置プレイだ。あはは、と笑う俺は、神と目が合う。神は悪戯っぽい微笑みを浮かべる。生中継のテレビカメラがチュロスを手に持ったままベンチに腰掛けるワロシさんに近付いてくる。そこに神がフレームイン、偽物じゃねえかー、お前また来たのかよー、この野郎ー、唐突に芸人スイッチが入った神の声が響く。俺のチュロス返せバカ、これ俺のですよ、俺のだよ、じゃれあい、プロレスだった。この様子が熊本朝日放送で生中継されていた、らしい。俺は初代偽ヒロシ、ワロシさんと熊本駅前で開催されたKAB駅前フェスタ2024に来ていた。目的はヒロシのひとりキャンプのすすめトークショーである。トークショーは二日間に渡り開催されるイベントの二日目だけだが、前乗りしていた。間近で神を見れたし、前乗りして良かったと思う。スタンプラリーを楽しみ、福引で粗品（クリアファイル）をゲットしたり自衛隊の装甲車を眺めたり、チュロス食ったり、馬肉の肉まん食ったり、ぶらぶら過ごし、ホテルにチェックインして風呂に入り、居酒屋行って、アンジェリーナ行って、カラオケ行って、ワロシさんと黒夢歌って盛り上がった。トークショー当日は、雨だった。見知った顔のファンの方々も集まり歓談する。ワロシさんは人気者だ。色んな人から声を掛けられる。客席に近付いていったら、スタッフに呼び止められ、お疲れ様です、楽屋入りますか、ヒロシさん入られまーす、とインカムで呼び掛ける始末で、ワロシさんは、すんません、偽物です、と謝っていた。トークショーは、サイキック芸人キックさんの独壇場だった。１時間は瞬く間に過ぎ去った。視聴者の質問コーナーに俺の送った質問が採用される事も無く、じゃんけん大会で勝ち抜く事も無く、ショーは終了した。次に仮面ライダーショーが控えているらしく、最前列に陣取った俺の目の前に、血走った目の親父が中腰で屈んだまま睨んでおり、大変に気色が悪かった。俺が席を立った瞬間に座ろうとしているのである。席を立つと、その横にいたギャル二人組に親父は席を奪われ、わたしはずっとここに並んで待っていたんです、横取りしないで下さい、アタシたちだって待ってましたあ、と揉めていた。死ぬ程鬱陶しかった。ワロシさんがファンから記念写真を頼まれていた。俺はタオルを取り、ニットキャップを被り、革ジャンを羽織った。寒かった。

帰り際に番組ディレクターまゆたんに挨拶した。あー、番組出て頂いて、と言われたけど、以前番組で、かけうどんチャンネル、とちょっとだけテロップで紹介された事なのか、そもそも俺をかけうどんと認識されているのか、俺にはわからなかったのである。