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『邪神捜査 -警視庁信仰問題管理室-』第2話「ゴミ屋敷事件」⑥


 ゴミ屋敷の主人阿部崇は、案外素直に署の方にしょっ引かれていった。
 逮捕ではなく任意同行という形なのだが。
 むしろ、彼としては自分の主義・主張を誰かに訴えるいい機会だと考えていたのかもしれない。
 藤山さんが、「あんたはあの死体を庭に放置したのか?」と訊くと、「ああ、そうだ」と簡単に認めた。
 何故という問いに対しても、「おれの家に勝手に入り込んでぽっくりくたばって邪魔だったからだ」と言い、「救急車を呼ぶとか、警察に通報するとか、そういうことを考えなかったのか」と聞かれると、「邪魔なゴミは捨てるだけだ」と嘯いた。
 佐原先輩まで困惑して、「この家はゴミだらけじゃないか。あんたが集めてきたんだろ? 勝手に入り込んだとはいえ死んだ人を邪魔だからなんておかしくないか」と非難した。
 それに阿部は、

「この家に置いてある宝物は、おれが哀しみの声を聴いて、おれが愛を注ぐために招き入れたものばかりだ! 死体だろうが、なんだろうが、おれが招いていないものがあったら捨てるのが当然だろ。ゴミなんだからよ・・・・・・・・!!」

 随分と矛盾だらけの考えを披露して、事情を聴取するためにむしろ堂々と連行されていった。
 あれではたかが死体遺棄でも聴取に相当の時間がかかることだろう。
 藤山さんに言われて、佐原先輩が署の近所のビジネスホテルの予約にとりかかっていた。
 殺人のような凶悪事件でもないのに、宿泊をみこして予約を取るなんて相当なものだ。
 高輪グリーン・マンション事件みたいにならなければいいけどさ。

「……藤山さん、ここの封鎖って必要ですか?」
「ゴミ屋敷のか? まあ、阿部による殺人の可能性がない訳じゃあないが、現場保存するのも手間だしな……」
「ちょっと調べておきたいことがあるんで、残っていいですか。最後の封鎖も僕がしておきます」
「別にいいぞ。あと、嫌でなかったら、本庁の変人警視どのに感謝状でもだしといてくれ。さすが、変人は変人の考えがわかるんだなってよ」
「了解しました」

 そういって、去っていく仲間たちを見送ってから、僕は少し離れたところにある自分のパトカーに戻った。
 後部座席で変人警視どのが分厚い書籍と語らっていた。
 比喩ではなく、本当に。

「うーん、君のこの表紙の肌触り最高だね。さすが、古今東西でも稀有な魔導書の写本。とってもセクシーだよ。人肌、しかもアラブ系? くくく、アラブ美人だと最高だねー」

 はい、アウト。
 お巡りさん、こいつです。
 でも、たいていのお巡りさんよりもこの人の方が、階級が上なんだよ……

「降三世警視。人払い、完了しました」
「ごくろうさま。あとは夜になるまで待とうか。昼間よりは夜の方が見つけやすいだろう」
「――捜索をするなら、昼のほうがましだと思いますが」
「光のあるところだと難しいみたいなんだよね。……さて、ご飯でも食べに行こうか。さっき検索していたら、このあたりにいい鰻屋さんがあるんだ」

 そう言って、車から出た警視はさっさとその早い夕飯を摂りに出掛けるのであった。

        ◇◆◇

 夜の帳が落ちた。
 僕らは最寄りの駅に着く終電がなくなった頃合いを見計らって、阿部のゴミ屋敷に向かった。
 ゴミ屋敷の周辺には誰もいなかった。
 おそらくここに漂う凄まじい悪臭のせいだろう。
 僕は嗅覚が鈍感だからいいけれど、普通に暮らしている人には耐えがたいんだろうな。
 通りを隔てて隣接しているマンションの窓が完全に締め切られている様子から窺える。
 阿部がいないからか、ただでさえ静かな屋敷は完全に沈黙していた。
 僕が貼っておいたキープアウトのテープを跨いで中に入ると、左手に棍棒代わりにもなる懐中電灯を握り、右手には警棒を持った。
 棍棒二刀流という訳だ。

「ほら、これ」

 玄関に入る前に警視がお気楽に渡してきたものを見て驚く。

「H&K USP。自衛隊の横流しだよ」

 それは黒い自動拳銃だった。
 警視の手にも同じものがある。
 さすがに驚くのも当然だ。警察官がもっていていいものではない。

「大丈夫。許可はとってある。でも、一発撃ったらあとで報告書書いてくれよ。私の分も」
「そういうのは自分でやってください!」
「私に事務処理ができると思うのかね?」
「――ええ、思いません。自分が間違っていました」
「わかればいい」

 預かっていた鍵を使い、内部に入る。
 これだって実は違法捜査だ。
 ただ、降三世警視の所属する信仰問題管理室の職務では、こういう調査はよく行われている。
 違法というか法律自体が通じない相手が多いこともあるので。

「一階にはなにもないみたいですよ。ところで、警視はここで何を調べる気なんですか?」
「言ってなかったかい?」
「はい。警視が事前にきちんとした説明をなされた事例は、かつて存在しなかったのではないかと愚考いたします」
「――私はね、このあたりの上空で四散したヘリコプターを調べていたんだ」

 一部屋、一部屋、ゴミの山の中を調べながら、小声で警視が説明を開始した。
 僕の嫌味をちょっとは聞いて欲しい。

「乗員一名が死んだだけの、まあよくある事故さ。ただし、ちょうど地上と交信をしていてね。その際にパイロットが『でかいエビが飛んでいるぜ。おい、なんだあれは』と報告していた。その直後、当該ヘリは爆発した。私はそのでかいエビと衝突した結果だと睨んでいる」
「――また突拍子もない話ですね」
「そうでもない。実はよくある話なのさ。ジャンボ機に鳥がぶつかるバードストライクみたいなものだ」
「はあ」
「しかも、その際に、かなり望遠であるが動画も撮影されていてね。これだよ」

 スマホで撮影されたらしいものは、芥子粒のように小さかったが、確かにヘリコプターかせ四散する寸前のものだった。
 だが、おかしいのはヘリコプターが爆殺する直前に何か大きな破片のようなものが映っている点だ。
 爆発する前に部品がある訳はないし、これが鳥だとするとあまりにも大きすぎる。

「なんですか、これ?」
「まだわかっていない。ただ、このヘリコプターは空中で試算した結果、部品が地上にたくさんばら撒かれた。まるで雨のようにね。おかげでそのすべてを回収することはできなかった。私が探していたのはそれさ」
「ああ、だからこの屋敷にガラスの破片が転がっていたんだ。阿部崇が見つけて拾ってきたものなんですね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「君が教えてくれたおかげでこの屋敷の主人が、ヘリの部品をゴミとして回収していたことがわかった。部品が落ちた地点と主人の行動範囲が一致していることもね。そして、今回の死体遺棄事件さ。そこで私は発想を飛躍させた」

 二階へと続く階段を見て、警視は言う。
 階段にもゴミが堆積していた。

「――阿部崇が拾ったのは本当にヘリの部品だけだったのかと? それ以外に、何か拾っていたのではないかと」
「何かって?」
「例えば、ヘリと空中で衝突したやつ、とかね。で、君の捜査していた事件を調べたらあまりにも過去の事件、アメリカのバーモント州でエイクリーという在野の学者を襲ったものに類似しているところがある。そこで、私にはほぼ真相がわかったのだよ」
「真相……阿部崇が死体を庭に捨てただけなんでは?」
「それは客観的な事実としては正しい。だが、すべての元凶は違う。さあ、いこう。犯人に会いにね!」

 僕たちは拳銃を構えながら、二階に上がると、一か所だけ扉の閉まっている部屋が奥にあった。
 禍々しいオーラのようなものを感じてしまった。
 なんだ、あそこは。
 本当に犯人といっていい人間がいるのか。
 慣れない拳銃は重かった。
 降三世警視のおっかなびっくりのへっぴり腰に比べたらまだマシな構えのまま、前に進む。

「開けます」
「あ、待った。カメラを……」

 警視が夜でも撮影できるビデオを仕掛ける。
 それから、僕らは扉を強引に開けて内部に躍り込んだ。
 
 いた。

 誰のものかもわからないベッドに横たわった、そいつがピクンと動いた。
 僕らに気が付いたのだろうか。
 それとも……
 くいっ薄赤色の甲殻類にもサザエにも似ている頭が持ち上がった。先の尖った肉質の輪というか、濃いねばねばするもので覆われた結び目というか、光の具合なのか色がころころと変化するのが不気味である。
 鉤爪のついた多数の脚がエビのような胴体についていて、背中らしい場所についてぼろきれは一対の蝙蝠のような翼であろうか。
 ボロボロに見えるそれはきっと本当に傷だらけなのだろう。
 全身が痙攣しているのはおそらく瀕死だからだ。
 どう見ても怪物にしか見えない、そいつは、完全に死にかけていた。

「いかん、本当に死にかけだ。このままでは死んでしまう」

 降三世警視が近づこうとすると、

ケッォォォェェェゥ!!』

 聞いたこともない耳障りな発声がそいつから出てきた。
 不気味な音でしかないが、もしかしたらそれは声なのかもしれない。
 僕たちを押しとどめるためのものだったようだが、それが実は最後の力を振り絞ってのことだったようだ。
 奇怪な生き物はガタンとベッドに横たわると、そのまま二度と動くことはなかった。
 それどころか、全身から蒸気のようなものが噴き出し始めて、部屋に吐き気を催す臭いが立ち込める。
 ゴミ屋敷のものよりも遥かに酷い。

「せっかく生きたミ=ゴを目撃したといのに、まさかここまで瀕死だったとは……」

 鼻を押さえながら警視が、この怪物の死骸に近づく。
 銃の先でつつくと、その部分が粉になって散った。
 ついさっきまで生きていたはずのものが、ほんの数秒で風にさらされた灰のようにボロボロになっていくのだ。
 動いていたということさえ、トリックのように感じられる。
 底知れぬ空間から来た名もわからぬ化け物と同じ屋根の下にいたことが信じられないぐらいに呆気なかった。

「こ、こいつが、ミ=ゴって怪物なんですか」
「ああ。こう見えても知的種族なんだよ。凶暴で、残忍で、お近づきになりたくない怪物だけどね。さっき話したヘリコプターと衝突して重傷を負ったのだろうね。ほとんど死にかけだったおかげで、普通なら人間の眼では目視できないこいつを確認できたのはラッキーだったよ。―――死体の確保は無理か。ビデオ撮影が可能なだけよしとしよう」

 僕は初めて見た怪物の死骸のあまりのおぞましさに、拳銃を握りしめたまま立ち尽くしていた。
 降三世警視とつきあってきてから、幾つもの怪奇事件に接してきたが、ここまでおぞましい怪物はそうはいない。
 しかし、どうしてこのゴミ屋敷にこんなものが……

「……阿部崇のゴミ収集癖は、路上に転がっているどんなものにも及んでいた。それはコンビニの袋でも、ヘリコプターの破片でも、瀕死の怪物でもね。どういう共感を得たのかは知らないが、死にかけのミ=ゴを阿部はここまで連れてきたんだ。とはいえ、別に操られている訳でも世話をしていたようでもないのは、まあ、他のゴミなんかと同じ扱いだったんだろうね。怪物とその他が一緒にしか見えないという、阿部の狂気がよくわかる」
「―――これが怖くなかったのかよ……」

 こんなゴミ屋敷を作る程度は序の口の壊れ方だったということか。
 僕はもう阿部の顔を思い出したくなくなっていた。

「ミ=ゴには恐ろしいテレパシーがある。人間を操って奴隷にしてしまうんだ。そして、瀕死のこいつとしては仲間に助けを呼ぶために、人間を操るしか道はなかった。ただ、そのテレパシーは気が狂った人間や頭が良すぎて思考を誘導されない人間には効かないと言われている。阿部はまさにそのテレパシーが無効化されるタイプだ。弁護士で、心の病の持ち主だしね。仕方なく、最も身近にいる人間を諦め、このミ=ゴは必死にテレパシーを発し続けたのだろう。しかし、瀕死のため力が弱すぎてまともな人間は操れない。ようやく、操れたのは独居の痴呆老人だけだったということさ」

 痴呆の独居老人―――濱田貴一のことか。

「痴呆の老人はミ=ゴに操られるままにこの屋敷に入ってきた。こいつの仲間を呼ぶ手助けをするために。だが、はいってすぐに心臓の発作を起こして死んでしまった。まあ、ゴミ屋敷の環境の悪さが原因だとは思うけど。しかし、これでミ=ゴは万事休すだ。もう助けを呼ぶ術はなくなった。ユッグゴトフ惑星を越えて、銀河系を外れた向こうの、外的宇宙の最後の湾曲した縁を越えて帰ることが敵わなくなったのだ。同事に、哀れな阿部崇はヘンリー・ウェントワース・エイクリーみたいに脳髄だけにならずにすんだいもしれないという訳さ」
 
 そうか。
 視点を阿部の側に切り替えてみると、濱田老人の方が勝手に家に入って来て死んだとしか見えないが、実際には彼は操られていたのか。
 自分の足でやってきたものは宝物とは認めない阿部の理論からすれば、たとえ人間の遺体であろうとも何の価値もない。
 ネコの死骸と同様に捨ててしまってもおかしくない。
 同じ生き物であったとしても、ミ=ゴとは完全に扱いに格差が出るのも当然だ。

「もう完全に消滅するね。ミ=ゴの確認例が少ない理由はこれだよ」

 冥王星からきたという怪物が消えていく様をじっと凝視している降三世警視は淡々としたものだった。
 普段はどんなに面倒でも、はっきりいって変人でも、この人は怖い。
 調査のためならばどんなことでもする恐ろしさがある。

「警視は、これからどうするんですか?」
「管理室の権限を使って、この部屋を調べる。瀕死とはいえミ=ゴの部屋になっていた場所だ。意外と面白いものがみつかるかもしれない。それと……」
「それと?」

 警視は天上を見上げた。
 実際に見ているのはその上の空なのだろうが。

「我が国の上空をミ=ゴなんていう種族が飛び回っていることを、関係機関に周知させる必要がある。いざという時に備えてね」

 やはり信仰問題管理室の案件はどれもこれも恐ろしい。
 なんのことはない事件の、さらに闇に隠れる化け物たちを調査して、そして情報を蓄積しようというのだから。
 いつか、神話の暗闇から這い出てくる怪物たちを用心して。

 今日もまた僕は寝られないだろう。

 寝たら、きっと、くる。

 ミ=ゴの、恐怖が。

 やって、くる……

ゴミ屋敷事件 完


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