DIO様は執事がいる館に住む夢を見る? 『ジョジョの奇妙な冒険』に見る老執事から青年執事への描写の変化

はじめに

長く連載が続く作品は、その作品が書かれた時期のトレンドを反映することがあります。『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦、集英社、1987年1巻)は、1980年代から1990年代の作品(第1部と第3部)で、執事の描写が変化していきました。

『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』では、同作品を取り上げましたが、個人的にもっと深堀したかったので、刊行記念に執事観点で深堀します。

その「執事」と強い関わりを持つキャラクターが、DIO様です。

DIO様と執事の出会いは英国貴族ジョースター家で(第1部)

まだDIO様が人間ディオ・ブランドーだった頃、英国貴族のジョースター家の館に住んでいました。このジョースター家には大勢の使用人たちがいて、その中に主人公ジョナサン・ジョースター(ジョジョ)を「ぼっちゃま」と呼ぶ、「じいや」がいました。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第1部 モノクロ版 1』p.121から)

この老執事とディオは意外と距離が近く、ディオがジョースター家の乗っ取りを画策してジョジョの父に毒を盛る際に、執事に「薬を運ぶこと」を申し出て、階段を登って主人の寝室へ薬を届けるのに難渋する執事を助けているのです。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第1部 モノクロ版 1』p.145から)

このシーンだけ見れば、ディオが優しく見えます。

その後、ディオの陰謀を見抜いたジョジョが証拠を固めるため、医師団を手配して父を守ろうとした時に、この執事は「ぼ…ぼっちゃま わたしどもの看護じゃあ 信用できないんで…? なさけなや…」と泣いて、いじけます。

ただ、ここまで「執事」と書いてきましたが、実は作中で明示されていません。かつジョジョのことを「ぼっちゃま」と呼びながらも、ジョジョの方からこの執事に話しかけていないので、ジョジョがこの執事を何と呼んでいるか分からないのです。このように執事が没個性的な脇役として描かれているのは、時代でしょう。

そして、この「じい」が「執事」と確実視されるのは、ディオが石仮面の秘密を知り、屋敷に戻ってきた時です。ディオが屋敷に入った時、屋敷の明かりは消えていました。誰も応対に出ず、思わずディオは、取り乱すようにこう言うのです。

「どうした執事⁈ なぜ邸内の明りを消しているッ!」

(『ジョジョの奇妙な冒険 第1部 モノクロ版 1』p.232から引用)

ここで初めてこの作品に「執事」という言葉が出てきます。そして、当惑しながら執事を呼びつけるところは(ディオもまた執事の名前ではなく、「執事」という職業名で呼ぶ)、印象に残ります。

DIO様の館の「青年執事」「戦う執事」テレンス・T・ダービー(第3部)

ここから時を経て、第3部『スターダストクルセイダース』の執事を見てみましょう。第3部『スターダストクルセイダース』では、第1部と大きく執事イメージを変えた執事が登場します。DIO様がいる屋敷で承太郎たちを出迎えた、執事テレンス・T・ダービーです(1991年に登場)。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第3部 モノクロ版 8』p.168から引用)

この執事は第1部の執事と異なり、テレンス・T・ダービーという名前があります。そして彼は「青年」で「戦う執事」で、主人公と対峙する「敵」となって主人公を追い込む機会を与えられており、第1部の「脇役」から大きく執事の描かれ方が変わっているのです。テレンスは「日本の執事ブーム」で見られる執事の要素を、先駆けて表現していた存在なのです。

興味深いことに、テレンスは執事としての役目も律儀に果たしました。その有り様は、英国執事にならったものでした(服装は異なりますが)。館で玄関を預かり、執事は「門番」として屋敷の来訪者に主人が会うかどうかの確認や、ゲストの所持品の預かりなどを行いました。

テレンスは、敵である承太郎たちを出迎え、頭を下げて自己紹介し、常に礼儀正しい姿勢を崩しませんでした。執事らしく役目を果たし、「さ…どうぞ中へ」「上着などお取りしましょう」など、承太郎たちを館に招き入れるのです。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第3部 モノクロ版 8』p.169から引用)

名乗る際も上図のようにお辞儀をして、その後も敵である彼らに飲み物を進めたり、質問にも丁寧に答えたりしました。そしてジョセフとの次の会話はご記憶の方も多いと思います。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第3部 モノクロ版 8』p.196から引用)

名台詞「Exactly」の直後に、花京院から「このていねい過ぎる態度…神経にさわる男だ」、ジョセフからは「わしらを閉じこめたつもりで……自信満々らしい」と言われます。今はそれほど珍しくない「慇懃無礼な執事イメージ」を、テレンスは体現していました。

なお、同じ第3部には、ジョースター家に30年仕えているローゼスが登場します。彼も作中で「執事」との明示はありませんが、スージー・Qに仕え、その娘ホリィをお嬢様と呼んでおり、「じいや」ポジションで「執事」と見なせます。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第3部 モノクロ版 9』p.231から引用)

ローゼスは日本に来た際には自動車の運転をしていたので、「運転手」としての役割と、スージーQを護衛するために鋭い蹴りを見せるなど「戦う執事」像を備えました。

「館」に「執事」を配したDIO様の真意とは?

実はこの第3部に登場する「エジプトにあるDIO様の館」には、ユニークな描写があります。それは、「館」の見取図(3階層分)を作中に掲載していることです。私は英国の邸宅で働く使用人を研究しているので、こうした間取りを見ることは多くありますが、『ジョジョの奇妙な冒険』という作品に掲載されていることを、意識していませんでした。

以下の図によれば、ダービーは、執事が職務上管理するワイン倉の隣の部屋に承太郎たちを引き込んでいました。

(『ジョジョの奇妙な冒険 第3部 モノクロ版 9』p.120から引用)

今、このコラムを書いていて気付いたのですが、この引用した1階の見取図にある「キッチンコート」(キッチンの中庭)は、なかなか出てこない言葉です。こうした中庭を持つことが絶対のスタンダード、というわけではないからです。

英国の屋敷の中でキッチンは調理中の匂いや音など(+火事の危険)があるために、主人たちが暮らすエリアから遠ざけられています。そのキッチンは熱がこもりやすいために、温度管理のために日当たりが悪い場所で西日も入らない場所を選びました。

この「キッチンコート」(courtyard、中庭)を備えて、採光と換気を行う設計の屋敷もありました。また、こうした中庭は直接外につながっており、資材搬入用のカートが通り、廊下をショートカットして、関連する職場(石炭、野菜、肉)への経路にも利用されることがありました。

DIO様の屋敷は、この「キッチンコート」がある点で「英国の館」をモデルとしていると考えられ、すなわち、かつての「ジョースター家の屋敷」のような場所にDIO様が拠点を構えていることを意味します。

これはDIO様が人間時代の野望である「ジョースター家の乗っ取り」と財産の象徴である屋敷を手にすることを、人間を止めた後に叶えようとしているようにも見えます。自らこの「館」を拠点としている点で、そこにDIO様の意志があるのです。

もうひとつ、なぜこの「館」に執事がいるのかも、検討の余地があります。テレンスは「DIO様が兄ではなく自分を執事としてそばに置いた」と語り、扉絵「ダービー・ザ・プレイヤー その3」でテレンスを紹介する文章でも、「DIOに気に入られ、執事をしている」とあります。

DIO様の意志は「自ら執事を選び、執事を館に置き、執事の仕事をさせている」ことに現れています。テレンスは執事の振るまいをしており、それはDIO様の求めに応じるものでしょう。

なぜ、DIO様は「英国的な屋敷」に居を構え、さらに「執事」を置いていたのか。ここからは推測ですが、これは第1部で人間「ディオ・ブランドー」だった頃の野望を叶える形に見えます(自覚的かはさておき)。ディオはジョナサンの父を殺し、ジョースター家の財産を奪うつもりでした。そこには館と、そこで働く執事や家事使用人も含まれていたでしょう。

さらに、人間としての最後の時となるジョースター家の館に帰ってきた時、DIO様は「執事の出迎え」を受けることが叶いませんでした。このエジプトにある「館」と「執事」は、その第1部の英国時代に得ることが叶わなかったことの再現に思えるのです。

もう一度、この画像を見てみましょう。「館に帰ってきたら、何か変。執事も出迎えてくれない」という体験をしたDIO様が、「館」に住み、かつ「あるべき執事」を用意して、玄関で出迎えさせていることは、因縁めいたものを感じますし、「執事とは丁寧に尽くし、玄関で応対するべき」というDIO様の観念が、テレンスを通じて現れているようです。

おわりに

執事観点で『ジョジョの奇妙な冒険』という作品を見ると、まず英国での貴族の館という王道路線での脇役・じいやポジションの執事がいました。それが1990年代に入り、「青年執事」「戦う執事」という新しい時代の執事像が描かれるに至っています。

また、今回、コラムを書いていて気付いたことは、「なぜ、DIO様は、わざわざ館に住み、執事を置いていたか」、その理由についてです。今まで一度も考えたことがありませんが、理由がなければ「館」に住まないでしょうし、さらにいえば「執事」も置きません。

ここに、DIO様の第1部のディオ・ブランドーだった時代の名残を、感じました。

『ジョジョの奇妙な冒険』を連載していた同時期の『週刊少年ジャンプ』にも、じいやや執事が散見しています。それについては、また別の機会に書くかもしれません。また、同様に執事の描き方に変化がある作品を、私が見つけられていない作品もまだまだ数多くあるはずなので、出会ってみたいと思います。

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

久我真樹

以下、『日本の執事イメージ史』の「はじめに」が読めます。執事に興味がある方や、このコラムで関心を持たれた方にオススメしています。


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