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123(開封)246(橋渡し)369(太陽意識)

今日は、マヤ遺跡パレンケの「碑銘の神殿」でパカル王の石棺が開封された1952年11月27日(KIN123)からぴったり71年に当たる。『13の月の暦』では倍音の月13日、KIN38(12・鏡)。サイ時間はKIN83(5・夜)で、KIN38と鏡像関係になっているだけでなく、『時間の法則の20の銘板』の「ひと月=1キン」の見方では今月全体がKIN83と対応している。

G11/11の「世界水まつりin阿蘇」当日が誕生キン(KIN22)に当たっていた提唱者の一人ロイディーンも、この暦に賛同して「時間をはずした日」に水に愛と感謝の祈りを捧げ続けた江本所長も、共に71歳で銀河に帰還されている事を思うと、石棺開封71年というタイミングにも特別なものを感じる。しかも、それが満月の「水晶の円卓の日」とシンクロするとなれば尚更だ。

この流れを象徴するかのように、阿蘇では石棺開封とリンクする数字や人物と様々な形で出会うことになった。この話は、現在パレンケから来日中の「赤の女王」(パカル王妃)とも深く関わっているので、既に【マヤ「赤の女王」〜赤い月の年に初来日!】や【石棺の蓋が開くKIN123という時空回路』】等に記してある情報も含め、先に概要を時系列で記しておきたいと思う。尚、日付はグレゴリオ暦、KINは『13の月の暦』のツォルキンに基づいている。

  • 6/5(KIN123)吉野ヶ里で発見された1800年前の石棺が開封される(パカル王石棺開封から99銀河スピン)

  • 6/15(KIN133)パレンケでパカル王の墓室が発見されて71年。二子玉川Time&Spaceにタイムスコア原画をセット

  • 6/16(KIN134)東京国立博物館で古代メキシコ展(赤の女王)、二子玉川で「13の月の暦タイムスコア展」開始

  • 6/22(KIN140)古代メキシコ展で「赤の女王」と初対面

  • 6/30(KIN148)古代メキシコ展で「赤の女王」と2度目の対面(出版社からの要請)

  • 7/26(KIN174)『13の月の暦』「白い倍音の魔法使いの年」元旦

  • 9/3(KIN213)東京国立博物館での古代メキシコ展最終日。倫理研究所設立78周年

  • 10/3(KIN243)九州国立博物館(太宰府)で古代メキシコ展(赤の女王)開始

  • 10/18(KIN258)吉野ヶ里遺跡を初訪問。謎の石棺エリアへ

  • 10/19(KIN259)九州国立博物館で「赤の女王」に3度目の対面。KIN259は明治天皇

  • 11/11(KIN 22)「世界水まつりin阿蘇」本番

  • 11/27(KIN 38)本日。パカル王墓の石棺開封から71年

パカル王と赤の女王(パカル王妃と考えられ)の石棺発見日と開封日

  • パカル王石棺発見:1952年6月15日(KIN218)

  • パカル王石棺開封:1952年11月27日(KIN123)

  • 赤の女王石棺発見:1994年5月16日(KIN178)

  • 赤の女王石棺開封:1994年6月1日(KIN194)

上記の通り、私は既に東京で2回「赤の女王」と対面していたが、【石棺の蓋が開くKIN123という時空回路』】に記したような吉野ヶ里との特別な繋がりを見出し、「世界水まつりin阿蘇」が「赤の女王」が九州に留まっている僅か2ヶ月の間に行われるというシンクロにただならぬものを感じ、また、その後の予定もあって、水まつりの前に辰砂の赤で響き合う2つの石棺(吉野ヶ里とマヤ)の主に改めて挨拶をしに行こうと思うに至った。

ちょっと強引なスケジュールではあったが、【日本の「般若心経」と玄昉】に記した通り、ちょうど太宰府在住の会員Mさん(KIN48→KIN178の反対のパートナー)が書の稽古を始めるというシンクロも絡んで、完璧なタイミングで「赤の女王」と3度目の対面を果たす事が出来た。

水まつりのリハのために11/10にSNA13便で熊本入りした私は、空港で暦ユーザーのKさん(KIN194)と数年ぶりにバッタリ再会した。10月から時のからだ塾に入塾した別なKさんも、10月に初ワークを行ったアネモネワーク担当のSさんも同じKIN194で、「赤の女王」石棺開封キンとの回路が激しく活性化しているのを感じる。

マイクロバスで空港から宿までの移動中、Aさんという方と色々話をする中で、最近、引っ越したばかりの住所が3-6-9だという話を耳にする。雨の中、リハを一番手で終えた私は宿に戻ってチェックイン。主催者から前日になって知らされたのだが、同室者は何と『もう隠せない 真実の歴史 世界史から消された謎の日本史』で話題沸騰中の武内一忠先生であった。

実は、水まつりの予告動画を通じてその存在を知ったばかりで、これまでの業績やご活躍について殆ど無知だったのだが、かつて吉田信啓氏を通じてペトログラフに関心を持った時期がある私には、武内先生の研究にも当然惹かれるものがあった。また、同じヒカルランドから江本先生との共著や、「天真五相」を生み出された青木先生についての本も出させて頂いている事もあって、見えない所で既に繋がっている感もあった。

儀式をされる武内先生

11/10の夕食後、屋外で武内先生が行われたドルイド的な儀式の後で、雲に覆われていた空が俄かに晴れ渡って来て一面の星空になったのは感動した。その後、部屋で改めてご挨拶して話し始めると、研究方針や視野の広さに深く共鳴するところがあって、翌日が本番だというのに遅くまで話し込む流れに。

現場でシンクロを体感し続けて来られた方だけに、話が通じるし、とにかく面白いのである。このタイミングで先生と出会った背景も知りたくなって誕生日をお聞きすると、何とKIN123!パカル王の石棺が開封し、吉野ヶ里の石棺が開封した日付と同じであった。

その日付を体現している方と阿蘇で同室になるということ自体が、多次元的な開封(=封印を解く)プロセスになっているように思えてならない。しかも、頂いた名刺のご住所には「竜蛇」という地名が含まれていて、この日の「赤い竜」とガイドキンの「赤い蛇」にも完璧にシンクロしていた。この日、この場所で出会う意味の深さを思う。

翌日、11/11(KIN22)水まつり本番には、『13の月の暦タイムスコア』共同制作車のみよこみよこさん、PAN大分の田中勤子さんとその仲間たち、そして太宰府のMさん、空港でお会いしたKさんなど、『13の月の暦』プレイヤーも多数集まって下さって大いに盛り上がり、私も何とか無事に役目を果たす事が出来た。

武内先生と
武内先生の出展ブースからの一枚

会場で初めてお目にかかった舩井勝仁氏にご挨拶した折、安倍昭恵さんの剣山に関する話題を出したら、後でその昭恵さん(KIN223)ご本人にも会場で思いがけずお会いする事になって大いに驚かされた。何と、一緒に「天真五相」もやって下さったとの事で嬉しい再会であった。

NPOの活動ですぐにカトマンズに飛ぶ必要があった私は、イベント終了後の打ち上げパーティも失礼して、会場のアスペクタからそのまま熊本空港に送って頂く事になった。この時、車を出して下さったNさんという方は、何と「369」というヒーリングサロンを運営されている方で、誕生キンはKIN23であった(伊勢内宮への道は国道23号)。

天照大神の数霊が369であると知ったのは小林美元氏の『古神道入門』を通じてであったが、その369は81(=9×9)マスの魔法陣における縦横斜めの合計数でもある。拙著『霊性のアート』には、昭恵さんがKIN81に剣山に登られた話も記してあるのだが、その記録がこのような共鳴を起こすのだ。思えば、小林氏にお目にかったのも先述の吉田信啓氏のイベントの時であった。

阿蘇の始まりと終わりに369が登場したのも、そのイベントの最中にお会いした武内先生が、石棺開封キンと同じKIN123であったのも、私には単なる偶然を超えたサインのように思えてならない。それは、「太陽意識の世界(369)へと向かう封印の解放(123)」というビジョンとして私には受け止められている。

カトマンズから帰国した翌日11/20(KIN31)がNPOクリカの設立記念日で、その2日後の11/22がKIN33となったのも、この流れを受けたものと言えよう。11-22-33は、2桁ずつ合計すれば246になるが、二子玉川のクリカは旧246と新246の間に位置している。そして「11+22+33=66」で、KIN66はNPOクリカ設立記念キンでもあるからだ。

最後に、123繋がりで阿蘇で出会ったKさん(KIN194)が、FBグループ「13の月の暦 水晶の円卓」に書き込んで下さっていた情報をシェアしておきたい。Kさんは1985年8月11日にJAL123便に乗って羽田→大阪へ移動されたという。私の16歳の誕生日当日でもあった翌8/12(KIN101)、JAL123便は高天原山(御巣鷹の尾根)に墜落し520名の方がお亡くなりになられた。その中にはKさんの旧姓と同姓同名のCAの方も含まれていたという(後日ご縁でその事実を知ったらしい)。

1日ズレの運命と共時性。そこには見えない世界と見える世界を繋ぐ何かがあると思えてならない。実に驚くべき話だが、私はこのタイミングにそういう事実を知った事から、冒頭に記した『時間の法則の20の銘板』の制作世話人を私が引き受けた事、様々な事情で結果的に日航機事故の16年後に当たる2001年に520部の『20の銘板』が制作されたという事を記しておきたいと思った。

また、Kさんは、2012年に大阪で行われた『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』の出版記念講演時(2012.11.18)に、その日付と共に江本所長と私の2人でサインを入れた本を後日入手されていたのだが、上記の日付を計算するとKIN174(5・魔法使い)で、何と今年の『13の月の暦』元旦の日付であった。

ある面、江本所長の水への祈りの活動を受け継ぐ形で始まった「世界水まつり」。阿蘇で大きな飛躍を遂げる年を示すように、11年前にその日付が記されたのかもしれない。これは、『13の月の暦』を長く使い続けているKさんがいてこそ初めて明らかになった事であり、Kさんの誕生キンが「赤の女王」の石棺開封キンである事とも深く関係しているに違いない。

123(開封)246(橋渡し)369(太陽意識)という流れは、1111(KIN22)の阿蘇カルデラホーンから世界に向けて、多次元的に発信された。その影響力は、これから徐々に見える形となって顕現して来るだろう。そして、この流れに持続的に気持ちを向ける人が増えるほど、それは加速して行く事になるだろう。(D)

倍音の月13日 12・鏡(KIN38)

🌟12/17(日)時空のサーファーZOOMスペシャルクラス【パカル王とアマテラス】


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