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東京地裁、属地主義の原則に照らし、システムの一部が国外にあることを理由に特許権侵害を否定

株式会社ドワンゴ(原告)が、コメント配信システムに関する原告の特許を侵害されたとして、FC2, INC.(被告FC2)と株式会社ホームページシステム(被告HPS)(被告ら)に配信の差止および損害賠償請求等を求めた訴訟において、2022年3月24日に、東京地裁は、被告FC2のシステム(被告システム)は原告の特許発明の技術的範囲に属すると認められるものの、被告システムの一部を構成するサーバ(被告サーバ)は米国内にあり、「日本国内」において生産したものではないから、原告の特許権を侵害するものでないとして、原告の請求を棄却しました(東京地判令和4年3月24日(令和元年(ワ)第25152号))。
 
原告の特許は、特許第6526304号(本件特許)で、動画内に視聴ユーザが書き込んだコメントを表示させる際に、複数のコメントが重ならないように位置を調整するシステムに関するものです。原告のサービス「ニコニコ動画」では、配信される動画に対し視聴ユーザがコメントを投稿でき、投稿されたコメントは右から左に流れるテロップ状で表示されることが特徴ですが、これらのコメントは重ならないように表示されています。
本件特許の明細書の図9には、「(おいし)そう~!」、「有名シェフの作品はいいねぇ。」、「どこの卵使っているの?」というそれぞれの視聴者のコメントが重ならないように動画内に順次表示されることが記載されています。

訴訟においては、本件特許の請求項1と請求項2が対象とされ、例えば、請求項1は、サーバと、サーバとネットワークを介して接続された複数の端末装置(視聴者ユーザの端末装置)を備えるコメント配信システムにおいて、サーバが、動画に対する視聴者からの第1コメントおよび第2コメントを受信し、端末装置に動画とコメント情報を送信することにより、端末装置の表示装置に、第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示されること等が要件とされています。
被告FC2は米国で設立した法人であり、米国内にあるサーバを用いて、動画配信サービスを行っています。被告FC2の米国内のサーバは、日本国内のユーザからのコメントを受領し、動画ファイルとコメントファイルを、日本国内のユーザ端末に送信していました。

 原告は、(a)被告FC2の動画配信サービスに使用されている被告システムは、本件特許発明の技術的範囲に属し、(b)被告サーバから日本国内のユーザ端末に動画ファイル及びコメントファイルを送信することが、被告システムの「生産」にあたり、本件特許権を侵害する行為にあたる、(c)被告HPSは被告FC2と実質的に一体のものとして特許権侵害行為を行っていると主張しました。
裁判所は、(a)被告システムは、本件特許発明の技術的範囲に属すると述べた上で、次に、(b)被告らによる被告システムの「生産」が認められるかどうかについて判断しました。
特許権の侵害は、特許発明を業として実施した場合に成立し、特許発明の対象が「システム」という物の発明である場合は、物(システム)を「生産」、「使用」、「譲渡」等する行為が実施行為とされています(特許法第2条3項1号)。裁判所は、物の発明の実施行為の一つである「生産」にあたるためには、特許権の効力が特許を取得した国の領域内においてのみ認められるとする「属地主義の原則」に照らすと、特許発明の構成要件の全てを満たす物が、日本国内において新たに作り出されることが必要であると述べました。
その上で、裁判所は、被告システムにおいては、システムを構成する「複数の端末装置」は、日本国内に存在しているが、ユーザからコメントを受信し、動画やコメント情報を送信する「サーバ」は米国内に存在し、日本国内には存在していないため、コメント配信システムが、日本国内において「生産」されたとは認められない、と判断しました。
原告は、被告システムの大部分は日本国内に存在していることを主張しましたが、裁判所は、物の構成要素の大部分が日本国内にあるという基準をもって、「生産」に当たるかどうかを判断することは相当ではないとしました。さらに、原告は、被告の行為が全体として見て日本国内で行われていると同視し得るにも関わらず、単にサーバを国外に設定することにより日本の特許権侵害を免れるとの結論は著しく妥当性を欠くと主張しましたが、裁判所は、被告FC2が本件特許権の侵害の責任を回避するためにサーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情は認められないと判断しました。
なお、裁判所は、2014年頃に被告HPSは被告FC2の委託を受けて被告サービスを行っていたが2017年8月頃には業務委託が終了しているとし、(c)被告HPSについては、本件特許の設定登録がなされた日(2019年5月17日)以降において、被告サービスを行っていたとは認められないとも判断しました。
以上より、被告らの特許権侵害の事実は認められないとして、裁判所は、原告の請求を棄却しました。
 
特許権侵害行為の一部が国外において行われた場合に、日本の特許権の侵害が成立するかについては、複数人が特許の実施行為を分担して行った場合に侵害が成立するか、という問題と相まって、以前から多くの専門家の間で議論となっていました。
過去、国外で一部の行為が実施された場合に侵害が成立するかについて述べた地裁判決がありました(東京地判平成13年9月20日(平成12年(ワ)第20503号))。電着画像の形成方法についての特許権(方法クレーム)を有する特許権者Xが、時計の文字盤用電着画像を製造し、時計の文字盤の製造を行う業者Aに販売していたYを訴えた事件において、東京地裁は、Yは、最終工程を自ら実施していないものの、Aを道具として用いて行わせており、全工程をY自らが実施していると同視し得るとして、Yの製造、販売行為について特許権侵害が成立すると判断しました。一方、Yの製品が輸出された場合に最終工程が外国で行われた場合には、国内において方法の行為を完結しておらず、属地主義に照らすと、特許権侵害は成立しないと裁判所は述べています。ただし、そもそも、Y製品を輸出しているという事実は認められないという事案における判断でした。
上記判決のように、属地主義を厳格に適用すると、一部の行為が国外で行われていた場合には侵害が否定されることになりますが、特にネットワーク社会では、サーバを国外に設置することにより侵害の責任から回避されるのは不当ではないか、特許発明の構成要素の中には重要な要素とそうでない要素があり、実際には意味を有しない要素が国外で行われた場合に特許権侵害を否定してよいのか、ネットワーク通信のような場所を問わないサービスにおいて土地に着目する従来型の属地主義で対応するのは限界があるのではないか、との批判がなされていました。
米国のBlackBerry事件では、システムの管理と有益な使用の場所が米国内にあれば、システムクレームの米国内での「使用」にあたるとして侵害が認められると判断されており、日本の特許法の解釈にあたっても、一部の行為が外国で行われていたとしても、「実施」にあたると解釈する余地はあるのではないかとも考えられていました。
一方、どのような場合においても侵害を認めることは、外国への効力拡張を認めることとなり、また、立法なくして何らかの基準によってこのような問題を判断することは、特許権の禁止の範囲が不明確となってしまうのではないかという問題点も指摘されています。
裁判所は、「特許権の侵害の責任を回避するためにサーバを日本国外に設置し、実質的には日本国内から管理していたといった、結論として著しく妥当性を欠くとの評価を基礎付けるような事情」は認められない、としましたが、このような主観的な事情を属地主義の例外的な事情として侵害を認めるのか、はたまた、管理の実態や収益の場所をもって判断するのか、本件は控訴されたとのことですので、知財高裁でどのような判断がなされるのか興味深いところです。また、本件訴訟においては、被告らの行為が「生産」に該当するかという点のみが争点とされていましたが、「使用」として争われた場合にはどのように判断されるのか等も興味深い点です。
原告は、FC2に対して同様の特許に基づき訴訟を提起しましたが、技術的範囲に属しないと理由により敗訴していました。その当時、原告の代表者は、訴訟の理由の一つは問題提起である旨述べていました(https://business.nikkei.com/atcl/report/15/110879/111500485/?P=3)。まさに、本判決により知財業界に大きな問題提起がなされたと感じています。
 
(文責:中岡 起代子)

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