こえ:「カミングアウトの直前に」20卒Nさんのばあい

Nさんとお会いしたのは、Nさんが20卒としてはじめての面接を受ける一週間前。LGBT当事者であることをほとんど誰にも打ち明けていないNさんだが、ジェンダーフリーに取り組む企業に惹かれ、そこではじめてカミングアウトする予定だという。つねに上を見ているNさんの焦りと不安、そして覚悟について。

志望動機にLGBT入ってると誰にも言えないんですよ。だから面接の台本とか作ってるときとか、ESをやってるときも、親来たらすぐ閉めるみたいな。隠さなきゃいけないみたいな。

この会社落ちたら、もうクローズでいいやって思ってますね。全部の会社に言っていくあれはもうないかな、みたいな。あと自信持てないと思いますね。正直、これで落ちたら。

この本に載ってる面接質問集、ぜんぶやってないと不安になるから、載ってる五十九問ぜんぶやっちゃった。これだけ押さえとけば……もちろん予想外の質問みたいなの来ると思うけど、それはみんな詰まるから大丈夫だろうなって。そもそも、こういう本をやってきてる人も…………まあ、いると思うけど……

「こえ」は、わたしが実際にだれかに会い、仕事に関する話を聞いて、それをできるかぎりそのまま書き起こす、ただそれだけのシリーズです。
いま現在仕事をさがしている人をメインに、いろいろな人の話を聞き、載せさせていただけるといいなと思っています。



■×万×千円の就活セミナー


……飲めるかな……

―ん?

猫舌なんですよ

―ふふふ

ここに、なんか、スタバのこの、口、ちっちゃいから、ズンってくる

―ははは

えっと、就活?
夏くらいにインターンシップはじめていて、わたし最初あえて軸を決めないでいろんなところに行ってたんですよ。それでやっぱり方向性は決まったかもしれないですね。興味があるところとないところ、企業理念に共感できないところがあるっていうことも自分で知って。企業理念わたし一番大事にしてるので、自分の価値観と企業理念が合うか合わないか。
けっこう、自分の強み活かして人の幸せに貢献したいなっていうのが、大きな軸なんですよ。だからちょっと、「ん?」って企業理念に対して思ったりしたら、その会社は結構切って。

わたしあれなんですよ。就活の、塾みたいな、のに、行ったんですよ。行ってるんですよ。いまも。一か月限定でしかお金的に無理だったんですけど、いろんな塾回って、それで一つの塾に絞って。
一か月で×万×千円くらいするんですよ。

―×万!

その代わり、教えてくれる先生がほんとうにプロの方で

―なにのプロなんですか

わたしがいま担当してくださってるのは、そもそも論、その、キャリアの悩みとかそういうのを聞く、会社を、立ち上げてる、社長さんで、心理カウンセラーなんですよ。で、日本の心理カウンセラーの中でも、トップにもいる方、なので、いろんな人脈もありますし。まあなんかその人脈通して、社長の方にお会いして、その自己分析のセミナーに招待してもらったりとかそういうこともあって。

―ああ、じゃあ、そのセミナー自体だけじゃなくていろんな人脈とかを

それも結構ありますね。
あとその人はやっぱり、本当にいろんな業種のこと知ってる、業界のこともいろいろ知ってて、わたしに合う業界みたいなのも紹介してくれるし、ESの添削だったりもしてくれる。
その欠点としてはやっぱり、高いけど、レッスンが四回か五回くらいしかついてないんですよ。四、五回で×万円くらいしちゃうので……だからあと一回しかもう残ってなくて。もうそれまでに、やっぱりESの添削とか、自己PRとか、長所短所とか、まあそれだけは添削してもらって、志望動機の書き方も教えてもらって、これからの就活に活かしていく、って思ってるんですけど、っていうのを、親に全く言ってないっていう。



■過干渉な親、適当な友だち、焦り


―ええっ、なんでですか

いや、そういうなんか、誰かに高いお金を払って頼むとか……わたしの親すごい閉鎖的なんですよ。リスクは取るな、みんなと違うことするな、っていうのが結構うちの親の方針なので、たとえばちょっと就活塾とか、そういうところは全部怪しげだって思ってるんですね。
わたしは実際足を運んで、見たり話を聞いたりして、それで自分が怪しいと思ったらやめればいいし、怪しくないと思って信頼して自分でお金を払うんだったらそれは自分の責任だからそこで騙されてももう自分が悪い、だからそっからでいいんじゃんって思うんですよ。でもそれとはもう反対で、あれこれ言った瞬間から全部否定みたいな感じなんで。

―それは、お父さまお母さま、りょうほう?

お父さんは無関心の塊なので。無関心……お母さんはうるさいですね、すっごい干渉してくる。まあ典型的な干渉してくる親って感じなんですけど、わたしの学校、そういう親って結構多いんですよね、とにかく閉鎖的。周りにも多いですね、親に言われたからどうするとか、親のコネ使って入っちゃうとか……
結構、すごい人だと就活しなかったりとか。しないで親の会社に入るとか。医者の娘とかも結構多いので……だから結構、就活に対する覚悟とか、そういうものも、あんまない人に囲まれてるかもしれないですね、わたしは。
「就活は三月からやればいいや」とか、もう、全然業種とか絞ってないし自己分析もしてないし、名前だけで適当にインターンシップに行くような。どこでもいいっていうか……
それってたぶん入れないと思うんですよ。そんな簡単に入れない、入れないんじゃないかなって……

―じゃあ、Nさんのスタートは、早い方なんですね?

周りだと早い方ですけど……それこそかなりいろんなインターンに行ってきて、コンサルティングのインターンとかも行ったんですけど、周り本当に頭の出来が違うような子たち、東大生とか、そういう人に囲まれたこともたくさんあって……
ま、自分でチャンスをつかみに行ってるので、いかに一生懸命やってる学生がいっぱいいるかっていうのを自分で知ってるので。普段の自分の周りの環境だけで自分が安心しちゃうことはないですね。上見ても下見てもキリはないんですけど、やっぱりすごい人だともう内定も出てるし、外資のメーカーのインターンシップで会った人たちがそんな感じで。十月だったんですけど、「外資の金融の最終選考来週だ」みたいな感じで……十月とかわたしまだ業種も絞ってなかったんで、こんな人、いるんだ、と。

―じゃあその辺でがんばんなきゃなあって

まずいな、と思いましたね。周りの子たちに対してもまずいぞ、と思いましたけど、自分もまずいなと思って。あまりにも、本当に、夏のインターンとかも一社も行ってない子たちも多かったので、わたしの周りは。けっこう余裕をね、持って、周りの子たちはやってたので……自分は行ってるからちょっと安心してた部分もあったんですけど、それを知って、うわ、自分遅っ、ってなって。そっからその、就活の塾探して。まあ親は何も知らないですけど。今日ここにいることも知らない。
なんか、親は航空に行ってほしくて、わたしに。自分が航空だったんですよ。自分がしてた仕事に就いてほしい、その仕事っていうよりは、まあ、その会社の系列に入ってほしいっていう思いがあって。それ以外の業種に行くとあれこれ後ろから言われるみたいな。

―それは、どうしていくつもりなんですか? 航空に行く、わけではない……

わたしは行かないですね。まあべつに悪いとかそういうことじゃなくて、自分の中のやりたいことと違うから。もちろん安定なのもわかってるし、インフラだからつぶれないしっていうのもわかってる。で調べたりもいろいろしたんですけど、んーちがうな、みたいな感じなんで。わたしはわたしのやりたいことをやりたいなって。



■志望動機にLGBT入ってると誰にも言えない


―就活は何が不安でここにやってきたんですか?

何が不安……やっぱり、LGBTっていうのは。
わたし、明かすつもりなんて、はなからなかったんですよ。そもそもわたしトランスジェンダーなわけでもないので、べつに明かさなくても生きてはいけるんですよ。トランスジェンダーの方だとスーツとか性別どっちにするのかとかすごい大変だと思うんですけど、わたしはそれはないので。
明かすことで逆に好奇の目を浴びるっていうか、そういうこともあると思って、明かすつもりはなかったんですけど、その、自分の部分を活かせるんじゃないかと思わせてくれた会社があったので。
でも、そこでどうしようってなったのが、だれにも面接対策頼めない、ES添削頼めない。さっき言った就活塾で対策をするとなると、一回分授業を消費しないといけないので。三月解禁なので、一回ぐらい三月の直前に残しておかないと。
志望動機にLGBT入ってると誰にも言えないんですよ。だから面接の台本とか作ってるときとか、ESをやってるときも、親来たらすぐ閉めるみたいな。隠さなきゃいけないみたいな。家でやってても気が休まらないし、そうですね、みんな友達同士でやったりとかしてますけど。

―友だちにもそんなにオープンにしてないんですね

ゼロですね。そういうの受け入れるような友だちってそんないないんじゃないですかね、たぶん、周りは。閉鎖的なんで。
たぶん、まさかわたしがそうだなんて思ってない。そういう人がいることは知ってる人はいると思うんですけど、そんな……なんでしょうね。覚悟を持ってオープンにするような人は……だから付き合ってる人がいることも多分知らない。全く知らないんですよ。わたしが言わないので。恋人いるとか言っちゃうと、誰誰誰!? みたいになるじゃないですか。だから言わずに、友だちの恋愛相談をフンフン聞いているみたいな。へえ~そうなんだ~ふ~んみたいな。相談を受けることすごい多いんですよ。

―ちょっとわかる気がする

ほんとですか!? なんでですか!?

―ふふふふ なんかちょっとわかる気がします

あれこれ言うからですかね……でもなんか、いろんな人にはっきりしてるとか堂々としてるとか自分に自信があるとかはっきりしてるとか言われますけど、わたし根底の性格ってめちゃくちゃオドオドしてるんですよ。すっごい小ちゃいころとか引っ込み思案で。母親の膝の上から降りないやつみたいな感じ。
なのでこうやっぱり、オープンにするとなると、いろんな障害が伴うなあって思って、向坂さんに相談に来たって感じですかね。やっぱり面接のときに志望動機の練習ができないってまずいなと思って。



■就活でカミングアウトをするということ


オープンにするにあたっていろいろ考えましたね、やっぱり。リスクあるし。全員が理解するわけでもないから、うーんみたいな。すごいいい会社だなと思って受けるわけじゃないですか。それを、オープンにしたことで落ちちゃったら、それはそれでダメージ大きいなと思って。
もしもこれで、まあ、ポンポン行きました、内定もらいました、ってなったとしても、その周りで聞いてた子たちって結構覚えてると思うんですよ。集団面接でそんなこと言ってるやつがいたら絶対覚えるじゃないですか。だから周りにも知られてる状態で生きていくのかなーって思うと、それはそれで……
集団面接で言うことに対しては抵抗ないんですけど、そこで内定もらっていっしょに働くってなったときにたぶん覚えてるだろうなって思うんですよ。一次が集団面接なんで、緊張してるし、相手が何言うかって聞いてるじゃないですか。その中でこんな、いきなりカミングアウトするやつ、みたいな。わたしだったら覚えてると思うんですよ。自分が当事者だからっていうのもあると思うんですけど、そういう告白をした人がいたら、たぶん顔とか覚えちゃうと思うんですよ。まあ見てない人もいるかもしれないですけど。
そうなってくると、やっぱり自分がオープンにした責任として、ねえ。理解してくれない人がいてもそのままで働いていくっていう覚悟は、しましたね。

―じゃあ志望動機と関係なければできればクローズドにしておきたかったんですかね。

うーん…………どうですかね。難しいところだと思うんですけど。
仕事って、学校と違って数年で終わるものじゃないので、それで自分を隠して働き続けると無意識なストレスって半端ないだろうなと思って、どうせなら、自分の強みのひとつとして活かせていけたらな、っていう、覚悟が決められたっていうか。

でも、その会社に出会ったことで覚悟が決められたので、逆にわたしこの会社落ちたら、もうクローズでいいやって思ってますね。全部の会社に言っていくあれはもうないかな、みたいな。あと自信持てないと思いますね。正直、これで落ちたら。
もしかしたらわたしの自己PRとかが悪かったのかもしれないし、べつにLGBTだから落とされたっていうわけではないかもしれないっていうのは分かってるんですけど、やっぱりそれって大きなものだから。たぶんそれ自体を否定されたって思っちゃうと思うんです。たぶん、落ちたら。だからたぶんクローズにしておくと思います。今回のところが、だめだったら。
だから、今回のところ、結構覚悟決めて受けますね、わたし。

―結構じゃあ、そういう局面なんですね。

そうですね。まあこんなに早く来るなんて思ってなかったですけど。なんで二月なんだって思いましたけど。だからどうしようと思いましたよ。こんな、あと一週間、しかもそのあいだにインターンもあるしバイトもあるし、毎日暇なわけじゃない。

―インターンいまもやってるんですね、

すっごいやってますね。

―めっちゃ忙しいじゃないですか。

ほんとに十日間くらい連続で外出たりとか、全然普通にしてるんで。

―わーって忙しくしているのは好きなんですか?

ああ…………好きなんですかね?
たぶん、それやってないと不安なんじゃないですかね。動いてないと無理みたいな。休めないんですよわたし。休むのすっごいへたくそで、たとえばじゃあ一日休みがあったとするじゃないですか。そうなると朝、朝じゃないんですよ起きるの、昼なんですよ、そうなってくると、疲れてるから。昼起きた時点で焦るんですよいつも、ああやっば、なんんにもやってねー、やっば、みたいな、で、結局一日中、休みの日も面接対策をやりつづけて、次の日インターンみたいな。

―あはは、あの、なんか、痛ましい……

課題なんですよ、休むっていうのは、本当に課題。追われるものがなくなったらとことん休むんですけど……まあでも、この一週間が一回終わったら……でもそれでもしも受かったら次二次があるじゃないですか。だから就活終わるまでわたしこれ永遠に追われてるんだろうなって思いますよ。
集団で、二十分しか時間ないんですよ。で、一人の持ち時間って大体五分。だから三、四問じゃないですか、聞かれるなら。その三、四問どっから出るんだよ、みたいな感じで、この本に載ってる面接質問集、ぜんぶやってないと不安になるから、載ってる五十九問ぜんぶやっちゃった。これだけ押さえとけば……もちろん予想外の質問みたいなの来ると思うけど、それはみんな詰まるから大丈夫だろうなって。そもそも、こういう本をやってきてる人も…………まあ、いると思うけど……何にもやって来てない人もいるから、まあ、大丈夫だろうなって。
結構周りに聞いてても、面接の台本なんて一回も作ったことないみたいな感じの子もいるんで。でもちょっとわたし作んないと無理。無理……



■後日、Nさんから、このとき話していた面接では不採用となったご連絡をいただきました。Nさんは現在、LGBTであることをオープンにするのをやめ、業界を変えて就活に励んでいるそうです。「踏ん切りがついたので、あそこでカミングアウトして落ちたのもよかったかなと思います。そのあと全く緊張しなくなりました!」と話してくださいました。


〇インタビュー・文章 向坂くじら

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