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英国執事研究者による映画『うちの執事が言うことには』感想 ロケ地と「屋敷のベル」考察

原作のファンだったので、映画の『うちの執事が言うことには』を見てきました。以下、ネタバレを含みます。

原作の魅力について

まず、原作については、これまでに書いたことがありますが、「日本の執事の到達点」的作品です。「日本の現代社会」を舞台に、社交界を含めたもてなし、ワインの業務、銀食器磨きなどの「英国執事」の仕事をメインで描ける世界を成立させ、さらに日本の「家令」に連なる系譜の執事や執事養成学校などの系譜をも反映するからです。

この作品における「日本の執事描写」を超える作品は、なかなかこの後、出てこないでしょう。1巻では「英国の家事使用人の世界」の価値観を屋敷内に持ち込み、その中で物語を成立させています。その後も、「日本の上流階級」を舞台に様々な屋敷の家事使用人が登場し、作品内を彩ります。

もちろん、青年執事も、老執事も揃っています。

物語上で「主人に仕えることで執事が成長し、また執事に支えられることで主人も成長する」ということはとても重要であり、シリーズ作品の面白さでもあります。

いろいろな執事、いろいろな主従関係が描かれるのもまた魅力です。さらに、父親と老執事、若主人と青年執事の主従関係が存在する中で、その入れ替えも後で発生するなど、主従関係の描き方でも楽しみ方が色々とあります。

私が今まで読んできた作品で最も多面的な執事要素を取り込み、その魅力が生きる世界観を成立させており、「日本の執事イメージ」の到達点の一つと言える作品と思います。「執事の海に溺れたい」というぐらいに、執事充できる作品と言えるでしょう。

漫画版も原作の雰囲気を捉えていますので、おすすめです。

劇場版の撮影地

劇場版については、原作者の高里椎奈氏へのインタビュー記事がありますので、そちらをご参照ください。

私個人としては、原作とは異なる展開もありつつ、若い主従の出会い、信頼、関係の危機、信頼の復活、主人としての自覚が綺麗に描かれて面白かったです。花穎役の永瀬廉さんは包み込むような優しい声や柔らかい表情が印象に残りました。衣更月役の清原翔さんも、原作イメージにぴったりでした。

屋敷となった場所は、当初、学校か病院として建てられたところだろうかと思いました。人が住む屋敷にしては規模が大きく、内装なども含めてプライベートな雰囲気があまり感じられなかったです。パンフレットによれば、玄関ホール・廊下などは山梨県庁・別館とのことです。

外観の方は、茨城県の結城病院とのことです。中もとても豪華ですごい……(画像はロケ地サイトのキャプチャ)

劇場版『桜蘭高校ホスト部』(2011年)でも使われたとのこと。


http://www.city.yuki.lg.jp/page/page001546.html

執事の部屋の方は壁が木で、屋敷っぽい雰囲気でした(セットかもしれません)。ダイニングルームについては、埼玉県入間市の「旧石川組製糸西洋館」とのこと。


http://www.city.iruma.saitama.jp/event/bunkazai/seiyokan_sekai.html

花穎の部屋と応接室はセットとのことです。私室で床に絨毯がなかったので、ちょっと違和感がありました(私の記憶のストックの問題かもしれず)

劇場版の「屋敷のベル」考察

以下、考察を行います。今回は舞台が「現代日本」であり、必ずしも私が専門とする英国の知識が通用するものでもありません。さらに言えば、英国の1930年代の屋敷を舞台にした映画『ゴスフォード・パーク』では、実在の英国執事の監修を受けたものの、映画内の執事が「実際の執事ならばしないであろう振る舞い」をします。これは、映画の絵作りを優先した結果でした。

それを踏まえて、お読みください。

劇場版の執事描写で面白いと思ったのは、「ハンドベルを鳴らして執事を呼ぶ」ことです。

花穎が執事を呼び出すときに「ハンドベル」を使っている設定があったのか、読み返してみると、原作1巻では起きてすぐ声を出して呼んでいる(=主人の起床時間に備えて、執事がすぐ近くにいる)設定になっていました。2巻では、壁に下がった呼び出し用の紐で呼び出しをしています(巻数が多いので全部はまだ未確認です)。

私が比較対象とする英国の屋敷は、基本的に家事使用人を主人たちのエリアから切り離して、地下や離れを職場とするようにデザインされています。このため、家事使用人を遠距離から呼び出すために、使用人を呼び出す「レバー(とその先に繋がっているワイヤー)で鳴らすベル」が発展しました。

この「レバーで鳴らすベル」は画期的な発明でした。使用人を隣室に待機させる必要がなくなったからです。

以下の写真は、英国の屋敷の部屋の壁に据えられた呼び出しベルです。

そのレバーが通じるのが、使用人用の職場にあるベルです。どの部屋から呼ばれたのか、部屋名を示すラベルも付いています。

※写真は上記のレバーのある屋敷とは別の屋敷のものです。

この「どの部屋で何が起こっているか」を示す解説は、1巻での使用人の職場にも見られています。次第に電化していき(電話でも代用可能)、日本でも池袋のメイド喫茶ワンダーパーラーが、骨董品の呼び出し式ベル(電化式)の写真をアップしていたのが記憶にあります。

「レバーで呼び出す仕組み」がなかった時代には、たとえば主人の寝室のすぐそばに使用人の部屋を作り、待機させました。これならば、すぐに呼び出すことができるからです。

この方法は「使用人が待機するだけの時間」を生むため、贅沢なものでした。職場で何か仕事をしている時に呼び出されるならまだしも、近くで「待機だけ」していなければならないからです。

また、家事使用人の雇用の最盛期は、執事やフットマンといった男性使用人の雇用は贅沢税が課されるものでした。そのため、彼らの雇用数は少なく、メイドが代替することが主流でした。裕福な屋敷は表の仕事を男性使用人に行わせることで財力を示しました。そうした家事使用人を、四六時中待機させることは非常に贅沢で、19〜20世紀ではあまり聞きません。

そして、ハンドベルは「呼び出せる範囲が限定的」であるため、映画用の設定なのかと思っていましたが、番外編の最新作『うちの執事が言うことには EX』で使い分けの理由が説明されていました。

部屋の隅に下がる紐を引けば確実に使用人区画に伝わるが、ハンドベルは近くにいなければ聞こえない。わざわざ遠くから呼びつけるほどではない時に、気楽に使う事が出来た。−−と言っても、衣更月が来なかった例しは一度もないのだが。
『うちの執事が言うことには EX』より引用

この使い方は面白く、「ハンドベルを鳴らして誰も来なくても構わないような用事を頼む場合」に使っており、それでも必ず「衣更月」がやって来ることは、衣更月の執事としての優秀さ・勘の良さを示すものでしょう。

なお、衣更月の耳の良さは、主人の部屋からは聞こえない玄関の呼び出しベルの音を、同じ部屋にいる衣更月だけが聞くことができる描写で示されています。ここではハンドベルが鳴るとすぐに来ているので、主人がどこにいるのかを常に把握し、かつその用事が起こることも予見していることでしょう。

この「主人がすぐ呼び出せる位置に使用人を置く環境」は英国の屋敷で実在したのかと言えば、ありました。英国ヴィクトリア朝生まれのフットマンで自伝を書いたフレデリック・ゴーストは、最も裕福な貴族だったポートランド公爵夫妻に仕えた時に、類似したサービスをしました。

ポートランド公爵夫妻は四人の専任フットマンを雇ってローテーションさせ、必要な時にすぐ呼び出せるように近くに配しました。ポートランド公爵がベルを鳴らすのが嫌いだったとのことで、公爵夫妻が過ごす部屋の中の離れた場所についたてを立て、その裏に置いたソファで当番のフットマンを待機させたのです。

公爵が「Hello」と声をかけると、フットマンは給仕に応じなければなりませんでした。この待機任務が暇だと考えた公爵夫人は、フットマンに雑誌や新聞を渡してくれました。

前述したように、男性使用人を「常時待機させること」はとても贅沢なことです。しかし、ポートランド公爵家では「追加のフットマンを雇用する財力」を備えていました。

ただ、実はこの「四名のフットマンの雇用」には理由があります。公爵夫妻は、当時の国王エドワード七世夫妻へ側仕えをする宮廷での役割があったため、宮廷への出入りに同行・給仕する専任フットマンを必要としており、ゴーストはそのうちの一名として雇用されたのです。

他にもいろいろありますが、今回はこの辺にて。

終わりに

「主人が、ベルを鳴らす範囲に使用人を配置できる」ことは、広い屋敷に住む主人にとっては、とても贅沢なことと言えます。同時に、「ベルが鳴った時に(主人がベルを鳴らしても聞こえない可能性があるにも関わらず)、執事がすぐ応じる」ことは、作品内の執事の優秀さを示すものでしょう。

映画で興味を持たれた方は、是非、原作を読んで、執事充してください。日本で磨かれた執事イメージが詰め込まれています。

また、英国執事や日本の執事で描かれてきた執事や、現代の執事・コンシェルジュについて興味がある方には、私の著書をお勧めします。


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