さんげんしょく!! #2

第二話

「このビルの屋上って行けるの?」
 三人はとりあえず階段を上っていた。
「大丈夫だ。鍵かかってて俺たちの行く手を阻むようなら蒼森がなんとかしてくれる」
「そんなことに力を使いたくないんだけど」
「もしくは〈断〉で……」
「たしかに三分過ぎたけど、もっと有意義なことに使ってよ」
 紅地は口を尖らせた。使えねぇ、と内心愚痴る。
(ま、心配いらないだろ。俺達は招待された側だ。屋上へ続く扉の鍵が開いてないなんてことはねェだろ)
 それより懸念すべきは三分・・だ。
「おー、この先が屋上かー」
 階段を上りきる。目の前には錆が目立つドアが待ち構えていた。ガラス部分は曇っていて、内から外の様子はうかがえない。
「屋上ってなんかワクワクする! ふだんは入れない場所だし、いちばん上ってきもちいいよね!」
「たかが五階だけどな」
 俺はやはり組織のヘリコプターが着陸……などと考えていると、茨黄がノブに手をかけた。
「あっ、あいてる!」
 抵抗なくノブが捻られる。
 紅地と蒼森はギョッと目を剥いた。
「アホ!」

 夏の日差しと熱気、蝉しぐれ、それらと一緒に、一斉に銃弾が降り注いだ。

「茨黄‼︎」
 壁に、天井に、弾の跡がつくられる。耳をつんざくような銃声。パラパラとコンクリートが剥がれる。
 紅地と蒼森は扉横の壁に隠れ、なんとか攻撃の雨をやり過ごした。
 しかし。
「おい! 茨黄! 返事しろ!」
「どこいった⁉︎」
 その場に、彼の姿はなかった。

「あっれー? 当たってないのかー」
 知らない男の声が落ちた。
 屋上からだった。そう、今まさに弾が飛んできた方向。
 紅地と蒼森は戦慄した。
「たいした悪運だなー。撃つのがんばったんだけどなぁ」
 たらたらと力の抜けた、掴みどころのない声。
 紅地は一度呼吸を整えた。
(さっきの銃撃といい、油断しちゃいけない相手だな、こりゃ)
「殺気もビシバシ伝わってくるぜ……!」
「だからそーゆーの勘違いだってば」
 二人はためらいなく、屋上に躍り出た。
 日差しが眩しく、少し目を細める。
 相手をひたと見据え、紅地が口を開いた。
「よォ、ひとりかよ、オッサン」
 休日にパチンコ屋にでも行くような格好。黄土色の髪は整っておらず、無精髭が覗いている。
 そして、自信に満ち溢れた表情。
「はじめましてだな。ガキお二人さん」
 腕の長さほどの銃を、軽々と両手に一挺ずつ持ち、男はニッと歯を見せた。
土路つちみちってんだ。ちなみにまだ二十八な」
 紅地はごくりと唾を飲み込んだ。気を緩められない。
 蒼森がふむ、とあごに手をやる。
「じゃあ……つち……『つっちー』にしよう。つっちー、俺は蒼森。ピチピチの高校生だからヨロシク」
「お前よくこの場でそんなこと言えるよな」
「お前がはりきりすぎなんだよ、紅地」
 土路がへぇ、と片眉を上げた。
「余裕か。おもしれぇ。いいぜ、つっちーで。かわいいじゃねぇか。で、そっちの赤いガキは?」
 紅地は前髪をかき上げ、冷たい目で相手を見下ろした。
「偽の名、真の名、どっちが聞きたい?」
 これには土路も首を傾げた。
「は?」
「一度は耳にしたことがあるんじゃないか? この——『紅蓮の男ブラッドマン』の名を!」
 ハッと土路は口元をおさえた。「なに! まさかあの——」
「……いや、やっぱ知らねーわ」
「ノリいいなこの人」
「知らないだと⁉︎ ふっ、まぁいい。なら真の名を教えてやることもない。今回は『紅蓮の男』というコードネームを覚え……」
「いや、紅地だろ? さっき横の蒼森クンが呼んでたし」
 ヒュォー、と夏だというのに、木枯らしが吹いた。
 言い当てられて、キメ顔をしていた紅地は真顔に戻った。
「で、何の用だよ、オッサン」
「何の用だよ、つっちー」
「こりゃ黒崎がイラつくわけだわ」
 土路はやれやれと溜め息をつくと、両の手に持つ銃ガシャンと二人に向けた。照準をその額に絞っていく。
「お前ら、黄色いのの心配はしねーんだな」
「ふん。あいつはこの場にいない。空間移動で逃げたってことだ。心配なんてするだけ損だろ」
「なーるほーどなー。んじゃ、今のうちに片付けとくか!」
 土路はトリガーに中指をかけた。
 にやりと笑む。

 蝉が、鳴き止んだ。

 紅地は、カッと目を見開いた。

「——茨黄‼︎」
「てぃりゃあぁぁぁ————‼︎」
 引き金が、引かれる。

 土路の後頭部に、スコーンと何かがぶつかった。
「いっ——⁉︎」
 それ・・が足元に落ちて、さすがに土路は困惑した。
「風呂場のアヒル……⁉︎」
「そんなのでも本気で投げたら武器になるんだね」
 ハッと振り返る。
 背後の柵に、黄色い髪のやけに整った顔をした少年が立っていた。
「お前が、茨黄か?」
「そうだよ! いきなり撃ってくるのってどうかと思うよ! ビックリして家まで瞬間移動しちゃったよ!」
 茨黄はぷりぷりと怒っていた。
「三分も待ってらんないから最短キョリで走ってきた! つかれた! おじさんのせいだかんな!」
「茨黄、その人はつっちー」
 蒼森が紹介する。
「つっちー!」
「おーい、順応すんな」
 茨黄は跳躍すると、まるで見えない足場でもあるかのように宙を歩いた。紅地と蒼森の間で、土路と相対する。
「つっちーはオレたちのモノ持ってて平和をおびやかすひと?」
 三人の目元が険しくなる。
 土路はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「さぁどうだろな?」
 さっき発射された銃弾は、二人の頬すれすれを通り過ぎ、背後の壁にめり込んでいる。
 もう邪魔が入ることもない。次は外さない。
「試してみるか?」
 大胆不敵に、土路の瞳が光った。

 殺風景な屋上に、鮮やかな青の球がひとつ。
 ぽーん、と投げられたそれは、やけにゆっくりで、まるで宙にとまっているかのようだった。
 しかし実際、一瞬のこと。
 それが地面に落ちる直前、目で追っていた土路は、「げっ」と呻いて、後ろへ跳んだ。

 パンッという音に次ぎ、煙幕がもくもく立ちこめる。
「ナイス蒼森!」
 煙は瞬く間に襲いかかり、土路の視界を青くした。
(青い煙……いや粉か⁉︎)
 極彩色のそれを握れば、手に色がついた。
 一方、三人にも土路は見えない。
 紅地は二人の肩を掴んだ。
「タイムリミットは三十分だ。オッサンが黒崎の仲間なら、情報を握ってる可能性が高い。俺らが脅威を止める方法をイチから考えてもいいが、時間がかかる」
 そもそもあの手紙には、『いつ』しか書かれておらず『どこで』がない。脅威の内容についても触れられておらず、サッパリなのだ。そんな状態で黒崎を止めるのは難しい。
「つまり、つっちーに情報をてーきょーしてもらうってこと?」
「簡単に言えばな」
「よし!」
 茨黄は意気込んだ。拳を突き上げて煙へと歩き出す。パッと振り返る。
「でもどうやって?」
 紅地は眉間を押さえた。
「とりあえず考えなしに動くのヤメロ」
 そして、紅地は作戦を伝えた。

  

「——いいか?」
「おう!」
「了解」
「おしゃべりは終わったかー?」
 青が風にのって飛ばされていく。煙幕はわずかに晴れてきていた。
「待ちくたびれちゃったぜ」
 土路はのんびり地べたに腰を下ろしていた。今にも弁当を取り出しそうである。
「……つっちーこそ余裕だね」
「まぁな」
 三人の眉が寄る。
「俺なら目ぇ瞑ってても、お前らの脳天ブチ抜けるぜ」
「じゃあなんで撃たねェ?」
「お前らがどんな作戦立ててくるか興味があったから。なんつって」
 腰を浮かし、土路は伸びをした。
(まぁ考える時間ができてちょうど良かったしな。……茨黄の能力の発動条件および蒼森の能力はおそらく……)
 そう、今ので土路には、それらに見当がついた。
 肩幅に足を広げ、再び銃を構える。
「んじゃ、再開としよーや」
 やや青に着色された頬を緩ませる。
「いいぜ」
 紅地は土路を真っ向から見据えて、深く息を吸った。
「作戦——開始‼︎」

 その瞬間、茨黄と蒼森が姿を消した。

 一瞬、土路は消えた二人に気を取られた。
 しかし、瞬間移動の先を確認することはなく、冷静に目の前の紅地に狙いを定めた。
 人差し指で引き金をひく。
 雨のような銃弾が、丸腰の紅地に襲いくる。
 それでも、紅地は表情ひとつ変えなかった。
 銃弾が、彼の額に届く——。
 その寸前、紅地消えた。
「! へぇ!」
 土路の目が楽しげに輝く。
 茨黄はいない。紅地も瞬間移動の能力を持っていたのか。いや……。
 ——背後に何かが迫ってくる気配を感じ、土路は反射的にそれを銃で叩き落とした。
 青色の球が、ボンッ、とはじける。
(また煙幕か?)
 それなら問題ない。しかもこれで茨黄と蒼森の位置もわかった。球が飛んできた方向からして隣のビルの屋上……。
 が、土路を包んだのは、先程とは違う茶色のものだった。
 吸い込んだとたん、脳内で警鐘が鳴った。
(これは——まずいぞ!!)
 目が痛い。涙が出る。むずむずと鼻の奥がくすぐられる。
 一刻もはやく風上の方へ逃げなけれ——。

「ぶぁっくしょんっ‼︎ ……へくしゅ、ハックショーォイッ‼︎」
 こらえきれず、土路は盛大にくしゃみを連発した。
 

 隣のビル。その屋上で、蒼森はターゲットの様子を確認する。
「一発目は着色料。二発目は胡椒球こしょうだま。どちらも成功」
 ヘッドフォンをつけてロックミュージックを聴きながら、再び自家製のライフルに青の球を詰める。
「茨黄」
「はいよ!」
 瞬間移動で蒼森を送り届けた茨黄は、マスクを着用した。
 そして元気よく柵を乗り越える。
「〈翔〉!」
 身体を折り曲げている土路に向かって、くうを走っていった。



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