見出し画像

三月八日

都内のスタジオから移動して、なじみのハイボール屋の店主があらたに立ち上げた、音楽酒場の音響セッティングを手伝いに鎌倉へ向かう。

裏駅から出て御成通りに入ると、東京より雨あしが強くなっていてだいぶ寒い。

三寒四温。
鎌倉は雨もよく似合う。

店先まで行くと主であるマリコ氏がまだ来ていなかったので、雨宿りがてら近くのバルに入って待つ。

エビスのグラスビールにアンチョビとトマトのタパスを頼む。
思いがけず塩味と酸味のバランスがディルの香りと丁度よく、じぶんでも真似してみたくなる。

そんなほんの十分ほどの間にも、上品な出で立ちのマダムがカウンターに並び、さっとグラスの赤ワインを頼んでいく。

こういうところはじつに鎌倉らしい。

そういえば、件のマリコさんは元タカラジェンヌという輝かしい音楽経歴の持ち主なのだが、
ハードウェアまわりはからっきしなので監督役を頼まれたというか、やむを得ず引き受けたといういきさつ。

思えば初めて小町通りにあった店に通う様になってから、もう七、八年は経つのかもしれない。

事前にインターネットで注文しておいてもらった機材は無事に届いていたので、ああだこうだと説明しながらセッティングしていく。

しかし当の本人はてんで理解していない様子で、これ毎回自分が立ち会えるわけではないけれど大丈夫なのかね。と思いつつも、
彼女はいつもこんな調子である。

ほどなくして次の打ち合わせの時間となり、失礼して数駅先の街へ。

もう二年ほどベースを弾いているバンドSOFTTOUCHソフトタッチのメンバーと合流する。

昨年末あたり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONのツアーファイナルに鎌倉芸術館までみんなで顔を出しに行った以来だが、
自分の都合でメンバーに遠路足を運んでもらうのも心苦しく、せめて美味しいものでもとここら辺り屈指の居酒屋を予約しておいた。

週末の夜というなかなか予約が困難なところ、いつものベースボールキャップのお兄さんが気を効かして上手い事やってくれていた。
ひじょうに有り難い。
(勝手な彼のイメージは『海辺のカフカ』のホシノちゃんだ)

いつか名前を尋ねたいと思いながら、もう何年も経っている。
きっとずっとこのままな気もするし、それでいいのかもしれないとも思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?