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もつ鍋

まーちゃん🖌️

なんかお酒飲みたいな、と思って、「飲みませんか?」と最近仲良しな理系の男を呼び出した。「行きます!」と3秒で返事を寄越したその人は、席に着くなり「さあ、何があったか聞きましょうか」といいながら、唐揚げが有名な居酒屋で一発目にもつ鍋を頼んだ。
「別になにがあったとかではないんですけど」と返事しながら、私は『もつ鍋?』と思っていた。好きだし食べたいけど、初手もつ鍋??

安くてうるさくてビールのジョッキが冷えすぎているそのチェーン店は、私にとってはお馴染みの場所で、ちょっと大きなライブの打ち上げも、煮詰まった会議を打破するやけくそ飲み会にも良く利用していた。何度も来ているはずなのに、私は彼がそれを注文するまで、メニューにもつ鍋があることすら知らなかった。
でも確かにありかも、もつ鍋。お店ではひとりじゃ食べられないし、家でもあんまり作らない。温かいしみんなで分けられるし、冬の飲み会にぴったりじゃん、もつ鍋。なんで今まで、目にも止まらなかったんだろう。

そういえば最近、同じものばっかり選びとってしまう。黒か白の服、単色のペンケース、一番スタンダードな色のカバン、安くてうるさくて妙に居心地がいいこの居酒屋のデカいビール。同じラーメン屋しか行かないし、CoCo壱のカレーしか食べない。どんな喫茶店に行ってもコーヒーしか飲まないし、一度読んだことのある本を何度も読む。面倒だったり、失敗したくなかったり、考えたくなかったり。理由は色々だけど、たぶんこれって意図的に、自分の意思で、自分が選択する回数を減らしてる。

最近新しいことが多くて、次これしてあれしてとない脳みそをぐるぐる回転させていた。慣れないことも多かったし、新しい人と知り合うことも増えた。私は器用じゃないからひとつひとつに全力になってしまって、片付けが苦手だから頭の中が整理できなくて、旅行の帰りのスーツケースみたいに、荷物は増えていないのに何故かぱんぱんで、もうなにも入らないくらいきゅうきゅうになっている。
新しいものを入れられないから、その脳内スーツケースから引っ張り出してきた美味しいと分かりきっているものだけ食べて、良し悪しの分からないブラックコーヒーを飲んで、絶対に面白い本を繰り返し読んでる。
これはよくない。もったいない。このぐちゃぐちゃのスーツケースには実はほとんどなにも入ってないし、きっと持っておかなくていいものもある。すぐ出せるように手元のリュックに入れておいたほうがいいものもあるはずだ。

もつ鍋が来た。ぼーっとしてたら取り分けてくれた。あーすみません、とそれを受け取る。あったかくて、美味しい。知ってる味だけど、私のスーツケースには入ってない味だった。
「あの、実は最近…」
彼と話しながら、私は自分のスーツケースを整理する。良く見てみたら、大事に入れておかないといけないものがぐちゃっとなってしまっていた。
「なんか今日来ないと大変なことになる気がして」と笑った彼の言葉で、自分がちょっと疲れていたことに気づいた。ありがたかった。忘れてた。私には私のことを心配してくれる人がいつだってついてるのに、すぐひとりで頑張ってる気になってしまう。ほら、場所を取っている荷物を整理しないで、大事なものを適当にぽいとしまっているからこんなことになる。
もつ鍋は美味しかったし、めちゃくちゃ楽しかったし、私のスーツケースはちょっと軽くなった。

その数日後、悩んでたことを聞いてほしくて連絡した人が、めちゃくちゃ忙しいのになんばまで来てくれた。もつ鍋を食べた店の前で集合したけど、なんか違う気がして、「こっちでもいいですか?」と隣の店に入った。
その人はすぐに打開策をくれたし、焼き鳥は美味しかったし、めちゃくちゃ楽しかった。

頼って良かったと思ったし、なんだかまた片付いた気がした。

なんだ私、無敵じゃないか。
私には「飲みに行きませんか?」としか言ってないのに、顔を合わせた瞬間「何があったかききますよ」と聞いてくれる人がそばにいるし、緊急事態だと忙しい仕事の合間に駆けつけてくれて「大丈夫」って励ましてくれる人もいるし、失礼なお願いを快く受けてくれて、遠くにいるのに電話で「うんうん」と話を聞いてくれる先輩がいるし、嫌な顔一つせずに愚痴を聞いてくださる方がいるし、なにかを察して電話をくれる友人もいる。

全然大丈夫だ、ちょっとずつ片付けていくだけで、結構いける気がしてきた。
私が大好きな人はみんな優しくて全力でかっこよくて頼りがいがある。だから大好きなのに、それを忘れてしまっていた。やっぱり部屋と心は片付けるべきである。

と、ここまでかいて部屋を見るとめちゃくちゃ散らかっていた。全部私が散らかしたものたちである。
良くない。新しい気持ちをいれるなら、整理しなきゃな。

もう結構休んだし、片付けでもするか。
よ、と重い腰をあげようとしたけれど、やっぱり寒くて、またふとんのなかに潜り込んだ。

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