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クセになる味

ドロボーみたいにこっそりと、ルームメイトの食器棚を覗いた。鍵付きだけど、いつも鍵を掛けていないのだ。放っておくとぞわぞわ腹の底を突っつかれる心地だった、あのときの奇妙な味。そうして知ったのは、以前そのルームメイトが淹れてくれた紅茶の味はKamille というやつであるらしい。

原来紅茶を飲むことはなかった。他人の家で差し出されたから仕方なしに飲む、程度の経験しかないまま成人してしまった。紅茶の入れ方がわからなくて、友人に茶葉にお湯を注げばいいのか、と聞いた。友人は慌てて返した。いや違うよ、茶葉ならあの、ろ紙みたいな紙か何か必要だよ。

安価なティーパックとはやり方が違うと初めて知った。可愛げある無知を通り越している。すみません。ネット情報によると、お湯を注いでからティーパックを突っ込む方が断然美味しいんだとか。へえ。

色々な味を試すことにした。Kamille(カモミール) は最初飲んだとき、ショウガかと思った。色素を限りなく失った寂れた黄色をしている。一瞬びっくりして、それからすんなり喉を通って、無性に落ち着くのだ。そっけないが眼鏡を外すと実はカッコいい書店員みたいな魅きつけようだ。

ストロベリーチーズケーキなる紅茶も見つけた。ワクワクして飲むと、悲しくなる。雨の日のディズニーランドを想像してほしい。匂いはすっかりストロベリーチーズケーキなのだが、味はこれといって無い。ああ寂しい。カラフルな虚無たるや。しかも残念ながら、私は鼻が悪いらしい。匂いだけスペシャルでも、触覚に訴えてくる味が残らなければ単にぬるま湯を飲むようなものだった。

他に、「マンゴー・ココナッツ」は、どっちも好きだから買った。ドイツではやたらココナッツ商品が市場に出回っている。ちなみに私はボディーソープもハンドクリームもヘアオイルも、ココナッツ用品である。

あと、「Winterzeit(冬の時間)」。ハイビスカス、アップル、シナモンが主な原材料。街中を照らす暖かなライトの紅色をしている。シナモンも多くの食品に使われている印象だ。

ドイツに来てからクセになる味にいくつか出会った。別段好きではないと思うけれど、つい食べたくなる味。シナモン、カモミールティー、キャロットケーキ(Rüblikuchen)、ピクルス、パパイヤ…

日本でそうした惹かれようをしたのは照葉樹林なのだけど、グリーンティーリキュールと烏龍茶が奏でるいかにも和の味は、こっちのバーで飲むことは叶わない。深緑のカクテル。飲みやすいのに後に突っかかる奇妙な味。そうして再び欲してしまう。こんな人になりたいと願ったもので。

#エッセイ #ドイツ #紅茶

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