さんげんしょく!! #1


あらすじ

地上と地下でわかれた世界。太陽の光が燦々と降り注ぐ夏、残念イケメン三人組が登校しようとすると、地下の奴が現れた。なんと、30分後に街に脅威を放つという。三人はそれぞれの能力を合わせて、襲いかかる地下の敵から街を守る!異能力バトルコメディ!


第一話

紅地こうちー! おはよー!」
 緑が眩しい通学路。蝉の声が耳を引き裂きそうなほど五月蝿い。
 後ろから頭でどつかれた紅地は、よろけながら友の顔を見た。
「朝から元気な奴だな、茨黄いばらき
「紅地は元気じゃねーの?」
「……俺はまぁ……いや、ただ悪夢にうなされただけだ。気にするな」
 並木道に沿って、まだ開店前の飲食店や雑貨店が並ぶ道を行く。
「悪夢といっても予知夢かもしれんからな……。いつあいつらが襲ってくるか分かっ」
「ほら! これ遊園地の写真!」
「ッたもんじゃねぇから。……ほう、昨日行ったのか?」
「そぉー」
 花屋の年若い女店員が打ち水をしている。あまり効果は期待できないが気休めである。
「パフェ食べてるところでしょー、これはメリーゴーランド乗ってるところ、こっちはショーでびしょ濡れになったオレ!」
「パフェ見切れてるぞ。三枚目のコメント欄に書いてある『水も滴る良い男』ってなんだ」
「オレを表す言葉」
 花屋の前を散歩中の犬が通る。飼い主とは対照的に、尻尾を振って楽しそうだ。
「っつぅか、メリーゴーランドって楽しいのか? 子供が乗るもんじゃねぇのか?」
「え……」
「え……?」
 ジジジッっと鳴いて、蝉が隣の木に飛び移った。


「男子ってさ、なーんでこんな暑い日に喧嘩なんてできるんだろうね」
「うーん」
 彼らの後ろを、少し距離をとって二人の女子高生が歩いていた。
「しかも紅地くん、首に包帯巻いて蒸れないのかな?」
「眼帯もしてるしね……」
「どーせ怪我なんてしてないよ」
「頭の怪我だね」
「高校生にもなって中二病とか、見てるこっちが恥ずかしいわ」
 掴みかかられた紅地は、メリーゴーランドは上下動いてるだけじゃねぇか! と茨黄の額を押さえている。
「この前なんか、先生にネックレスしてるのバレて怒られてたんだけど、『これはかつて仲間が別れの印として血を垂らしてくれたモノなんだ!』とか言って反発してたよ」
「よくわからないね」
 茨黄が負けじと紅地の鞄を奪い捨てる。
「茨黄くんもさ、もーちょっと大人っぽかったらね」
「そうそう。中身が小学生じゃねぇ……。外見だけが一人歩きしてるよ」
「しかも外面が良いってこと自覚してるっぽいけど、それを振り撒くのはマイナスでしょ」
「自分大好きだもんね」
 とうとう頬を引っ張り合っている彼らの後ろで、二人は溜め息をついた。

 そこで、ひとりの男が女子たちを追い越した。
「あ、蒼森あおもりくん」
 ヘッドフォンを耳にあてた、長身のその男は、紅地と茨黄にチラリと視線をやった。かと思えばそのまま過ぎ去ろうとした。
「あ、オイ、蒼森! お前なんだその目は!」
「他人のふりしないでオレを助けてよ!」
「被害受けてんのは俺だろうガッ」
 名前を呼ばれ、渋々振り向いた蒼森はヘッドフォンを少しずらし、「もうすぐでサビだから静かにして」と冷たく言った。
「テメェ、曲のサビなんていつでも聴けるだろが!」
「だまれ」

 一人加わった彼らの会話を例の女子たちは聞いていた。
「蒼森くんって、あの中で一番まともに見える」
「まぁ、一番長く乙女を騙してきたのは蒼森だしね。今でもまだ夢みてる女子は結構いるよ」
 片方の女子が肩をすくめると、もう片方が「え、違うの?」と目を丸くした。
「あー……」
 現実を聞かせるべきかどうか迷う。
「蒼森くんは、クールで大人な感じだと思ってたんだけど」
「顔がいいからただ黙ってるだけでそう見えるんだよ。他の二人と同じくね」
「えー……そうかなぁ」
「まぁ、すぐに本性出すよ」

 紅地と茨黄はまだメリーゴーランド戦争を続けている。道行く人たちが、彼らの顔の良さに振り返っていくも、残念ないがみ合いに白い目を向けて過ぎ去る。彼らを知る近隣の者は「またか」ともはや無感動だ。
「いい? 遊園地のなかで一番かっこよくて大人も子供も楽しめるアトラクションはメリーゴーランドだよ!」
「大人っつっても子供の付き添いの大人だろ! 高校生が一人で乗ったら恥ずかしいだろうが!」
「そんなことない! オレが馬にのれば王子様じゃーん! 超ナチュラルだよ!」
「そーやってはしゃいでるお前が恥ずかしいって言ってんの!」
 いつまで経っても終わらない二人の喧嘩に集中を削がれ、蒼森は仕方なく音量を上げた。
 そうして刺すような日差しの中、歩調もまばらに、男三人は道を行く。
 ふと、蒼森が顔をあげた。視線の先には白いコンクリート壁の簡素なビル。
「おい。紅地、茨黄」
 無視を決め込んでいたはずの蒼森に突然呼ばれ、紅地と茨黄は動きを止めた。
「なんだよ」
 蒼森は答えず、むんずと二人の襟首を掴んで引っ張った。
「なになになに⁉︎」
「見つけた」
 暴れる二人を目的のビルへ連れて行く。
 入り口の前に来ると、満足げにビルを見上げた。紅地と茨黄もつられて顔をあげる。
「おまっ、まさかっ!」
「ふふ」
 四階、窓。そこにデカデカと掲げられた文字。

『喫茶♡白羽』

 ピンクのハートが可愛らしい、メイド喫茶だった。
「新しくオープンしたようだ。開拓に行くぞ」
 蒼森のヘッドフォンから、若い女の甘ったるい歌声が漏れ聞こえてくる。紅地は頭を掻きむしった。
「——お前もホント大概だよな!」
 連れ回すのもいい加減にしろ! という叫びは、むなしく建物に吸い込まれていった。

 女子二人は無言でその一部始終を眺めていた。
「……幻滅した。蒼森くんもないわ」
「でしょ」
 二人は頰を引き攣らせた。
「あのイケメン達、もったいないね」
「はぁ〜、あいつらの証明写真だけ欲しいわ」
 メイド喫茶なんて行って、学校どうするんだろ、と思いながら二人は朝の通学路を進んでいった。 



「なんっで朝からこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ」
 鞄を抱きかかえて、紅地はぶつぶつ文句を言った。
「まったくだよ」
 うんうん頷いた茨黄に、「もとはお前のせいだろ」と睨む。蒼森はといえばヘッドフォンをしてコンクリートの白階段を黙々と登っていた。建物の中はまだ薄暗い。
「おい、こんな時間に営業してんのか?」
 蒼森のまぶたがピクリと反応する。
「しまった。衝動でつい」
「ざけんなよ!」
「営業開始時間を聞きに行こう」
 まるで足を止めない。
 蒼森のメイド喫茶好きは知っているし、何度も連れ回されている。しかし紅地は、この先に待ち受けているであろうフリルのエプロンを身につけた女の人に全く慣れなかった。可愛らしい料理を、茨黄が純粋に美味い美味いと言うのも落ち着かなかった。
(俺は四十七階の店で夜にBLACKコーヒーを優雅に飲むのが常なんだよ)
 妄想を膨らます紅地の横で、茨黄が「あっ」と踊り場の壁を指差した。
 4Fの文字。
「ここじゃない?」
 なるほど、廊下の先に木製の扉がある。
 三人はおや、と眉を上げた。今まで訪れた店と比べて、あまりに外見が簡素なのだ。『喫茶♡白羽』と書かれたプレートが扉にぶら下がっているだけである。
「……まぁ、肝心なのは接客だからな」
 そう言って蒼森はドアノブに手を掛け、開けた。
 三人の目が点になる。

「は?」

 飾りどころか、テーブルすら置かれていない。
 いや、正確にはある。ただ、乱雑に散らかっているのだ。椅子の脚は折れ、破れたテーブルクロスは床に広がり、壁や柱には大小の傷が走っている。
 まるで猛獣が暴れたかのような薄暗い店内に、三人は唖然とした。
「おいおい……」
 その時、店の奥からビニールの擦れる音が聞こえた。一斉にそちらへ振り向く。
「だ、誰かいるのか?」
 紅地がそう言うと、ピタリとその音は止まった。しんと静まりかえる。
 奇妙な沈黙の後、茨黄がそーっと蒼森の背後から顔を覗かせた。
「コーンニーチハー」
「ワァアァッッ!」
 来客だと分かって驚いたのか、同じ場所から悲鳴があがった。茨黄は首を捻った。そんなに驚く?

 途端に奥が慌ただしくなる。
「もう来やがった! 全員位置につけェ!」
「うそだろ。俺まだ胃の調子が……」
「お前らトランプしてる場合か!」
「くっそぉ! 次は負けねーからな!」
 ドタドタと足音をたてて、ついに四人の黒服が現れた。

 平和な時が破られるのは、いつも突然だ。

 ——次に三人が見た光景は、自分達に銃口を向ける男たちだった。
「——なっ、なんだ⁉︎」
 さらに彼らの真ん中に一人の女が立つ。スゥッと息を吸って言った。
「こんな時間に来る奴がいるかーーッ!」
 焦りと怒りに目を回しながら女は叫んだ。黒いパンツスーツを身にまとい、黒髪を後頭部で括っている。目元涼やかな美人だが、どう見てもメイドの格好ではない。
 しかし彼女は三人にとって見覚えのある人物だった。
「テメェは!」
「あー、あの人だ。あのぉ」
「知らね」
 それぞれ記憶を探るも、イマイチ輪郭が描けない。
 女はふーっと息を吐くと、口端をヒクヒク持ち上げた。
「私はこの世界では黒崎と名乗ってる。地下世界のボスの右腕にして精鋭部隊の長。かつてお前らと戦って敗れたものだ。いいか、黒崎だ。二度と忘れるなよ」
「あー紅地、お仲間だよ」
 茨黄が紅地を肘でつつく。黒崎の額に血管が浮き出た。
「誰が中二病だ!」
 女——黒崎は小型ナイフを勢いよく放った。紅地の顔すれすれを通り越して壁にぶっ刺さる。亀裂が走った。
 とうぜん紅地は青ざめた。
「なんっで俺を攻撃すんだよ! それに俺は中二病じゃねぇし! ホントにマッドサイエンティストいるし! 左眼に凶悪な天使イーヴィルエンジェル住んでるし!」
「こんな奴と一緒にするな! お前らも知っているだろ。近いうちこの世界は我々地下の人間が支配する。そしてお前らは地上掌握計画において最も邪魔な存在なのだ」
「説明してくれた」蒼森がぼそっと呟く。
 ショーアクって何? と聞いてくる茨黄を無視して、蒼森はスマホを取り出した。停止ボタンを押してヘッドフォンを耳から外す。
「とりあえず、ここには俺の目当てのものは無さそうなんで、失礼しまーす」
「——待て待て待て待て!」
 黒崎は信じられないものを見る目で、背を向ける蒼森を見た。
「え、この状況で帰るの……?」
 黒服たちが存在を主張するように軽く咳払いをする。
「だってメイド喫茶じゃないし、これ以上いたら面倒ごとに巻き込まれるの見え見えだし」
「え、さてはお前、馬鹿だな……?」
「なんだとコラ」
 黒崎は「いいか?」と腕を組んだ。
「我々はお前らを消すために地下から派遣されている。そこでメイド喫茶と称してお前らを誘《おび》き寄せて……こう、いろいろ準備してたんだ」
 蒼森が「ほら。さよならするに越したことない」と言う。
「なのにだ!」黒崎は心底悔しそうに地団駄を踏んだ。
「お前らの学校帰りを狙ってたのに! 店内の飾り付けとか頑張ろうとしてたのに! まさか学校無視してまでメイド喫茶来るとは思わないよ! テメーらもうチャイム鳴るぞ? 朝礼始まるぞ?」
 がああっと髪を掻きむしる。
 紅地、茨黄、蒼森はそれぞれ顔を見合わせた。時間を確認する。八時三十分。
「ほんとだ……!」
 すっかり忘れてた。
「馬鹿は全員か。学生辞めちまえ」
 黒崎がまたもやブチブチと小言を言う。私はお前らの敵だぞ。敵を前にして戦わない奴がいるか。ほんとにこんな奴らに私は前回負けたのか。
 まったく耳を貸さず、三人は一斉に回れ右した。
「じゃあまたな」
「教えてくれてありがとー」
「さ、学校学校」
 入ってくる時と大して変わらない飄々とした態度で出ていこうとする。

 ブチリと何かが切れる音がした。
「これ以上叫ばせるな」
 黒崎のおどろおどろしい声に、黒服たちが息を呑んだ。慌てて扉の前にまわり込み、紅地たちの行く先を遮る。
「止まれ!」
「ちょっと退い——」

「オープンだ」

 三人の足元がぐらりと崩れる。
「——⁉︎」
 そこには黒い穴がぽっかりと空いていた。
「あまり私たちをなめてくれるなよ」
 穴の中の闇が、足を捕らえ引っ張る。
「うああぁ!」
 三人は吸い込まれるようにして落下し、そしてあっけなく姿を消した。

「クローズ」

 紅地たちを飲み込んだ穴が、満足そうにその口を窄め、閉じた。
 ふんっ、と黒崎が鼻を鳴らす。
「帰るぞ」
「えっ、もういいんですか」
 黒服たちが納得いかない顔で銃を下ろす。
「亜空間に閉じ込めた。私たちは片付けて次の準備だ」
「銃でさっさと殺せば済むじゃないですか」
 黒崎はギロリと男を睨んだ。男がひぃ、と後退る。
「……発砲音で地上の人間に気づかれる。まだ準備できてないんだ」
 そう吐き捨てると、胸の内ポケットから封筒を取り出し、何の変哲もなくなった床に乱暴に置いた。
「どうせあいつらは出てくる。行くぞ」
 くたびれたテーブルクロスをパンプスで踏みながら、黒崎は店の奥に消えた。男たちもそれに続く。

 窓の外、遠くで学校のチャイムが鳴った。



 真っ暗だ。
 自分の鼻先さえ見えない。
「おーい、茨黄ー? 蒼森ー?」
 空気はある。だがどこまでこの声が届いているのか分からない。
「聞こえるかー? というかいるかー?」
 紅地は眉を寄せた。
(落ちる前はすぐそこにあいつらはいたが……今は人の気配を近くに感じられない。離れたか)
「くそ! おーい! いるなら返事しやがれー!」
 立ち上がったはいいが、暗すぎて前も後ろもわからない。手を前に突き出し、触れるものがないか探る。
(下手に動けば二人とさらに離れることになりやがる)
 若干の苛立ちと焦りを覚え、しかし意を決して紅地は足を踏み出した。このまま合流しないわけにはいかない。
「俺はここだー! どこ行きやが——うおっ⁉︎」
 三歩目で、紅地は何かにつまずいた。
「ふがっ⁉︎」
 感触的に、重くて柔らかいものが床に転がっていた。
(な、なんだ……⁉︎ いま「ふがっ」って言ったか⁉︎)
 膝をつきながらも、紅地は身構えた。
 

「こ、紅地……なんの恨みがあってオレを蹴ったの……」
 茨黄だった。
「——いるなら返事しろっつっただろ、このアホ! ちょっとだけビックリしちまったじゃねーかちょっとだけ!」
 もう一度蹴りを放つ。今度は狙って。視界の効かないなかで避けることはできず、茨黄がまた呻く。
「ちょっと! 暴力反対!」
「すぐ近くにいるんじゃねーか! 俺の声聞こえてたろ! 無視すんじゃねぇ!」
「え⁉︎ 寝てたからわかんない!」
「はぁ⁉︎ 寝てた⁉︎」
 呑気なもんだな、と青筋を浮かべると、茨黄は「だってぇ」と口を尖らせた。
「暗いとすぐ寝ちゃう、オレ」
「ガキめ……!」

 茨黄と合流し、押し問答がひと通り済んだところで、紅地は何も見えない辺りを見回した。残るは蒼森だけだ。
「茨黄、あいつどこにいるか分かるか?」
「さあ? 近くにいるんじゃない?」
 まじめに探そうとした自分がバカみたいだ、と手で額を覆う。溜め息をつきながら目を閉じ、開く。
(ん?)
 それまで閉じていても開いていても変わらなかった視界に変化が起きた。紅地は自分の目がおかしくなったのかと疑った。
 自分の小指を薄くぼんやりと視界にとらえたのだ。はっとして茨黄を見やる。どこから光が……。

「せーいかーい」
 茨黄の肩に、人の顔が浮かんでいた。
「…………」
「…………なんだよ。もっと驚くのかと思った」
 本当は声も出ないほど驚いていたのだが、暗闇がそれを隠していた。
「……蒼森、やっぱテメェ近くにいたな」
 蒼森はスマホの青白い光を顔から少し離しすと、紅地を邪険にするように手をひらひら振った。
「どうせ『人の気配は感じられない』とか格好つけてたんだろ。玄人じゃないんだから気配なんて察知するのは至難の業だよ」
「〜〜〜〜っ!」
 紅地がなにか言い返そうと逡巡していると、横で茨黄が伸びをした。あくびもする。
「おい、寝るな」
 気づいた蒼森が崩れかけた茨黄の腕を掴んだ。「ほえ?」と半目だ。
 紅地と蒼森は顔を見合わせた。
(まずいな。このアホが寝る前にここから脱出しねぇと……)
 紅地は手探りで鞄の中から自分のスマホを取り出し、蒼森と同じように画面の明るさをマックスにした。光源が二つになり、闇が一歩後ずさる。その光をできるだけ茨黄に近づけ、紅地は真剣な表情で口を開いた。
「茨黄、目ぇ覚ませ」
「んーーねむいーー」
「いいか、ここから出るにはお前の力が必要だ」
 茨黄のまぶたがピクリと反応した。
「お前の『空間移動』でさっきの部屋に戻る。いいな?」
 長いまつ毛がゆっくり持ち上げられる。
 四角い光を映すその瞳が、紅地を捉えてにやりと笑んだ。まるで面白いおもちゃを前にした子供。
「オレの出番?」
 紅地と蒼森は同時に頷いた。
「そうだ。かっこよく頼むゼ」
 かっこよく。その言葉に、茨黄はパァッと顔を輝かせた。
「よぉし! まかせろ!」
 俄然やる気になった茨黄に、紅地は胸を撫で下ろしたのだった。
 
「みんな荷物もったー?」
「おう。いつでも良いぜ」
 ではでは、と二人の手をとると、茨黄はそれまでどこか浮ついていた表情を一変させた。すっと目を細めると、纏う空気までもがピンと張り詰める。
 紅地と蒼森が唾を飲み込む。

「『空間移動・〈断〉・二連』」

 その言葉とともに、カッと目を見開く。
 次の瞬間、三人の姿は暗闇のどこにもなかった。

「はい、到着」
 瞬く間もなく、三人は目的地に現れた。
 傷だらけの壁、倒れた椅子、壊れた机、薄汚れたテーブルクロス。『喫茶♡白羽』だ。
「お前のそれ、便利な力だよなー」
「でしょ。オレの『空間移動』はその名の通り空間と空間を行き来することができまーす。地上でも水中でも空中でもお構いなし!」
「それよか〈断〉ってなに」
 蒼森が呆れる。
「紅地に名付けてもらった」
 紅地がどうだとばかりに眉をあげてみせた。「今のは言わば瞬間移動だ。距離を断ち、移動時間も断つ。洒落しゃれてるだろ」
 しかし蒼森の反応はイマイチだ。
「へーえ」
「お、嫉妬か? お前のにも技名つけてやろうか?」
「結構です」
 即答した。紅地が少しむくれる。
「ねぇ」
 茨黄が紅地の袖を引っ張った。「なんかあるよ」
 指差した先には、封筒が落ちていた。
 照明の点いていない店内で、真っ白の封筒はやけに目立っている。
「さっきまでなかったよね?」
「……ああ。おそらく黒島とやらが置いていったんだろうな」
「黒崎じゃなかった?」
 三人は封筒を取り囲んだ。じっと見下ろす。なんの変哲もない素朴な封筒だ。
「俺たち宛だろうな……」
「罠かもしれないよ」
 不気味な匂いを放ちまくる封筒を、仕方なく紅地が拾った。軽く振ってみる。とくに何も起きなかった。
「開けるぞ」
 ピリリとおそるおそる封を切る。中には二つ折りの便箋が入っていた。

『亜空間からの脱出お疲れ様。さて早速だが、次の試練だ』

「かわいらしい便箋だな、オイ……」
 黒崎からの手紙には花や小鳥が描かれていた。
「威圧感が皆無」
「丸文字……」

『我々は地上世界掌握計画において、お前ら三人を第一級障害物として認定している。今回、私はある脅威をこの地にプレゼントすることにした』

「第一級……ふふ」
「こんなあけっぴろに情報提供しちゃって……」
「プレゼントってなんだろ。サンタさんかなー?」
 三者三様の反応だ。次の文を読むまでは。

『約三十分後、それは現れる。それはこの街を恐怖に陥れるだろう』

 茨黄の眉が寄せられる。
「つまりこの街が危険にさらされてるってこと?」
「ああ、そういうことだろうな」
 三人は唇を引き結んだ。続きを目で追う。

『さらに私はお前たちの大事なものを奪った。写真を見るといい。内封されている』

 封筒をひっくり返すと写真が一枚落ちてきた。手紙の通り、写っていたものは彼らが大事にしているもの。
 そう——。
「あー! 自作写真集ー!」
「俺の過去すべてをつづった炎留禄えんりゅうろくがぁあ!」
「高すぎて高校生には手が届かない、あの『夢幻』の優待券だと⁉︎ 絶対手に入れないと!」
 三人の動揺が最高潮に達した。なんでお前だけお得情報なんだよ、と紅地が蒼森の頭を叩く。

『これらを取り返したくば、また、街を襲う脅威を取り除きたくば、今すぐこのビルの屋上に来い。——以上』

 内容はこれで終わりのようだ。
「……ふざけやがって」
 手紙を持つ紅地の手が震える。
「この俺を敵にまわすとどうなるか目に物見せてやるぜ」
 ぐしゃりと握りつぶすと、紅地はキッと虚空を睨んだ。その目には紅い炎が宿っていた。
「俺たちの大事なもん取り返して、この街も絶対ェ救う。茨黄、蒼森、俺についてこい!」
 高らかに宣言すると、無いマントを翻すように片手をあげ、そして紅地はそのまま足音高く部屋を出ていった。

「……楽しそうだね」
紅地中二病にはおいしいシチュエーションなんだろ」
 肩をすくめる。やれやれと首を鳴らすと、紅地が出ていった扉を見据えた。茨黄が微笑む。
「んじゃ、いっちょやりますか」


   * * * * *


「この作戦で一番厄介なのは、『空間移動』だ」
 助手席で長い足を組み、黒崎は厳かに言った。
「しかし、どんな能力だろうと条件が揃わなければ発動できん」
 端末に流れる映像には、三人組が映っている。手紙を開いたようだ。
「よって、まず黄色い小僧の能力を封じる」



リンク

第二話

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第三話



世界観
 昔、世界は二つに分かれた。
 一つは、我々の住む、青空の下の地上世界。
 もう一つは、我々の足元のさらに下の下に存在する、地下世界。
 太陽と広い大地をもつ地上。
 資源と不思議な力をもつ地下。
 二つの世界は断絶され、長く互いに存在を知らないでいる。
 しかし、地上のとある神の社に、地下に関する言い伝えが受け継がれていた。

『地下の世界の住人は、それぞれ不思議な力を持っている
 水を生み出す力、他人の姿を真似る力、時間を止める力……
 それらは百色の石粒から得られ、彼らは十人十色の力を発揮する
 太陽も広い大地もない地下世界は、その不思議の力で発展してきた 
 しかしある時、力の石粒は何者かに奪われ、地上に投げられる
 持ち出された石の粒の色は、赤、青、黄色
 それらは原色という、力の石粒の中でも特別なものだったそうな……』



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