経営のA理論/B理論

昔、銀座SIXにアートギャラリーを抱える友人から、経営の相談を受けたことがあった。内容は親会社からやたらと「コンテンツなんだよね、コンテンツ」と言われて、その意味がわからなかったという。

ちなみに、そのギャラリーは、CCCが親会社であり、同じフロアには蔦屋書店があった。このとき、僕が解説したのが「二つのビジネスモデル」の話だった。A理論とB理論と呼んでいるものである。

そもそも、CCCというのは「コンテンツプラットフォーマ」の会社であるが、代官山蔦屋というのは、『A理論』をめちゃくちゃ分かりやすく体現している。

(参考:現代ビジネスはA理論とB理論のコングロマリットで成長することが多い)

代官山蔦屋には「本」「コーヒー」「おしゃれな空間」「素敵な店員」という4つがそろっている。そしてこれらは「人が喜んで時間を使うデパート」のようなラインナップだ。

つまり、CCCの戦略というのは、人が時間を使いたがるものをたくさん置いて、とにかく「時間」を最大化させる。そうやって人々がとにかく時間をたくさん使ってもらえば、マネタイズのチャンスや、ロイヤリティが上がる。ロイヤリティが上がれば、1コンテンツあたりの消費時間(生産性)が上がるため、なんども繰り返せばスケールできる。こういう構造だ。

これが、A理論と僕が呼んでいるものだ。ちなみにB理論は、ラーメン屋さんやメーカーなど、一般的なビジネスをイメージを想像するとわかりやすい。

現代経営の変更は、B理論からA理論への変革の過程である

振り返ってみると、現代のビジネスフィールドで成長を遂げている会社は、ほとんどがB理論を主軸におきながらも、A理論のビジネスをうまく併用している。

Amazonにしても、Googleにしても、とにかく奪い合っているのは「時間」であり、その時間を奪うための「コンテンツ」に対して、莫大な投資を行っている。Amazonが映画やドラマを配信するのは「配達という機能(B理論)」ではなく「時間を取る(A理論)」ことにある。

そしてなぜ、こういったインターネット企業が、「機能」ではなく「時間」をとろうとしているかというと、インターネットの本質は「移動コストがゼロになること」であると知っているからだと思う。究極的な話、移動コストがゼロになるということは、生きていくためのコストが小さくなっていくということだ。ということは、人は「ただ生きるために使う機能のニーズ」は減っていく。そうなると「機能」の価値は相対的に減っていくので、時間の価値が高くなる。こういう構造だと感じる。

PL/BSで表せない「事業の価値」が大きくなってきた。

なぜ、こんなことを書いたかというと最近思うことがあるからだ。それは

ー 財務諸表で表せない事業価値が大きくなってきた

ということ、これは、ビジネスフィールドの最先端にいる人なら、多くの人が感じている変化だと思う。(現にベストセラー中の『ファイナンス思考』でも朝倉さんが同様なことを指摘していた)

たとえば、Amazonが、従来の財務会計上のPLではなく、キャッシュフロー中心で経営を行っているー というのは、とても有名な話だが、「先に本質的な価値を追求し、後で利益を刈り取る」というA理論のモデル自体は実は何も変わらないとも思う。

たとえば、糸井重里さんの「まずは銀座通りを作れ。そうすれば、自動販売機を置くだけで儲かる」というのはそのわかりやすい一例だし、「まずはフォロワーを獲得せよ。その後、マネタイズを考えろ」というSNS界隈で謳われる言葉は、その一例だ。

というのも、そもそも、財務KPIとは、事業KPIの後発指標であり、事業KPIは「価値」の後発指標であるため、「本質的な価値よりだいぶ遅れて現れる」というのは、当然に近い。このことは以前書いた、「天才を殺す凡人」の中でも書いている。

(参考:財務KPIは、事業KIPと、本質的な価値に遅れて現れる)

つまり「先に本質的な価値を追求しろ。そうすれば、金はついてくる」というのは、永年の真理であり「別に今に始まったことではない」というところだろう。

信頼の価値自体は変わっていないが、「見えやすさ」のルール変化である

では何が変化の本質か、というと、単純に「財務KPIがずれているため、一般投資家にとって、成果がずいぶん遅れて現れるように見える」ということだと感じる。つまり「指標のズレ」にある。

たとえば、財務KPIに対する「企業価値」というのは、従来はPER(PRB)で表せられてきた。ただ、実際、マザーズを中心とした企業に投資をしている人間からすると、間違いなく「PER」はほとんど役に立たない時代にはいってきているのは肌感覚として間違いない。たとえば、ユーザベースが上場した時点では、古い考えの持つアナリストたちはほとんど「予想利益に対するPER」が高すぎることを散々指摘してきたが、実際にははるかに高いリターンを投資家に返している。

これはユーザベースだけではないし、ベンチャービジネスにいる身からすると、あまりに当たり前すぎる話という感覚をもつ。つまり、古い産業にいるアナリスト側が「よくわかっていない」だけだと感じる。

その理由は単純に、ITビジネスの「事業価値」がPLやBSに載っていないからだ。具体的には、フェイスブックの会員データやコンテンツデータが分かりやすいだろうが、財務諸表に「載せられないけど、企業の資産」であるものは本当に多くなってきた。(詳しくは『転職の思考法』の中にも書いている)

あるいは、この「指標がずれる」というのは、何も財務KPIだけに限らない。具体的には、企業の強みの源泉である「人」に関しても、同じことが言える。

「従業員の優秀さ」がより、重要になった背景

たとえば「従業員のエンゲージメント」が分かりやすいが、これはリンクアンドモチベーションの麻野取締役が言っていた言葉が端的に本質を表していると感じる。細かいニュアンスは覚えていないが、論旨は「重厚長大系の産業では、1をインプットして1を出す」のが善とされているが、「インターネットを代表とされる知的産業は違う。1をインプットしたら1~100とボラティリティがある」と。

そして、前者の場合、人はできるだけ「機械のように」動くことを求められるが、後者のようにボラティリティがある場合は「クリエイティブな働き」を求められると。そして「クリエイティブな領域」では、どれだけ仕事に熱中できるかの方が重要なので、従業員のエンゲージメントが重要になってくる。こういう論旨だっと認識している。

そうすると、企業の強みの源泉は「従業員のエンゲージメント」になるはずだが、これを数字指標で投資家は見れない。

このように、今の時代というのは「指標のズレ」が激しい時代なのだと感じる。そもそも、TOEICに代表させるように、指標とは実は時代に応じて変わっていくべきものなのに、だ。

「あの人のためなら床に落ちたパスタを食える」と思えるような魅力的な人材を何人、社内で抱えているか

では、どの指標で企業の源泉を見るべきなのだろうか?
結論でいうと「コンテンツの総量」だと思っている。正確にいうと「人が時間を使いたい!と思うコンテンツの量」というところだ。

ここでいう「コンテンツ」とは、映画や、アニメという意味ではなく、人が熱中する可能性のあるもの、であれば何でもいい。その意味で「優秀で魅力的な人材がいる」というのは、コンテンツに含まれる。なぜなら、人が一番熱中して時間を使う1つは「魅力的な人」だからだ。恋愛や、アイドルの例がわかりすい。

そうなると、ほとんどの企業にとって最初のコンテンツとは「社長」であり「創業者」ということになる。だから、優れた事業をつくる「創業者や起業家」はすべからく、皆魅力を持っていると感じる。少なくとも僕は「優れた事業を作っている会社の社長で、魅力的ではない人」をみたことがない。

加えて、世の中のアクションのうち、最高のROIを誇るのは「覚悟をもつこと」であるため、したがって、強い企業にとっての最初のコンテンツは「覚悟を持った社長や、社員」であるということになる。

これはドラマ「会社は学校じゃねえんだよ」の主人公がパスタを食うシーンを思い出すとわかりやすいかもしれない。このドラマの中で、主人公は、投資家に向けて、「床に落ちたパスタ」を手ですくい上げ、食うシーンがある。これがフォロワーであるCOOを動かし、ついては投資家を動かすことになる。つまり「覚悟」とは人を動かす、最初の一歩なのだ。

したがってある程度のフェーズになった会社にとって、重要なKPIになるのは「あの人のためなら床に落ちたパスタを食える」と思えるような魅力的な人材を何人、社内で抱えているか、であるように思う。

(続く)

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北野唯我

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