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「いつ人を採ら“ない”か」が重要な時代になった。【週報】


— 思い返せば、人類は常に「人不足」と戦ってきた。

大企業は倍率500倍を超えると言われる一方で、9割を占める中小企業は常に「人が足りない」と語る。有効求人倍率は2009年から回復し、ついに43年ぶりの高水準となる1.4倍を超えた。現代の日本は間違いなく“人不足”と表現されている。

だが、思い返せば、これは現代の日本に始まったことではない。人類は生まれてこの方、常に「人不足」と戦ってきた。例えば、古代エジプトでは、ピラミッドを作るために大量の労働者を必要としてきたし、世界大戦が始まれば大量の戦士が必要とされた。そして現代でも、「優秀な人材の争奪戦」が国境を越えて繰り広げられている。

では、なぜ常に「人不足」が発生するのだろうか? 

結論からいうとそれは、人間が持つ2つのバイアスの影響が大きい。


採用に存在する「成長神話バイアス」

1つは“成長神話バイアス”と呼ばれるものである。企業は、成長を前提にして事業の計画を描く。 “前年比95%を目指すこと”は、企業経営者にとって容易に許されることではない。

そして成長を前提に置く企業は当然「今より、人を求める」。常に新たなピラミッドを作るために「人」を欲する。その前提にあるのは「成長とは常に善である」という強烈な価値観だ。だが、計画通りに成長する企業の数は予想をたびたび下回る。このギャップこそが「成長神話バイアス」だ。


人の心はそもそも、“求人”を生み出す性質を持っている

2つ目は「救世主バイアス」と呼ばれるものだ。

例えば、あなたが日本の農家に遊びにいったとしよう。そして尋ねる。「人は足りていますか?」と。そうすると恐らく多くの農家は「人が足りていない」と語るであろう。あるいは、町の中小企業の社長に同じ質問をしたとしよう。「あなたの会社では人が足りていますか?」と。そうすると多くの人は「そうなんだよ、引き継ぎ手がいなくて困っているんだよ」と語るだろう。

大企業も同じだ。

イノベーションと衰退の間にいる大企業は、“ここにいない誰か”を求める。その一例が、コンサルタントに仕事を頼むことであり、求人媒体に募集を出すことだ。人は常に、次のイエス・キリストや、次のスティーブジョブズとなる“救世主”を心では求めている。あるいは、政治家不信が語られれば、人は「次なる内閣総理大臣」を安易に求める。何が言いたいか? それは

人の心はそもそも、“求人”を生み出す性質を持っているのだ。


なぜ、コンビニは、新たなアルバイトを募集するのか?

では、求人は何によって生まれるのか? というと、シンプルに消費へのニーズから生まれている。コンビニ店員を募集するのは、コンビニを使いたいと思う人がいるからである。(正確にいうと、「いると、想定するから」である)

これは、フランスの現代思想家ジャン・ボードリヤールの言葉がわかりやすい。彼は著書の中で「社会の構造」を的確に分析した。いわく、現代社会はモノは単なる「消費されるもの」ではなく、他人との差異を示す「記号」として使われる。つまりルイ・ヴィトンの鞄は単なる鞄として使われるのではなく、自分の社会的権威や幸福感といった「記号」として使われるわけだ。

そして「記号」として使われたモノは、新たな「消費」を生み出す。ルイ・ヴィトンの鞄を見て憧れた人々は、ルイ・ヴィトンの新作を求めるようになる。こうやって消費が消費を生み出すわけだ。

つまり彼は

  モノが「記号」として消費される→消費の需要が生まれる

という無限ループが存在すると指摘したわけだ。ということは、消費に紐づく“求人”も当然、無限に生まれる構造になる。だから常に「人が足りない」わけだ。


「どんな時に、人は要らないのか?」という問いこそ、真の知性が問われる


思えば、FacebookやInstagramなどのSNSツールの存在は、友達の価値のデフレを起こした。とりあえず繋がっている友人は無限に増え、一人当たりの友人としての価値は下がった。したがって我々は友達をカテゴリーに分けたり、フォローを外したりすることで、「どんな時であれば友達はいらないのか」を決めざるを得ない状態になった。そして今、人材マーケットも同様の構造にある。

すなわち、現代の賢明なる経営者が考えるべき問いは、

 「どんな人を採るべきか?」ではないのだ。

反対に本質的にもっとも難しく、知性の必要とする問いは

 「どんな時であれば、新たな人材は“要らない”か」

にあるわけだ。これまで、採用フィールドにおける知性は原則として、「どんな人を採るべきか?」にフォーカスされ使われてきた。だが、むしろ本質的に現代の我々が問うべき問いは別にある。つまり現代は

 「いつ人を採ら“ない”か」が重要な時代

に変移しつつあると思うのだ。


『週報』-ビジネス社会学編(1)- 北野唯我

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