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『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第1話「焼魚事件」④


「洋一? ああ、あのブサイクな若いのか。殺されたって話だな。それで、あんたたちは聞き込みをしているってことかい?」

 マノ鮮魚店から少し離れた、この町内会のリーダーという男性の元に僕たちは赴いた。
 コンビニエンスストアのオーナーであるらしい。
 五十代ぐらいのさっぱりとした男性だった。
 さっきの真野修平の両生類じみた顔を見たあとでは、多少整っていなくてもハンサムに見えてしまうのが不思議なものである。

「ええ、被害者が殺された動機を調べているんですが……」
「ん、簡単だよ。嫌われていたからだろ」
「どういうことですか? 被害者は誰かに憎まれていたということですか?」
「誰か、というか、皆に嫌われていたからな」
「え?」

 皆に嫌われていたということは、怨恨の線で容疑者が増えすぎてしまう。

「何かしでかしたんですか?」
「いや、特に何かをしたという訳じゃない。ただ、なんとなく毛嫌いされているんだよ」
「どうして?」
「はっきり言えば見た目が気持ち悪いってのと、いつも無愛想でこそこそとしているということと、あと、こっちを敵視しているということかな」
「敵視?」
「ああ、まるで、普通に歩いている連中を心の底から憎んでいるように睨みつけて、ボソっと文句を言うんだよ。魚を買いにきた客にまでな。ここに来てからずっとだ。まあ、魚屋の旦那もあまり客商売向きじゃねえが、最低限の愛想の良さはもってやがるのに、あの若いのだけははっきりダメだ。あいつのおかげでだいぶ馴染みの客も減ったんじゃねえのか。この不景気に、余計なもんを抱え込んじまったもんだと同情しちまったぜ。ただでさえ、あそこの旦那は借金を山ほど抱えているせいで、他の従業員も雇えないし、だいぶ昔に嫁さんに逃げられて男やもめだっていうのによ」

 どうやら、酷いコミュニケーション障害という奴だったのだろう。
 ただ、それがもとで殺されたとは思えない。
 被害者の叔父は借金があるのだという。
 保険金目当ての殺人の可能性も視野に入れておこう。
 それに、家族としては二人暮らしだったようなのでアリバイも証明されそうにないし。

「最後に被害者を見かけたのは、いつでしょう?」
「んん? 確か、奴が東南アジアのどっかに出かけて帰ってきてから、一度も見てねえな」
「東南アジアですか。それは旅行か何かで」
「ああ、やつから直接聞いたわけじゃねえが、旅行に言ったって話だ。東南アジアのどの国だかは聞いていないがな」
「もしかして、それはミャンマーの奥地なのではありませんか」

 いきなり、降三世警視が口を挟んできたが、それはすぐにオーナーに否定された。

「いや、確か海がある場所で、ちょっと前に津波があったとかいう話だから、たぶん、インドネシアだろう。なんでミャンマーなんだい?」
「ミャンマーの奥地にあるというスン高原なら、観光名所にぴったりとだと思ったのですが……。そうですか、やはりインドネシアでしたか」

 なにが、やはりなんだろう。
 自分のちょっとした推理が外れたからといって照れ隠しに誤魔化しているにしては、満足気な顔をしているな、この人。

「その旅行は真野さんがお一人で行かれたのですか? 他に同行者は?」
「あいつと旅行しようなんて酔狂な奴がいるはずねえだろ。絶対に一人だよ。帰ってきた時だって一人だったしな」
「それはどこで見かけたのですか」
「バス亭だよ、すぐそこの。まあ、見た目はいつもどおりだったが、ちょっと疲れた感じではあったな。あんなのでも、旅行から帰ったら『やっぱり自宅が一番』とかいうのかねぇ」
「さあ、それはわかりません」

 コンビニエンスストアのオーナーから聞けた話はその程度だった。
 被害者がその見た目から嫌われていたことと、旅行から帰ってきた直後に殺されたことぐらいが判明しただけだ。

「しかし、叔父の真野修平も似たような顔だったのに、甥の方はえらく嫌われているみたいですね」
「君は顔で嫌われていたと思っているのかい?」

 警視はちょっと肩をすくめ、まくしたてた。

「違うよ。被害者が嫌われていたのは、あの魚に似た顔のせいだけじゃない。本人が持つ、すべてのものを敵視するような忌まわしい目つきや、胸がムカつく声、不吉で汚らしい考えが嫌われていたんだ。それは、まだあの叔父にはないけれど、すぐに彼にも現れるだろうね。あの一族の特徴のようなものだから」
「……警視は、真野のことをご存知なのですか?」
「真野の一族のことは知らない。でも、奴らのことはよく知っている。だから、被害者がどのように周囲に扱われていたかも想像がつく。……そんなところかな」

 飄々としているかと思えば、熱く色々なことを語りだす人だ。
 ただ、ちょっと偏見が激しすぎる気がしないでもない。
 差別主義者とは思えないが、人を偏った目で見てしまう癖のある人のようだった。

「でも、そうなると殺人の動機が絞りきれなくなりますね。みんなに動機があるということになります。嫌われているからといって殺されるほどではないと思いますけど」
「……真野洋一が本当にインドネシアに行っていたか、あとで確認してもらって欲しい。私としても確認したい」
「はあ」

 捜査に協力的なことを言うなんて……。
 僕がちょっと見直していたら、

「動機なんて特に調べなくても、この事件の真相はわかると思うがね」

 なんて、こちらのやる気を削ぐようなことを言う。
 まったく、嫌な人だ。 
 しかし、組織の偉い人である以上、その意に逆らったりはできない。
 さりげなく尋ねてみる。

「どうしてですか? 動機は大切だと思いますが」
「何があったから人を殺したなんて行為無価値よりは、人を殺したという結果無価値の方が重要であるという刑法上の議論をしてもいいけど、私としてはむしろ被害者が全裸であったことと、その上で焼かれたことを重要視すべきだと言っているんだよ」
「はあ」
「久遠くん。被害者の死骸はなぜ裸だったのかね?」
「服を脱いだからです」
「自分で?」
「いえ、現場には被害者の服も靴もありませんでしたし、被害者のものと思しき血痕も発見されていないので、おそらくどこかで殺害された上で服を脱がされて運ばれたんだろうと思います」
「そうだね。では、なぜ、服を脱がしたんだ? 残念なことに裸体をみたいほど美しいボディの持ち主ではないだろう。しかも、男だ」
「さあ、被害者の身元を割らせないためとしか……」
「ああ、指紋もすべて焼かれていたからね。足の方までしっかり。それにしては歯形はそのままだった。身元を誤魔化すためならもっとやり方があったろう。実際に被害者の身元はそれで判明したからね。全身を焼いたにしてはお粗末な結果だ。今時、指紋以外にも歯型で身元が割れるなんてドラマでも常識だよ。でも、犯人はそれをしなかった。つまり、犯人にはあそこまで念入りに全身の肌を焼く必要があったからに違いないよ」

 確かに、なぜだ?
 死体損壊癖のある犯人でもなければ、かなり背中まで念入りに焼く必要はない。

「被害者には刺青があったのかもしれません。それを隠すためでは?」
「うん、とりあえず考えてみようとするのはいいことだ。でも、発想としては突飛すぎるね。被害者周辺でそういう聞き込み情報があったのなら考えてもいいけど、今の段階ではただの突飛な仮説でしかない」
「推理小説なら被害者の入れ替わりがあったということもあります」
「……あんなに類をないほど不気味な顔をして、焼死体なのにご面相が把握できるのに? 現実はもうちょっと厳しいと思うよ。あんなに見事に、焼き魚のようにする必要からは遠いね。あ、焼魚。言い得て妙だ。確かに、プププ」

 なんだか知らないが、ツボにはまったらしく警視は笑い出した。
 焼死体となった殺人事件の被害者を焼魚だなんて、侮辱にも程がある。
 僕はまたこの人が嫌いになった。

「久遠くんはわかっていないかもしれないけど、この事件の本質は、『被害者はどうして全裸でこんがりと焼魚のように焼かれたか』ということに限るよ。そのあたりをよく注意して捜査してみたらいい」

 そう言うと、警視はさっさとパトカーの助手席に乗り込んだ。
 僕が運転席に慌てて座ると、「警視庁へ」と横柄に命じられた。
 そして、僕(あえて達をつけるのは止める)の今日の捜査は終了した。

#創作大賞2023 #ミステリー小説部門



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