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本気の「とんち」が世論をつくる。『戦略PR』刊行から10年、著者と再考する“戦略PR”

「しみこむPR」は PR という概念の理解を深めることを目的に、現場の第一線で活躍する方々を招く、連続ゲストトークイベントです。明日からすぐ使えるティップスではなく、深く“しみこむ”パブリック・リレーションズの探究を目指します。

 vol.2 のテーマは「全PRパーソンの必読書刊行から10年。著者本人と再考する『戦略PR』」本田哲也(株式会社本田事務所・代表取締役)さん、片山悠(PuRe)が登壇しました。前編に引き続き、こちらではイベント後編の様子をお届けします。

「日本のPRはとんちが不足している」

片山 では、その戦うべき土俵を見つけたあと、どう戦略を立てていくかというところです。「戦略PR」の中では「戦略PRに必要な要素」を、非常に親しみやすい6つの言葉で挙げられています。

「おおやけ」 …「社会性」  
「ばったり」 …「偶然性」
「おすみつき」…「信頼性」
「そもそも」 …「普遍性」
「しみじみ」 …「当事者性」
「かけてとく」…「機知性」
(引用:「戦略PR」、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

この6つの要素の中で、「かけてとく」、すなわち「機知性」にこそ創造力や編集力が現れると思います。特に海外と国内の PR の差が大きい部分だと感じているのですが、グローバルでご活躍されてきた本田さんはどうお考えですか?

本田  海外といっても色々ですが、 PR が生まれた国アメリカと比べた場合、おっしゃる通り「機知性」は負けている部分だと思います。言い換えるならば「ウィット」。日本で言う「とんち」ですね。

「一休さん」的な返しのおもしろさは、本来日本人は得意なはずなんですけど、 PR のコミュニケーションになると、どうも欧米人のほうがうまいようです。日本人はコミュニケーションで創造力を発揮しようとすると、つい泣かせるような感動系に持っていく傾向がありますね。あとやってしまいがちなのが、から騒ぎすぎてしまうこと。そこにウィットはなくて、ただただおもしろい、以上、というような。

片山 なるほど。

本田 でも、世界的な広告会社がウィットに富んだコミュニケーションをする特別な手法を持っているとか、社内トレーニングをしているかというと、そんなことはなくて。組織というよりかは個人個人がもともと感覚を持っていて、企画会議で驚くほどアイデアが出てくるんですよ。

片山 せっかくなので今日は、今の本田さんのお話が垣間見えるような事例をいくつか紹介していきます。まずは「カンヌライオンズ2018」でデザイン部門のグランプリを受賞した事例から。

「Trash Isles」

本田 これは海洋環境保護団体が仕掛けた PR です。太平洋上に流れついたプラスチックゴミは、実は総面積がフランスに匹敵すると。じゃあ国くらいの大きさなら、正式に国として認定してもらおうじゃないかということで、プラスチックゴミによってできた島を「Trash Isles」と名付け、国連に申請するんです。

これはまさに大いなるとんちなんですね。あらゆる環境問題に言えることですが、由々しき問題でありながらも、みんな見て見ぬ振りをしてしまう。そこであらためて人々に目を向けさせるために戦略を立て、世界の海を守ろうと訴えかけたんです。

片山 おもしろいですよね。一般的な PR パーソンだったら、太平洋に浮かぶゴミがフランスとほぼ同じ面積であるというファクトをみつけると、すぐに飛びついて調査リリースにしがちです。

本田 そうですよね。たとえ会議室でこのアイデアが出ても「まあ、そんなの無理だよね」で終わるはず。

この事例の素晴らしさは、実際に国旗や通貨、パスポートなど申請に必要な要素を徹底的に準備したところにあります。さらに国民まで募り、最終的に世界的なインフルエンサーを含む22万人が国民として手をあげちゃったと。大人たちが本気を出してとんちを仕掛けたんですよ。

ここまでやってもさすがに国連は通らないんだけど、国連に申請したことで、あらゆるメディアが報道し、世界中にこのゴミ諸島問題がリーチしました。非常にクリエイティブな成功例です。

片山 個人的に大好きな事例です。ある意味、国連までメディアと捉えて戦略を立てたということですね。

本田 同じファクトを伝えるにも、ただ一本のプレスリリースを打つのと、国連まで利用して伝えようとするのとで、ここまで差が生まれるんですよ。

「正当性」がなければ、話題にはなってもPRにはならない

片山 では、ファクトの伝え方を工夫することを頭に入れたうえで、もうひとつの事例をご覧いただきましょう。これは、僕のTwitterにも動画が流れてきたくらい、国境を越えて広まったものです。

「The most German supermarket」

本田 これはドイツの事例ですね。EDEKAというスーパーマーケットチェーンが、人種差別問題に対して抗議するため、自社のスーパーマーケットからドイツ製品以外の商品をすべて撤去する方法をとったと。当然棚はスカスカになって、実際に店に訪れた買い物客は、「なにもないじゃないか!」と怒るわけですが。

多様性を認めなかったらどんな結末が待っているかを絵で見せて、こんな世界は本当にあなたたちが望むものですか、と自分のお店をある意味メディアと捉えて伝えたんですね。

またタイミングも肝で、このメッセージを打ち出したのは、ドイツの国政選挙で排他主義の政党が台頭していたときだったんです。ブランドとしてこんな素晴らしい主義主張を持っていることが伝わる、かなり秀逸な PR だと思います。

片山 じつに鮮やかですよね。つまり「商品」を「外国人」とかけてといたわけで。

さっき本田さんもおっしゃいましたが、主義主張をしっかりと表明するブランドは支持を得ていますよね。たとえば、NIKEがそうです。人種差別に抗議したことで追放されたNFLの選手を広告に起用したり、女性の抑圧に対してエンパワーメントのメッセージ性を込めた映像を打ち出したり。どんな人たちの味方であるかを示すことは、商品の詳細よりもときに重要になってきますよね。

本田 加えて大事なのは、アクションベースということ。どんなにいいメッセージがあっても、その展開方法がいきなりイベントを開催してタレントとトークショーをするだけだとなかなか広まらない。実際に国連に申請しちゃうような身を切るアクションをして、アクション自体を話題化させるのが重要である気がします。

片山 そうですね。と、ここまで、海外の事例を紹介してきたんですけれど、国内にも優秀な事例があります。

#この髪どうしてダメですか

片山 みなさんご存知であろうヘアケアブランド、「パンテーン」のキャンペーンです。

本田 すごい再生回数ですよね(4/8に公開され、7/2時点で約1000万回)。

片山 この事例、どう見られましたか?

本田 そもパンテーンは一人一人の美しい髪をサポートすることを便益として決めていらっしゃると。しかしそれはあくまで企業のかっこいいメッセージのひとつであって、もし新聞広告で見ても「ふむふむ」で終わってしまうかもしれない。

そこで世の中に目を向けたとき、この一人一人の美しい髪をサポートするというメッセージは、実は日本特有の同調圧力を示唆するテーマになっているんですよ。事実として、校則や世間の目によって髪色や髪型に縛りが生まれている。ムービーでは、地毛証明書について取り上げていますが、世の髪にまつわる不自由さを問題にし「あなたらしい髪の美しさを通してすべての人の前向きな一歩を応援します」と商品便益に落とし込んでいるんですよね。

これまでシャンプーに求められていた「髪が綺麗になる」とか「香りがいい」より、個性を大切にして自分らしくいられることが今の時代の女性にとって大事なのであれば、このような伝え方が PR として機能します。

片山 一見、地毛証明書問題について議論を促すのは、「パンテーン」がやらなくてもいいんじゃないの? と思えるかもしれないけど、商品便益のレイヤーをあげるということですね。自分たちが提供している価値の抽象度を高めて、その本質を突き詰める。

本田 おっしゃる通り、ここで気をつけるべきなのは「あなたのブランドがそれをやる意味はなんですか?」ということなんですね。

「パンテーン」は、ずっと髪の毛をサポートしてきたブランドとして、地毛証明書問題を扱う正当性があります。もしこれが髪とまったく関係ない校則について触れるのであれば、話題は生まれても PR の効果は薄くなる。こう言うと当たり前に聞こえるかもしれませんが、意外と事業会社側からすると忘れがちなところで。

片山 ソーシャルグッドに乗ってメッセージを打ち出す企業は増えたけど、「でもそれ、商品と関係ないじゃん!」といったケースが多発していると。

本田 そうなんです。ちゃんとブランドの文脈に沿っているかが大事なチェックポイントで。これは一時期、海外でも問題になったんですよね。

どう事を起こすかより、どうストーリーを語るか

片山 最後にお話したいのが、「ナラティブ(narrative)」という言葉についてです。これはつまり、「ストーリー(story)」に近いのですが、本田さんは非常にこの「ナラティブ」を重視してプランニングをされるんです。最近プランニングをご一緒した機会でも「ナラティブ」を考えるプロセスに、二ヶ月弱も費やしました(笑)。

本田 やりましたねえ。

片山 個人的にとても刺激的だったんですけれど、ぜひ「ナラティブ」についてご説明いただけたら。

本田 日本語にすると「語り」に近いんですよ。「ナレーション(narration)」って言葉がありますよね。テレビ番組はナレーションがつくことによって、分かりが良くなる。それと同じで、PRは全体を通してどう「語る」かが重要なんです。

昔のPRは、「ここでニュースに取り上げられて、ここで口コミが上がって……」とかなり細かい情報設計がありましたが、情報の流れが複雑化した今の時代ではあまり意味がない。なかなか予想通りにいかないので。なので情報がどう伝播するかより、どう語るかを考えたほうが作戦を立てやすいんですよね。

片山 某社においては、商品を開発するときに先にプレスリリースを書くようです。最初に商品やサービスをどう語っていくのかを考えていて。

本田 ええ。でも、クライアントさんにはまだこの「ナラティブ」という発想が浸透していないのが現実です。たとえば、「これが今回のナラティブです」って見せると、「いいですね!」とはなるものの、その語りを全部自分たちでやらなきゃいけないと勘違いするケースが多いんです。

片山 はい。

本田 「ナラティブ」は、あくまで世の中に伝わっていく語り口のこと。まず前半は、ブランドや商品が自ら語る必要はないですよ、と。これは PR によって、世の中が勝手に言い始めるところですって。そうして一定の知識が浸透して空気が生まれ、下地ができたうえで、ようやく語り始める。それからインフルエンサーがシェアしたり口コミが広まったりと動きが出てくる。その全体を通してどう世の中に語られるか、という壮大な話なんですね。

その前提が伝わっていないと、「わが社としては、こんなこと大きなこと言えません!」とか「素晴らしいストーリーですが、これを全部やるには何億円必要なんでしょうか!?」となってくるんです。

片山 ありますねえ。

本田 僕はそれでも、最近の提案ではまず「ナラティブ」を見せてしまうのが大事だと思っていて。枝葉から入ってもしょうがないんですよね。インフルエンサーを起用しますとか8月に発表会をやりますみたいな細かな話ではなく、「半年かけてこのメッセージが伝わっていくんですよ」っていう提案が、最近だとほぼメインです。

片山 最初に「ナラティブ」を見せて合意形成を図るのは、提案として新鮮で楽しかったです。でもこれからは主流になっていくのかなと。

本田 主流にしたいです。なにより効率がいいと思うんですよ。

“think big”のワクワクこそPRの醍醐味である

片山 今日話してきたような本田さんの戦略思考って、一体どのようにしたら身に付けられるでしょうか?

本田 最後に難しい質問ですねえ(笑)。

片山 あえてぶつけようかなと思いまして。PR に従事する者として、その戦略性はもってしかるべきだと思うんですよね。もちろん役割分担はあるかもしれないですが。

本田  そうですね。戦略とは「目的達成のために資源をどう利用するかの指針」であると音部さんの著書でも説かれていましたが、「で、まずどうしたら」と考えたとき、僕はやっぱり、さっきの「ナラティブ」の話に戻りますけどね。

どういうストーリーを打ち出せばいいのか考えることは、戦略を考えているのと近いフェーズなんですよ。ストーリーを考えたら、リソースは限られているので、3000万円ならこれができるな、1000万円ならこれをやろう、と自ずとやるべきことが絞られてくる。それが戦略を立てることになると思うので。

片山 なるほど。

本田 “think big”じゃないですけど、大きな「ナラティブ」を見つけることは必須なんじゃないかと思います。最初に小さく出ないことですね。ここが PR の仕事のおもしろさなので。毎日、「こんなの意味あるのかな……」ってプレスリリースばかり書いていたら、もう夢にまで出てくるじゃないですか。

片山 そうですね(笑)。

本田 そんな悪い夢じゃなくて、こうなったらすごくワクワクするなあという展開を考える。「Trash Isles」に関わっていた方たちはそうだったはずですよ、「ゴミ諸島を国として認めさせるキャンペーンはどうだ!」って思いついた瞬間、もう夜眠れなくなるくらい(笑)。最高の PR ストーリーを思いついて、遠足の前日のように楽しみで眠れなくなることが、僕もよくあるんですよね。

片山 同感です。楽しみで眠れなくなる PR パーソンが今後もっと世の中に増えるように。

本田 みんなが寝不足になっても困りますけどね(笑)。

片山 今後の本田事務所の展開を楽しみにしています。今日はありがとうございました!

本田 ありがとうございます!

ライティング:チャン・ワタシ
撮影:飯本貴子
編集:株式会社ツドイ

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