ブラジル美女の口説き方

ユニクロがこんなに似合う人はいない。

同郷の友と、隠れることなく日本語でそんな感想を交わし合う。

前を歩くのは、映画から飛び出たような美人。脚はすらりと長く、漆黒の髪が煌めく。

しなやかな肉体美を包み込むのは、確かにユニクロの服であるらしい。モデル以上の着こなしだ。彼女が着こなせない服など、そもそも服として存在し得ないに違いない。それほど全てが、彼女のためにあるようだ。

カジュアルなパーカーも、体に密着するセーターも、どこにでもあるジーンズも、元気さとセクシーさを両立させるショートパンツも、 彼女が身に纏えば、美しいと呟くことも忘れる絵画であり、胸に刻むこむべき一編の詩であり、リピート必至の映画であり、いかなる時も心地よく脳に染み込む魔術的な音楽に、悉く化ける。私が服だったら、至上の喜びを享受し得ただろう。

そんな彼女はカーニバルの本場リオデジャネイロ出身であり、母国語はポルトガル語である。ついで流暢に英語を話せるし、習いたてといっても相違ないがドイツ語の会話も滞りなくできる。なぜ私と同レベルのドイツ語クラスにいるのかわからないほど、ドイツ語だって使えているのだ。ああそういえば、イタリア語も少しできると授業中話していたはずだ。

その隣を歩くのは、韓国人男性。二人は英語で会話をしている。ほとんどの留学生は習いたてのドイツ語より英語を使うものだけれども、二人の英会話は速すぎて後ろをいく私には理解出来そうもない。

ブラジル美人をマークして離さないのが、この韓国人である。彼は、すごい。

何が凄いって、その根性だ。メゲない。

立ち居振る舞いからして余りに高嶺の花であるブラジル美人を、常に追いかけていた。二人の間のコミュニケーションを理解できないよそ者の私が見ても、いや誰が見てもわかるほど、明確に彼女だけを追いかけていた。

最初彼女は、他のブラジル人女性たちの輪にいて、会話を楽しんでいた。そこにひとり、その韓国人男性が割り込んでいった。完全にアウェイである。一際美しい彼女を一目見て狙ったのかは本人のみぞ知ることだが、出会って間もない時期のことだ。
多分ブラジル人同士ではポルトガル語で会話をしていたに違いないが、彼が入ることで否応無く英語での会話に切り替わる。

それから、ちょっとした遠足のとき、川で船に乗るとき、決して隣を逃さない。あまりにわかりやすく迫りまくったものだから、途中、彼女自身の口から言い渡されたこともあったようだ。

ウザいんだけど、私たちは私たちで行動したいときだってあるの、ちょっと距離を置いてほしい、とかそういうことを婉曲にか、明確な英語らしい英語でか、それは二人だけの秘密であろうけれど、言ったに違いない。

私はブラジル人同士が路地裏で話し合っているのを見た。会話、というより相談の風だった。珍しく韓国人男性のアプローチから逃れた少しの間の出来事だ。これはなんかあるな、と部外者でも察することができたほど。

その直後、韓国人男性はわかりやすく悄気ていた。彼は一人だった。原来ムードメーカーの彼はパーティやオクトーバーフェストやスポーツ観戦などのイベントを企画・運営してくれたし、友人と呼べる多くの人がいる。同じ韓国の名門大学の留学生だって来ている。けれども振られた(と私は考えた)この時ばかりは、一人だった。

そのとき確かに何かが起きたらしい。これでもうラブストーリーは終焉か、と思った。そうではなかった。

きちんと彼女の時間も優先することを覚えた上で、韓国人男性は尚もブラジル美人に迫ったのだ。それどころか、ブラジル美人の方ももう突き放すことはしないで、二人きりでの行動も自然と行うようになった。

なぜかは、韓国人男性の言動で知れるところだった。彼はあまりに美しいブラジル美女の横をいくには冴えない、ふがない東洋人男性の外見に違いなかったが、中身が、ユーモアが、アイデアが、語学力が、機転が、素晴らしかった。私は彼を尊敬している。

写真を面白く撮る企画のときには、私も彼と同じ班になったのだが、見事多数の班の中からナンバーワンになって、商品をゲットした。同じ班で何も役に立っていない私も、その恩恵に預かった。限られた時間の中で誰がどんな格好でポーズを決めればウケるかを、彼は考えるのが天才的だった。

それから、彼主催のホームパーティは過去最高に楽しかった。料理は全て彼一人で手作りした。ベジタリアンを気遣って、肉なし料理を用意するのも忘れなかった。全てが美味しかった。韓国語でマシタ!(美味しい)を連発した。本気でマシッタなのだ。

思わず言ってしまった。なぜ君はこんなに全てができるの?!
語学も、写真も、料理も。グッドアイデアマンだ。

彼はドイツ語クラスも一番レベルが高い。英語は、アメリカ人ともブラジル美人ともユーモアを混じえて話せるのだ。韓国語はもちろん、他の留学生の母国語も覚えようとしている。日本語も少しだけできる。挨拶程度なら問題なく。

留学生の集うイベントの際には、彼は時別なものを持参してきた。アップルジュースだよ、これを飲めばもっと楽しくなるよ、と他の人に勧める。中身は、ウイスキーだった。大学側が用意したワインやらとは別に、自分で持ってきちゃうのだ。
席に座ると、ハリーポッターのお菓子を取り出して、皆んなに分け与えた。あの、クソ不味い百味ビーンズとやらを。

大学の催し物だけだったら、万国違わず味気なかっただろうに、それをスリリングなエンターテイメントに変えてしまったのだ!彼一人で!

ブラジル美人は、彼の横にいた。なんだかもう、一緒に行こうと誘ったのは彼の方からに違いなかったが、ブラジル美人自身も彼の横にいることを純粋に楽しんでいるようだった。事実、楽しいだろう。

彼は楽しむことが好きなように見えたが、むしろ他の人が楽しめるように、陰ながら努力しているのだとわかってきた。
留学生が揃って夜遊びする予定だったクラブが新学期で混み過ぎて入れないとわかったとき、代打案を探すのに一生懸命外を動き回っていた彼の姿を、窓の外に見た。皆んなの前では決して見せない必死な姿だった。

ああ、彼はカッコいいんだ。優しいんだ。

ブラジル美人を狙いたい男なんて山といるのに、それどころか私だって思慮深く賢く美しいそのブラジル美人にもっと近づきたい欲求があるほどだが、様々な高い能力と真心を持って、現に行動し続ける彼だけが、理想を手にすることができたのだ。彼のユーモアに笑いながら、感嘆するしかない。

#エッセイ #小説 #留学 #ドイツ

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