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日々の選択が生き方につながる

蛍の乱舞が見たい。
去年、ボイストレーニングの合宿に行った温泉のあたりで
蛍が見られると聞いていた。

(下記の温泉体験)

行って蛍が見られなかったら悲しいので、
蛍が見られそうな雨が降らない日をねらって
泊まりに出かけた。

台風一過、蒸し暑くなって、雨も止んで、
きっと見られるだろう。
予約した際の電話で、宿のご主人も、
明日は見られると思いますとのことだった。

が、熱海駅から以西に行くすべての手段が断たれていた。
増水の影響で、JR在来線も新幹線もバスも
すべて運休していた。
私はただJRに乗って13分先の三島駅に行きたいだけなのに。
新幹線の方が復旧が早そうだったので、
たった1駅12分のために新幹線に乗ろうとしたら、
新幹線のりばは行列で混雑していた。
しかも、発車予定は1時間後。
それに乗れるかもわからない。

なんとか行く手段はないか。
伊豆半島をJRで20分ほど乗って南に下がった伊東駅から
修善寺駅までのバスを見つけて、
そのバスで行くことにした。
バスを乗り継いで、熱海駅に到着してから4時間後
何とか宿にたどり着いた。

予定より遅くなって、と言うと、
今日はまだ誰もご到着でなくて、とのことで
一番乗りだった。

そんなこんなで、いよいよ蛍を見に行くときがきた。

夜、暗くなるのを待って、宿の方に案内してもらい、
真っ暗ななかを歩いて、川辺に見に行く。
何にも見えなかったが、
「ここは田んぼが広がっているんです」
と宿の方が仰った。
きっと明るい時間に来てもきれいな場所だろうなと思った。

はたして、蛍がいた!
ゆーらゆーら舞っている。
蛍がいる船原川が、台風の雨で増水していた。
それで、蛍が流されてしまうという。
本当に流されてしまうのかわからないが、
案内してくださった宿の方が、今日は蛍が少ないと仰った。

イメージしていた乱舞とはいえない。
ゲンジボタルが優雅に、
三蜜を避けるかのようなゆったりした空間密度で
川辺の木の高いところで舞っていた。

蛍が見られたのは嬉しいけれど、
乱舞が見たかったなと思った。

京都の松ヶ崎に住んでいた家にも
自然に蛍が見られた。
川沿いに住んでいたので、
家の玄関のドアに蛍が点滅したりした。
ささやかに蛍が住んでいた。

蛍の規模はそれに似ていた。
でも蛍の乱舞を見たことがないので、
よく写真に見るような蛍の乱舞を見てみたかったのだ。

宿の方が、すこし離れたところに
天城ほたる祭りというのもあると仰った。
チラシをみると、蛍が乱舞している写真だった。

翌朝、朝のすがすがしさを味わいたくて、
日の出前、4時20分に起きて、
温泉に浸かった。
最高の幸せ。

そして、朝5時過ぎに散歩に出かけた。
静まりかえった宿を出て、
昨夜車で3分だった蛍のいた場所に、
歩いて行こうと思ったのだ。

風雨が世界を一掃してくれて、
世界は輝いていた。
道端の紫陽花やシロツメクサ、
ヒメツルソバといったお花を
立ち止まっては愛でる。
紫陽花の葉っぱに
カタツムリがいた。
絵に描いたようだった。

蛍がいた場所に着いたのは
小1時間経っていた。

見晴らしよく広がる水田風景。
たっぷりとした水をたたえて、
美しい透明感がある。
瑞穂の国、日本の美しさ。

早朝にもかかわらず、
すでに農作業される方々がいらっしゃった。

朝食の時間に間に合うように宿に戻ると、
ご主人が宿泊客のチェックアウトの対応をされていれた。
そのお客が「次はイノシシ鍋を食べに来なくちゃ」と言うと、
「今豚コレラで、野生のイノシシが捕れないので、今はイノシシ鍋ができないんですよ。育てたイノシシは出回っていますが、
うちは天然しか扱わないのでね。」と話されていた。

ご主人に、天城ほたる祭りのことを尋ねてみたら、
「天城蛍は、実は好きじゃないんです」
と顔を曇らせた。

昨夜、ご覧になったのは、天然の自然の蛍です。
蛍はきれいな自然が残っている場所にしか生息できません。
その美しい自然を観光客の方に見ていただいています。
でも、天城蛍は、観光客に来てもらうために、
蛍を育てて放しています。
きれいな自然がないのに蛍だけ持ってくるのは
本末転倒じゃないかと思うんです。


私はそれを聞いて、
ただ蛍の乱舞が見たいと思ったことを
恥ずかしく思った。

昨日見た蛍の数は少なかったけれど、
正真正銘の自然の蛍で、
美しい自然が残っているからこそ
そこにいる蛍だ。

天候のタイミングで、
ホテルの数が少なかったり多かったりするのは、
それこそ自然のことなので当然だ。

それを受け入れないで、
もっと乱舞が見たかったなんて、
浅はかだったと思った。

天城蛍がたくさん乱舞していたとしても、
育てて放っただけの蛍では
意味がない。
なぜなら、そこに美しい自然がなければ
生きられない。
ただのパフォーマンスとしての蛍であって、
見せかけのものだ。

私が連れていってもらった下船原の蛍は、
本物の蛍だ。
美しい自然が存在している結果としての蛍であって、
蛍を目的に自然を残しているわけではない。
自然がそこにあることが大切であって、
それはご主人の考え方、選択のしかたに
1本筋が通っていた。

扱う食材も天然のものしか使わない。
そうやって自然を残していく。

そんなふうに自然を大切にしている宿はどこかというと、
伊豆の船原温泉のものわすれの湯 船原館。
源泉温度が45℃という、
加熱もせず冷やしもせず、空気に一切触れることなく
源泉がそのまま浴槽まで運ばれて適温になる
奇跡的な温度だ。
ありのままの自然の恵みの温泉を
源泉掛け流しで楽しめる。

船原館は、のんびりゆったりできる
あたたかい雰囲気に包まれていた。

ご主人と女将さんにお見送りいただいた後、
伝えるのを忘れたのを思い出した。
昨夜、露天風呂に浸かりながら、
1匹の蛍が頭上を舞ってくれたことを。
最高のプレゼントだった。

また本物の蛍に逢いに来ようと思った。





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