感じる

オカルトちっくなことを言うようですけれども、私は感じるんです。人の誕生日に。数字を聞いて、ビビッとくるときとそうでないときが明確にあるのです。

誕生日を一発で覚えられる人とは、大抵縁があります。それ以前に、誕生日を聞いてみたい欲が湧き上がる相手と、別に興味がないから聞かずに済ましてしまう相手に分かれるんですね。初対面にも関わらずそういう区分けが勝手に出来上がるのです。暫く関わったクラスメートなんかでも、誕生日を尋ねたくなる人と、一生何の情報も努めて求めようとしない人とに分かれるわけです。

以前一度だけ占いをしてもらったことがあります。というのも、先輩の知り合いで占い師デビューした人がいるので、知り合い価格で通常よりお安く占ってもらえると聞いたから、様々な分野に関心を持とうと心掛けていた私は、とりあえず試してみるのも何かの縁だと思ってその占い師に会いに行ったのです。

その人がいうには、自分が占い師になろうとしたキッカケは、あるときから〝感じる〟ようになって、その能力を活かすべきだと感じたから、だそうです。

他人からしてみたら、当人の〝感じる〟感じがまるでわからないわけですから、これはもう本人次第なんですね。どれだけ一見理論立てた説明をされようとも、他の人にはせいぜい霧を掴むようなもんです。

私はその人と違って、まだ全然(自分以外の)人と人の相性を感じ取る能力はないのですが、自分に直接関わる人であればなんとなくの「合う」「合わない」が知れるようになったと思うのです。特に誕生日を聞いたら。

私が強く反応できるのは、「めちゃくちゃ相性がいい人」か「危険&破滅を導くかもしれないが、うまく関わっていけば自分も相手も高め合える人」であるようです。「特に何の波もなく挨拶だけで続く関係の人」に対しては全く興味が湧かないし、相手も自分に対して特に関心を抱かないだろう、というのがわかります。

この感じ方は、国籍、年齢、性別問わず発揮されているようです。国籍も問わずに自分との相性が感じ取れるというのは、ドイツへ留学してみての実感なのでまだ間もないことではありますが。

ところで今、私はある人を探しています。夢の中で会ったんです。
「誕生日いつ?きっと覚える」と夢の中の私がその人に言いました。相手は答えてくれました。続いて、何年生まれ?と私が聞いたところで、目が覚めてしまったのです。ちょうどそのタイミングで目覚ましが鳴りました。
だから私はその人の誕生日を知っているだけで、年上かも年下かもわかりません。もしかしたらまだ生まれてもいないかもしれません。なんとなくその人は年下で、高校時代にチアをやるのではないかと思うのですけれど、これも直感です。きっと黒髪の人です。
現実と呼ぶべき世界にその人が実在するかもわかりませんが、私はその夢を見てからその誕生日に生まれた人を人知れず探し求めているのです。


#エッセイ #小説 #夢 #占い

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