女根建供養④

RN・くだらない質問

「なんでずっと彼氏いないの?こんな美人を放っておくなんて。周りの男、豚確定じゃん。」
居酒屋で無邪気にそう言うのは、女根建の同僚・女文田だった。
女根建はその言葉に「まじそれな。豚じゃないまである。」と返し、ジョッキに注がれた三ツ矢サイダーを一気に飲み干した。
女根建は、誰にも言えない秘密がある。それは、生まれてから一度も恋愛感情を抱いたことがないことだった。
「自分だって、周りと同じように人を燃えるように好きになれるに違いない、恋愛感情がわかる日が来るに違いない。」
孤独に押しつぶされそうになる女根建は、自分にそう言い聞かせて生きてきた。
しかし、今年33歳の誕生日を迎えたが、いまだに恋愛感情は分からないままだった。今まで幾度もなく男性から好意を寄せられたが、得体の知れない感情をぶつけられることに小さな恐怖を感じ、苦笑いして受け流すことしかできなかった。 恋人が居ないというと、誰か紹介しようかと当たり前に持ちかけられた。
そんな恋愛を当然とする価値観に触れる度、女根建はこの世界に自分の居場所がないように感じていた。
「世の中ほーんとよ・う・ち。」
恋愛の話を聞く度、女根建は小さく呟いた。
ある日、女根建は会社に新しく入ってきた男性と仲良くなる。女根建より4歳下の彼は、美人の女根建に対して唯一湿度のある目線を向けない異性だった。色気のある話も一切せず、趣味や仕事の話を楽しげに語った。女根建が仕事で落ち込んでいると、丁寧に相槌を打って静かに話を聞いた。そんな彼の様子に女根建は心を許し、かけがえのない存在になっていた。
しかし、昼休憩や帰り道で楽しそうに話す二人を見て、周囲は黙っていない。今までになく生き生きとした女根建と彼の様子から、二人が付き合っているという噂が会社中を駆け巡った。ある日の定時間際、女文田は女根建に対し、「ねぇ。二人付き合ってるって聞いたんだけど、本当?」と好奇心を含んだ調子で言った。それを聞いて 女根建は溢れた怒りを抑えきれず、「なぁ!ねぇって!」と怒鳴り、会社を飛び出した。駅まで歩く帰り道、女根建の頭の中は言いたいことで埋め尽くされていた。
「まじ見てんなみんな。仕事に集中しろって。なんで同じ部署の人といるだけなのに、こんなに噂されなきゃいけないんだ。せっかく、せっかく恋愛感情がなくても幸せを感じられるってわかったのに。せっかく、毎日楽しくなってきたのに。」
そんなことを言っていると、女根建の目から一筋の涙が溢れた。怒りを通り越し、悲しみが女根建の心を支配した。
すると後ろから「女根建さん!」と声がした。彼の声だ。女根建の頭に最悪に憶測が浮かぶ。
「この優しさだって、きっと無償のものではない。彼だって、結局私と付き合うために優しさを向けているのかもしれない。」
そんな考えが頭をよぎると、感情がぐちゃぐちゃになった女根建は目が合った彼に強い語気で言う。
「なぁ!もう私に構うなって!どうせ君の優しさだって、私と付き合うための道具でしかないんでしょ!ほんとこの世は恋愛ばっかで幼稚なのよ!会社の人たちだけじゃない!この物語を聞いてる人たちだって、あなたに出会ったことで、私に恋愛感情が芽生えることを期待してる!女根建太一だ?笑わせんな!もういって!!私なんて!!私なんて壊してやる!!」 そう言って女根建が車道に一歩足を踏み出した。すると彼は女根建の腕をとっさに掴み、今まで聞いたことのない声量で叫んだ。
「女根建さん!誤解です!僕、女性を好きになったことない!」
「え?」
歩道に戻された女根建は、彼の言ったことに戸惑いを隠せず、呆然としていた。
彼は続けて言う。 「周りに隠していましたが、僕、男性しか好きになれないんです。生まれてから今まで。だから男と話すと、よそよよしい態度でバレるんじゃないかって怖くて。かといって女性と親密になると、すぐに恋愛感情を向けられてしまうから、友達ができなかった。だけど、女根建さんは僕のことを人として見てくれていました。特別な人です。ただ、女根建さんと付き合いたいとか、思ったことありません。人としてあなたが好きです。」
異性として自分を見ない彼のことが嬉しくて、照れ隠しで大声で言う。
「ここまで私とたくさん話して、付き合いたいと思わないやついなーい!」
閑静なオフィス街で安堵の表情を浮かべた二人は、穏やかな視線で互いを見つめ合った。10年後、女根建が彼とそのパートナーの結婚式に参列するのは、また別の話。


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