グルメ漫画をおいしく味わうための一冊~杉村啓『グルメ漫画50年史』~

わが愛しのグルメ漫画

 グルメ漫画って楽しいんですよーっ!!
 はい。『クッキングパパ』(うえやまとち、講談社)のカバーの作者コメント的にはじめてみました。
 僕とグルメ漫画の出会いは小学生のころ。祖父母宅に『美味しんぼ』(雁屋哲・花咲アキラ、小学館)が全巻そろってましてね。漫画だろうが小説だろうが文字を使った物語を読むことが大好きな少年だった僕にとって、学校の長期休暇などに祖父母宅に泊まりにいくたびに、数日費やせる娯楽として全巻一気読みをくり返していたもんです。
 また、漫画という形ではありませんでしたが、僕がちょうど幼稚園児だったころが『クッキングパパ』のアニメの放送期間にあたるんですね(ウィキペディアによると1992年4月9日 - 1995年5月25日。僕は1989年生)。見てましたよ。後に母から聞かされたところによると、僕が妹に対してしばらく「にいちゃん」という一人称を使っていたのは『クッキングパパ』のまことが妹のみゆきに対してそうしているのを真似たんだろうってことでした。へぇ~。
 中学時代には『中華一番!』『真・中華一番!』(小川悦司、講談社)にはまってました。アニメの放送が1997年から1998年らしいですから、たぶん小学生のころに何度かアニメを見た記憶があって、それで懐かしくなってブックオフに売られていた文庫版をまとめ買いしたんだと思います。
 中学時代にリアルタイムで人気が出ていたグルメ漫画といえば『焼きたて!! ジャぱん』(橋口たかし、小学館)ですね。こちらもアニメはたまに見ていた記憶はあるものの、買いそろえたのは大学時代。以前アニメやってたな→読んでみるか→面白いから買おう、というパターンが多いです。
 大学生、そして社会人になってからは『ワカコ酒』(新久千映、徳間書店)、『孤独のグルメ』(久住昌之・谷口ジロー、扶桑社)、『ダンジョン飯』(九井諒子、KADOKAWA)、『甘々と稲妻』(雨隠ギド、講談社)、『幸腹グラフィティ』(川井マコト、芳文社)、『華麗なる食卓』(ふなつ一輝、集英社)、『ラーメン発見伝』(久部緑郎・河合単、小学館)、『コンビニお嬢さま』(松本明澄、講談社)、『姉のおなかをふくらませるのは僕』(坂井音太・恩田チロ、秋田書店)など、さまざまなグルメ漫画を読んできました。
 なんだかね、グルメ漫画って、他のどんな文章や漫画を読む気力がないときでもすっと読んで楽しめるんですよね。キャラクターたちの織り成す重厚なドラマ、あるいは熱気あふれるバトルが展開されるような漫画だってもちろん好きなんですけど、そういう漫画を読むにはそれ相応のコンディションが必要というか、物語世界にぐっと入り込む集中力が必要というか。
 別にグルメ漫画を読むのに集中力がいらないって言ってるわけじゃないんですけど、ハードル低いんですよ。僕にとっては。
 というわけで、買って読んでる漫画の半分以上はグルメ漫画なんじゃなかろうか、というここ数年です。
 というかそもそも、ここんとこグルメ漫画の出版点数めっちゃ増えてませんか? というのは10年まえぐらいからグルメ漫画好きだった僕の書店ウォッチから来る感覚ですが、どうです、皆さん、書店の漫画コーナーに足を運んでチェックしてごらんなさい。新刊コーナーに少なくとも一冊ぐらいはグルメ漫画が置いてあることと思います。
 で、最終的に「グルメ漫画は面白いからみんな読もうよ、一作ぐらいはお気に入りが見つかると思うよ」というのがこの記事で持っていきたい結論なんですが、一口にグルメ漫画といっても属する作品が膨大に過ぎるため、何かガイドになるような本が必要です。

『グルメ漫画50年史』は簡潔にまとまった“通史”の本だ

 というわけで、前置きが長かったですが紹介しましょう。『グルメ漫画50年史』(2017、杉村啓、星海社)です。
 本書はですね、平たくいえば、いまや一大ジャンルとなったグルメ漫画の“通史”を確認する本です。序章で「どうして我々はグルメ漫画に心惹かれるのか」というジャンルについての総論を述べたあと、グルメ漫画の誕生から今日に至るまでの流れを、年代ごとの有名作品を紹介しながら確認していくという構成です。
 グルメ漫画の興りは1970年代のことだったんだ、とか、同じころすでに「料理対決」の手法は確立されていたんだ、とか、『美味しんぼ』がいかにエポックメイキング的作品だったのか、とか、ある程度グルメ漫画には詳しいつもりでいた僕にとっても、いろんなことが学べた一冊です。
 もうひとつ特徴的なのは、各年代のグルメ漫画の特徴を、その時代の社会の様子と照らし合わせながら分析している点でしょうか。たとえば『孤独のグルメ』についての記述。この作品は、松重豊さん主演のドラマが長期シリーズ化するなど、いまや押しも押されもせぬグルメ漫画の代表作のひとつですよね。『グルメ漫画50年史』では、この作品は「時代が追いつくまで30年かかり、時代を変えた奇跡の傑作」と紹介されています。どういうことか。ちょっと引用してみましょう。

 『孤独のグルメ』の連載が始まったのは〔…〕1994年です。当初は人気があったというよりは、異色の漫画とされていました。というのも、1994年はバブルがはじけて1~2年で、バブルを象徴するような「金にあかせて豪華な食材を集めて豪奢な料理を食べる」から、「料理はひとりで食べるよりもみんなで食べる方が美味しい」「家族で食べる料理が一番」という風潮へと移っていった時期だからです。〔…〕こういった時代に「中年男性がひとりで外食する」という作品は、とても奇異に見えたのです。
 1997年には連載をまとめた単行本が発売されましたが、この時点で爆発的に売れたわけではありません。2000年に入って文庫版が出てから、徐々に人気に火がつきました。これは世間に「一人飯」という概念が受け入れられたことと無関係ではないでしょう。一人飯の代名詞でもある「便所飯」という言葉が登場したのが2001年。その頃までは「一人でご飯を食べる」という行為は恥ずかしく隠すべきという風潮だったのです。ちょうどその時期に井之頭五郎の独特の台詞回しがインターネットで紹介され、人気に火がつきました。

 著者の杉村啓さんはここで『孤独のグルメ』の原点として同じ作者の『夜行』という作品を紹介しながら、『夜行』の発表から『孤独のグルメ』の流行まで30年かかった、他に類を見ない「早すぎた、奇跡のグルメ漫画」だとまとめています。
 なるほど~。読んだときには思わず膝を打ちましたよ。ええ。他にも、単に中身だけしか読んでいなかった作品が、発表された時代の何を反映しているのか、また、当時の読者にどのように受け止められていたのかに関する記述が随所に出てきて、これがめっぽう面白いのです。
 とはいえ、前述のとおりこれは“通史”の本ですから、思い入れのある特定の作品がある読者にとっては「なんであの本をもっと掘り下げてくれないんだ!」あるいは「どうしてあの本が載ってないんだ!」という気持ちになることもあるでしょう。でもそれはしょうがないのです。戦国時代、あるいは幕末ファンが中学歴史の教科書を読んで「なんで戦国時代がこんな一瞬で終わってしまうんだ!」とか「どうして芹沢鴨の名前が出てこないんだ!」って感じるのと同じです。通史を通史として記述する以上、どうしても“他に優先すべき作品があって書けなかった”ものが出てくるのは仕方のないことなのです。

序章の分析が素晴らしい

 この記事で具体的な作品名がたくさん出てくる本編について他の箇所を取り上げると、どうしても「その作品は知らない」という読者が出てきてしまうので(それでも本書は楽しめるのですが)、ちょっと話の目先を変えましょう。
 僕が『グルメ漫画50年史』の中でも白眉だと思っているのは、序章「どうして我々はグルメ漫画に心惹かれるのか」の内容です。『グルメ漫画50年史』なんてタイトルの本の読者は、多少なりグルメ漫画が好きな/グルメ漫画に興味がある人に決まっています。そういう人たちに対して、「料理漫画研究家」を肩書きのひとつとして挙げる、グルメ漫画好きのハイエンドの1人である作者が、「どうして私たちはグルメ漫画が好きなんだろうね」というある意味で究極の、根源的な問いから始めようというんですから。
 杉村さんがグルメ漫画の魅力として挙げるのは次のような項目です。

・「欲」に忠実である
・知的好奇心が満たされる
・「食べる」入門書になる
・対決物の要素がある
・成長物語も多い
・ノウハウ系の基本がある
・紙に描かれた料理を味わう工夫が進化してきた

 これまたなるほど。膝を打ちます。
 中でも僕が特に重要だと思っているのは、「欲」に忠実であるという点ですね。言うまでもなく、食欲は人間の三大欲求のひとつです。つまり、グルメ漫画って、根本的に「生理的快楽」を描いた漫画なんですよ。たぶん、冒頭で僕が書いた「他ジャンルの漫画を読む気力がないときでもグルメ漫画は読める」というのもそのあたりに起因するんじゃないかと推測します。
 他に生理的快楽を描いた漫画として、いわずもがな、エロ漫画は一大市場を築いていますし。
 あるいは、三大欲求の残りのひとつ、睡眠欲についてもですね、「眠り」をテーマにした漫画作品は出版されています。魔物たちにさらわれた囚われの姫が魔王城で好き放題にふるまいながら質のいい睡眠を追求する『魔王城でおやすみ』(熊之股鍵次、小学館)は、最近では姫と魔物たちの織りなすコメディ要素が強調されていますが、それでも姫が気持ちよさそうに眠りにつく場面は作品定番の「オチ」として使われます。あるいは、『ねるじょし』(酉川宇宙、芳文社)という、こちらも主人公が良質な睡眠を追求するというテーマの作品もあります。
 他には『ゆづきさん、沸きました。』(望月あづみ、小学館)、『ふろがーる!』(片山ユキヲ、小学館)、『じぇいけぇゆ』(中川沙樹。この記事公開現在、単行本は未刊)などのお風呂をテーマにした漫画や、『ストレッチ』(アキリ、小学館)、『きょうの灸せんせい』(村瀬とみ・鋤柄誉啓、秋田書店)、『妖怪マッサージ』(忌木一郎・押切蓮介、秋田書店)などのリラクゼーションをテーマにした漫画などが出ています。
 僕の見立てとしては、今後こうした生理的快楽を描いた漫画はどんどん増えていくんじゃないかと思われるんですが(その理路を語るとやや長くなるのでここでは割愛)、中でもグルメ漫画が大きな位置を占めるという構図は変わらないでしょうね。

『グルメ漫画50年史』は優れたブックガイドでもある

 どうでしょう、これまでの話で、グルメ漫画に興味を抱いてもらえたならば幸いなのですが。
 グルメ漫画に興味を持って、あるいはすでに興味を持っていて、それではまず/次にどんな作品を読もうか、書店に行ってもたくさん並びすぎているし(2017年時点で、なんと毎月30冊前後のグルメ漫画の単行本が発売されていたそうです!)、あんまり「はずれ」を引きたくないんだよな、という心理はよくわかります。
 そんな人たちにとって、『グルメ漫画50年史』はとても優れたブックガイドになるでしょう。本書で取り上げられているのは、「基本的に10巻以上続いた作品」であり、そうでない場合は「グルメ漫画市場で重要な転機となる作品や、そもそも巻数が少なくなってしまうエッセイ系漫画や、アニメ化やドラマ化を果たした作品など」ということですから、すでに評価の定まった作品ばかりなんですね。
 また、各作品の面白さ、アピールポイントを杉村さんが上手に紹介してくれているので、読んだことがない作品について思わず「読みたい!」と思ってしまいます。

 たとえば『鉄鍋のジャン!』(西条真二、秋田書店)について。

 主人公が悪役でもある、ピカレスク・ロマンのような構造を持っていると言えるでしょう。でも根底のところは、醤が並みいるライバルをさまざまな工夫で打ち倒していく、王道の物語なのです。

 たとえば『きのう何食べた?』(よしながふみ、講談社)について。

 家庭料理として単に一品だけを作るのではなく、『その日の食卓』を作っているので、主菜だけではなく、副菜や汁物も同時に作るのです。これを調理中にこっちを刻んでおいて、のような、並行して作業することがしっかりと描かれているのですね。そこでも、ここでこうすると効率的に手を抜くことができるといった豆知識も身につきます。

 たとえば『めしばな刑事タチバナ』(坂戸佐兵衛・旅井とり、徳間書店)について。

 取調室で取調中だろうが、張り込み中だろうが、飯の話をしまくるのです。ただし、普通のグルメ漫画と違う点は、とにかく愛情を語ること。栄養価や素材、原材料などはそれほど話さず、登場した時代背景や、食べたときの思い出、店のサービスに食べるときのシチュエーションといった、味そのものよりも、なぜこれが好きなのかということに主眼を置いて語るのです。とりあげられるのは高級な料理ではなく、牛丼やカップ焼きそば、缶詰などのいわゆるB級グルメやジャンクフードばかり。

 ……どうです、ちょっと紹介されてる漫画を読みたくなってきませんか?

その後のグルメ漫画史への期待

 さて、紹介してきたように、『グルメ漫画50年史』はグルメ漫画についての非常に優れた通史の本であり、ブックガイドです。
 それではいちグルメ漫画好きとして、もしもこの本の後続になるグルメ漫画史の本が出てくるとするならば、それは「各時代史」であったり「テーマ史」であったり、あるいは各作品についての深い考察といった内容を期待します。通史の整理は、この本が実に巧みに地ならしをしてしまいましたから。
 そうしてグルメ漫画史を研究してくれる人が出てくるためには、グルメ漫画の裾野がいま以上に広まる必要があるでしょう。というわけで、僕はグルメ漫画を、そして『グルメ漫画50年史』を、周囲の人々に「これ読んでみてよ」って勧めていくのです。

筆者紹介
.原井 (Twitter: @Ebisu_PaPa58)
平成元年生まれ。21世紀生まれの生徒たちの生年月日にちょくちょくびびる塾講師。週末はだいたい本屋の学参コーナーに行く。ビールと焼酎があればだいたい幸せ。

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