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女は鍛錬

雨が多いと、大阪の地面はふわふわ揺れるようになる。
昔そういや液状化現象って理科で聞いたな。
ぼーっと地面に立っていると、地面酔いして気持ち悪くなってきた。そうや、大阪から離れるために旅行でも行くか、と思い立った。
天候はあいにくの雨で、体調も変わらず悪かった。
でも、決めたものは仕方ないからと笑い合い、新幹線に乗った。
昔から、乗り物の窓から見る景色が好きで、一度話をやめて窓の外を見る。
雨のせいで景色は最悪だったが、きっと広島は晴れているだろうと期待して駅弁を食べた。
隣に広げられている駅弁は随分本格的な殻付きの牡蠣で、「そんなんは広島ついてからにしようや」と思った。

ついてみると、広島もすごい雨だったし、行きたかった施設は閉まっていた。
笑い合いながらあわてて今からでも観光できるところを探す。
「資料館?」
「学びという選択ね」
「宮島?」
「車ないと無理ちゃう」
「修学旅行みたいなスケジュールなってまうな。修学旅行って学生×大人数やから楽しかったのに」
「とりあえずもみじ饅頭食う?」
「もみじ饅頭広島で食べるんなんだかんだ初かも」
「なんでやろな」
雨は全然止まないし、お腹もめちゃくちゃ痛かった。
あーあ、こんなことならやっぱり家でゆっくりしてりゃよかった。思い立つもんじゃないなあ。
この子も、気い使うやろし。
あ、でも体調悪いん、こいつのせいなところもあるか。

お腹が痛すぎて目が覚めた。
頭もめちゃくちゃ痛かった。
トイレに行くと紙に鮮血が付いた。
「あー、あー、あー、なるほど」
1人で声に出してみる。
めちゃくちゃ生理きてるやん。
よかった、旅行から帰ってきた後で。
あれ、旅行?
夢かあれ。よく考えたら液状化して流れていくってなんやねん。一緒に行ってた女だれ?分からん。なんで広島?変な夢。牡蠣生で行ってたな。体調悪いんあいつのせいって思ったな。あれ、もしかして生理?生理そのものと旅行いっとったんかな。
そんなことより、頭いった。異常や。痛すぎて吐き気する。ほんまに吐きそうや。
やばい。これはやばい。

家の中を這いずり回って痛み止めを探す。

どこにもないやん。終わった。
ちょうど切れてたんや。あーあーあー。ほんまちゃんとしてほしい。

そうこうしている間に、腹の臓器が轟々と悲鳴を上げた。あわててトイレに駆け込む。
30分ほどトイレで格闘し、ベッドに戻る。
なんとか薬局があくまで眠ろうと目を瞑るが、あまりの痛みに眠ることもできない。思考することも億劫になってくる。臓器をそのまま素手で絞られてないとおかしい。吐きそう。
あーあ、最悪や、お腹も頭も腰も全部痛い。吐き気するし変な夢見るし。そういや私、生理の時絶対変な夢見る。薬局があくまであと5時間このまま?最悪。
「こんなに痛いなら死んだほうがマシ。もう生理なんて来んかったらいいのに。」
ぽつりと口に出した後、高校生の頃を思い出した。
満員の大阪環状線に揺られながら、生理痛を我慢する日は、本当に本当に最悪やったなあ


「大丈夫?」
ベンチから顔を上げると、キリッとしたお姉さんが立っていた。
「袋いる?とりあえずお水買ってきたから、これ飲んで。」
学校に向かう途中の私は、生理痛に耐えられず、途中駅で降りた。吐き気がしてゴミ箱の前まで行ったはいいものの、吐けないし、体調は治らないし、うずくまるしかなかった。
「ちょっと嫌かもしれんけど、頑張ってトイレまで行こっか。歩ける?」
背中をさすりながら声をかけられているうちに、次第と体調がマシになってきた気がした。
「大丈夫です。歩いていけます。」
「わかった。ゆっくりいこっか。なんか薬持ってる?」
持病があると勘違いされたみたいで、慌てて訂正した。
「いや、生理痛がひどいだけなんで」
「だけじゃないよ。そっかそっか、しんどいな」
生理ごときで騒いで申し訳ない、と思っていた私に、その言葉はゆっくり染み込んできて、泣きそうになった。
少し世間話をして、彼女が近くの病院の看護師さんであることがわかった。
お姉さんは駅員さんに事情を説明し、しばらく私を休ませてもらえるよう頼んでくれた。
「すみません、私そろそろ仕事行かないとダメで。この子のことお願いしていいですか」
帰ろうとするお姉さんに「すみません、お礼がしたいので連絡先だけ教えてもらえませんか」とお願いした。
最初は「いいよいいよ」と言われてしまったが、しつこくお願いすると困ったようにお名前だけ教えてくれた。

「生理ってしんどいけど、生き抜くための修行でもあると思うから。絶対毎回強くなってるよ。あ、でもちゃんと病院行きなね。」

帰ってから、母の入れてくれたホットミルクを飲みながらその出来事の話をすると、母は慌てて勤務先の病院へお礼の電話をしてくれた。

「めちゃくちゃ大きい病院みたいやな。名前下の名前も聞けんかった?」
「聞いたかもせんけど必死すぎて覚えてへんねんなあ。しゃあないなあ」
「そうかあ。
でも、『必ず伝えます』って言われたから、大丈夫やわ」

なんだか少しマシになった気がして、重い腰を上げて、一旦キッチンに向かう。
24歳になった私は、あれから何十回も生理を経験した。
毎月、「ああもう死ぬわこれ死ぬ死ぬ」を超えて生きている。
コップに牛乳を注いで、電子レンジに入れる。あっためている間に、ヨーグルトを容器に移し替えて砂糖をてんこ盛りかける。

きっと今、世界中でいろんな女の子が、私と同じように苦しい修行をしている。
修行を乗り越える技を各々見つけて、少しずつ身につけている。
そう思うと、腹痛も頭痛も少しマシになった気がした。

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