ボトルメール. 紅茶と共に

おはよう。人恋しくなるばかりの冬は辛いから、いっそ冬眠したいと思って過ごしています。ドイツではコーヒー、紅茶、キャンドルがよく売られている印象なのだけど、それも寒い冬を乗り越えるための術なんだなーと思った。南ドイツの此処といっても北海道と同じくらいの高緯度だし。

一度だけ、本当に美味しいと思えた紅茶を飲んだことがあります。綺麗な白いカップに注がれていて、これは良い物なのだと婦人が自慢していたような記憶。でもそれが誰だったか、どこだったか全く覚えていないのです。ドイツ関係の教授のお茶会だったかもしれないし、自分の祖母だったかも。ただそれまでの概念を覆すくらい美味しかったなぁ。

ドイツに来てからいくつか変わったことがあります。出来るようになったことも。変わったことの一つは、紅茶も飲むようになったこと。ルームメイトが飲ませてくれたやつが奇妙な美味しさで気になりました。Kamille(カモミール)でした。

あと変わったことは、ますますあなたが好きになることです。こうして言葉は白々しく儚いから、小説が書けなくなったのも事実です。他の方法を模索して挑戦してみたけれど、そんなに短期間で成果が出るものでもないみたいです。鳥の寿命は20年もあれば充分だと考えていたのですが、案外長生きする猛者もいるようです。

語学以外に唯一ちゃんと受け続けている講義があって、それは哲学学科の「感情と創作(エモーション&フィクション)」ってやつ。我々はフィクションだと知っているのに、リアルな感情が動くのはなぜ?って話は面白い。我々は物語の内容に感動しがちです。例えば、主人公が死んだから悲しくて泣く、って風に。

けれども内容がないのに、(誰も死んでないし特にストーリーの起伏なんてない場合でも、)芸術の形式に美しさを見出して感動することもあるよね、ってことを教授がさらっと言っていて。(ドイツ語でよくわからないけどきっと言った、はず!)それを聞いたときに『限りなく透明に近いブルー』を連想しました。若者たちがクスリやセックスするだけのしょーもない小説だよ。でも一文一文が美しい。人は無意味なものに感動することがあるんだって。いいなそれ。

コーヒーも紅茶もキャンドルも文学も哲学も、確かに意味はないだろうな。地球儀も鍵も羽根も時計も、なくていいんだろうな。自分の求めていく先へあまりに生産性がないことに絶望することも多かった。それでも、自分にはなくては駄目だった、そんな瞬間が幾度もあった。入院していた高校時代、気づいた。自分の身体を救ったのは医学だったけれど、精神を救ったのは文学だった。それで退院した頃から、医学部でもなく文学部に惹かれたんだな。

それで現大学の文学部に入ったわけですが、留学センターがマヌケなおかげで、最初この留学は4月からだと告知されていたんです。それは留学センター側のミスだったから、あなたに出会えたのだけど。あのとき全てを捨ててドイツへ逃避行したいタイミングだったから、結局秋留学だと判明してだいぶ気落ちしていた。人間万事塞翁が馬、って小学生の時に漢文で読んでずっと印象に残ってる言葉だわ。

無意味といえば、大学だってそんなものかもしれない。太宰治の『正義と微笑』によく描かれている。主人公は大学に不服で、演劇の道を選ぼうとするんだよ。
〝覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記している事ではなくて、心を広く持つという事なんだ。つまり、愛するという事を知る事だ〟

一つかみの砂金が残ることは本当に稀だけれど、確かに今まで出会った人や講義で忘れずに自分の奥へ残ってくれるものがありました。そのために大学があったのだと。何のために大学へ行くのかわからない、と友人に言ったときその友人も同じことを話してくれました。自殺未遂した友人がいて、って以前話したかもしれないけどその人。人生でこんなに無駄なことする機会ないだろう、と思ったから理系だったのに文学部を選んだって。

教授の一言で圧倒された経験もあったなぁ。教授室で自身の本棚を見せてくれて。「並んでいる著書ではなく、空いている空間こそが私の本棚なんです」

最初こうして手紙を書くのならボトルメールみたいに瓶に押し込めたいと思いつきました。なぜボトルメールのイメージが脳内にこびり付いていたのか、後から気づきました。昔病室で読んだ夢野久作『瓶詰地獄』を忘れることなく、今も無意識下で影響されているからに違いない。全てに諦念で接していたあの頃の蓄積物が今更芽を出すなんて不思議だけど。

何か書こうとしたらどうでもいいようなことを並べて止めどなく告白してしまいそうなのでそろそろやめます。長文にお付き合い頂きありがとうございました。いい夢を。

空衣

#手紙 #ドイツ #大学

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