“いい人”であろうとする自分

学生時代、小規模なミスコンが行われることになり、私と友人何人かでそのミスコンについて話していた。ちょうどその時はまだミスコン出場者のエントリー期間中。「自他推薦どちらでも」となっていたが、目立ちたい人があまりいなかったのか、あまり集まりは良くない様子だった。

私たちはミスコンで有名な大学の過去の候補者の画像を見ながら他愛もない会話をしていたのだが、

「〇〇ちゃんってミスコン出ないの?」と良く可愛いねと言われていた友人が聞かれ、『そんな、無理だよ』と謙遜。それが何回か繰り返され、結果的に『自分を(ミスコンで)試してみたいかも』とかなり乗り気に。

聞いていた瞬間は何も思わなかったのだが、みんなと別れ、バス停に立っていたときにじわじわ「なんか、すごいなあの子」と思ってきた。

そう思ったのが「最初謙遜してたのにすぐ乗り気になったよ」なのか、「自分を多くの他人にアピールしようという自信と勇気があるんだな」なのか、よく分からなかった。

前者ならなんかひねた考えって感じで嫌な感じだし、後者ほど自分はあの子に感心していない。

とか思ってたけど、今となってみれば、あの時感じたものは100%前者だ。

自分が人と接していて「うわ」と思う時。

「この人嫌だな」と思う瞬間、「この人嫌だな」と思う自分嫌だな、と感じてしまうことはない?

他人の悪い部分に目を向けてしまう、気になってしまう、そんな些細なことで自分の中のこの人に対するイメージを悪くするのか。嫌なやつじゃん自分。みたいな。

誰かに、そんなんみみっちぃよ!って言われたわけでもないのに勝手に反省してる。思わず渇いた笑いが出てくるくらい、どうしようもないなって感じ。

なぜ自分の心の中でさえいい人でいようとするのか。

心の中でくらいボロクソに思ったって言ったっていいんじゃないか。

誰かといるとき話している時は程度を抑えてほどほどに悪く言うけど。家への帰り道、一人きりになる瞬間、「あいつはやべぇな」「最初から自分は可愛いからミスコン出ようと思うって言いなよ」なんていくらでも言える。

いや、あの時言うべきだったのかも。

『自分を(ミスコンで)試してみたいかも』と友人が言ったあの時に、「最初から自分は可愛いからミスコン出ようと思うって言いなよ」と冗談めかしに言えればよかったのかも。

こう言ういや〜な感情ってちりも積もれば、、となっていく。そう、何らかの形になって表に出てくる。悲しいことに。

無事ミスコンに出場しグランプリを逃した友人とは今は疎遠状態。まぁまぁ仲が良かったけれど。いろんなことが積もって疎遠になったということ。

他人に対していい人になるだけでも疲れるのに、自分に対してまでいい人になるべきではないなと悟った。本当にオススメしない。無駄なストレス。

一人きりでボロクソに言うか、本人にぶちかますか。

どっちかがいい。


貴重な時間をありがとう。

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がむ

ガムを噛みたいな、なんてときにでも読んでくれたら。あなたの貴重な時間をありがとう。
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