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ルーツに囚われて苦しい時もある。愛ゆえに。

少し、ルーツの話。
音楽に関して言えば、ルーツは何と聞かれると、本当に根源なったのは
「ヘヴィメタル」だ。
詳しいバンド名を挙げるとキリがないので省略するが、中学時代に海の向こうのヘヴィーミュージックをネットを通して知ったときは、正に衝撃で。
ヘヴィリフ、ツーバス、腹に来る低音、
そして英語歌詞を翻訳してからわかるんだけど、ストレートに自分の感情を歌ったり、マイノリティのフラストレーションていうか、怒りを純粋に、伝えようとしていて、まさにそのようなバンドが当時の何とも言えない世の中に対する自分の思いを代弁してくれて、本当に助かっていた。大げさではなく「音楽に救われた体験」をさせてくれたのはヘヴィメタルだ。今でも本当に愛している。音楽ないと生きていけないっていう少年だったなー

で、いろいろ経験してある程度成長して、自分もそんな音楽をやりたいと思ったんだ。でも現実はうまくいかない、やっぱり自分のルーツの音楽をやる為にはバンドじゃなきゃいけないと思ったし、一緒にやる人がいないなら一人でやってやるさと思って、DTMを始めて曲作りをして、、でもただへヴィなものを作っても、違和感しかなくて、

自分は好きなものの表面的な部分に執着し過ぎてたことに気づいた。
表面的にそれっぽい音楽性のものじゃなくて、あの時本当は何に惹かれたんだっけって考えて、今まで出会った自分が心打たれたものにジャンル問わず共通するものって何だろうと。

みんな代弁してくれてたんだよね、何とも言えない感情を。それを自分を徹底的に追い詰めて、自分の言葉で訴えてた。伝えようとしてた。そういうシンプルな事だったなーって思って。それでいいんだわって。自分は自分の好きなものに囚われすぎてたなって、好きだから手放すのが怖いと感じる。自分の答えってのは自分の中にもうあったらしくて。
こういう自分のルーツに囚われて息苦しくなるって結構いろんなジャンルのことにあると思うんだけど、どうでしょう。

今は少し大人になって、自分の気持ちを自分の言葉つかって何とか言えるようになった、
もう「代弁者」はいらないし、音楽がなくても別に生きていけると思ってる。だから音楽だったり、こういう文章だったりジャンル関係なしに使えるツールで自分で自分を伝えたいなって思う。もう囚われるものはない。なんか冷めたような言い方だけど、好きなものから少し距離を置いたほうがいいところって見えてくるし、身動きがとりやすくなるでしょう。人間関係と同じだね。

去年末ぐらいにギターを買った。フェンダーのストラトとかテレキャスが万能だからいいかなーって思ったけど、結局買ったのは、Jacksonのモダンストラトキャスター。フロイドローズ、24フレット、何よりヘヴィメタルを象徴するかのような鋭利なコンコルドヘッド。
形は違うけどLimp bizkitのウェスの影響ですね。変態なパフォーマンスとリフが本当にかっこいい。
やっぱこういうのだなって思って自分は、やっぱり自分のルーツは大事にしたいから、ギターでそういうのを示していこうと思った。意思表示的なね!
いつかライブとかすることになったらこのギター持って弾きたい、音楽性とギターがマッチしてないって突っ込まれるかもだけど。笑
自分的にはこのギターの姿こそやりたい事に凄いマッチしてると思うから。


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