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季節工編/第5話「本当の始まり」

 前回、最終面接⇒健康診断⇒原宿のダイヤモンド社で取材を受ける⇒新宿で飲む⇒深夜に帰るというところまでお話しました。その続きですが、まず3時過ぎに起きてFOMCの結果を見ました。このような環境でも私は投資家であり、かつ「投資家の金融マガジン」の配信者です。前日の指標悪化から懐疑されていた利上げは、結果として実施されました。ドルは乱高下し、さらにダウはSQの影響もあってか史上最高値を更新しました。ただやはり眠かったので2度寝し、再び6時の起床、出揃っていた市場関係者の発言を取り纏めてレポートを作成しました。

 この日は、昼までに部屋を片付けて寮の出る準備を指示されていました。さらに健康診断と最終面接の結果により、不採用の人は電話が掛かってくるという話でした。電話がなければ昼過ぎにロビーに集まり、契約書を作成してから正式な寮へと移動する手筈となっています。私は7時台に準備を終え、荷物だけ置いて(スーツケースの鍵は掛けて)駅前の喫茶店へ行きました。

 場所は違っても、生活スタイルは変わりません。客層も、9時過ぎまでは背広の男性が多く、10時頃になると老人や主婦の集まりが来るといった様子で、地元と同じでした。まるで自宅にいるような安心感です。そうして作業に没頭しつつ、不採用の電話が掛かってくることもなかったので、11時前には店を出て寮に戻りました。

 時間があったので寮にいた人たちと軽く会話しましたが、その中に部屋の鍵を失くした人がいました。探したけれど何処にもない、と。なかなかの強者です。彼の今後の活躍に期待ですね。ともあれ、前泊組の私たちは全員が受かっていました。むしろ落ちることなどないのではないかとも思えました。

 しかし定刻になってロビーに集まると、昨日は15人いた仲間が12人になっていました。聴くところ、健康診断で2人が落ちて、1人は来ていない上に電話しても出ないという有様でした。こうして3人が欠けた12人が同期となり、指示に従って様々な契約書のサインをしました。労働条件・マイナンバー・給与の振込先などです。「ここは書いて、ここは空白で」と流れに沿って作成していたのですが、書き損じをする人が多くて予定時刻を超過してしまいました。何回も書き間違えて、その度に新しい書類を貰って1から書き直している人がいて、教官が「何度も間違えるなよ。30過ぎだろ。人生なめるんじゃないよ」と叱ったのが印象的でした。

 又、ここでは正式登録ということで、移動費と祝い金の説明もありました。移動費は関西からの私が14000円で北海道および九州から来た人は25000円でした。ちなみに新幹線で大阪から東京までが13620円なので、新幹線に乗った場合は14000円だと足りませんね(私は深夜バス1600円ですが)。あと祝い金に関しては「5月中に入社すると3万円が支払われる」という話だったので、6月にずれ込んだ私は貰えないのではないかと思っていました。しかし逆に6月は5万円に増額されていました。これは望外です。ただ、これらのお金は当日に渡すとその日の内に消える人がいるとのことで、現場入りして1週間後に現金で手渡されるそうです。

 そんなこんなで契約書のサインを終えると、教官に促されるまま外に来ていたバスに乗り込みました。仮入寮から正式入寮となり、移動です。だいたい10分ほどでしょうか。駅と逆方向だったのが辛かったですが、着いた場所はセブンイレブン・コメダ・ブックオフ・マクドナルド・ボウリング場などに囲まれた寮でした。建物は築20年から30年程度で、教官の話では「一番いい寮」だそうです。ここに100人あまりが住んでいるとの話で、仮入寮していなかった人も含めて12人全員が入ることになりました。

 到着後はそのまま寮内の大広間(食堂?)まで入って、ここで寮長からの挨拶があり、これからの共同生活における規則が1時間ほど説明されました。最後に翌日の集合場所および時刻を指定されてから、ひとりずつ部屋の鍵を渡され、解散となりました。これでようやく個室です。

 部屋の様子です。室内の空気が淀んでいたのでベランダを開けると、蛾の死骸がありました。その瞬間、ひとつの世界を感じました。季節工の世界です。私はスーツケースから全ての荷物を取り出し、部屋に配置しました。そして足りないものをピックアップして、買いに出ました。夕焼けを見上げながら「ああ、来たんだな。これからここに住むんだな」と感じました。

 翌日、指定された時刻に集まりましたが、人数を数えると11人でした。1人いません。寮長は慣れた様子で手元の名簿を掲げ「名前を言うから返事して」と言って、ひとりずつ名前を挙げました。5人目を呼んだあたりで、いなかった1人が遅れてやって来ました。寮長は「あ、来たか」と頷き、読み挙げるのを辞めて「行きます」と玄関を出ました。

 寮長先導で自転車に乗って出発です。自転車は前日に貸し与えられました。自転車通勤が義務となっており、さらに何故か金沢ナンバーなのでよく警察に呼び止められるとのことでした。その際は「○○会社の寮のレンタルです」と答えればいいそうです。工場に着くと、そのまま大きな会議室まで送り届けられました。席には各自の名前が書かれており、新たな書類一式が置かれていました。

 この新たな書類には【職番】と【配属先】が書かれており、前日に書いた契約書の空白にした箇所に追記して提出という流れです。その後、派遣社員が10人ほど参加し、私たち季節工12人を合計した22人で、工場での規則や危機管理を説明されました。ちなみにこの22人、全員が男です。加えて教官も寮長も、その他の社員も男です。こんなに男たちが偏って、女は何処に消えたのでしょうか。とても不思議でした。

 ともかく男たちによる男たちへの説明内容は大きく分けて3つです。まずひとつは「仕事が嫌になったら辞めていい」という話でした。自分に向いていないと思えばどんどん辞めていいので事前に連絡しろ、蒸発だけはするな、と。蒸発した場合はハローワークに重責解雇の処分を出すのでブラックリストに載ってしまい、その後の就労が難しくなるとのことです。

 次は自動車の生産に関してで、1日に○百台という計画があり、このノルマが達成されるまで残業となるという話でした。だいたい2分で1台が完成するといいます。要は全員を直列のラインで見れば、1人の持ち場において1つの仕事を2分以内で組み上げる計算になります。ちなみに例として挙げられた「フロントガラスの取り付けに要する時間は?」の答えは「2秒」でした。接着剤が付いているので、はめるだけとのことです。それにしても早いですね。

 最後の説明は安全に関するものでした。これはビデオ(ドキュメンタリー)を見せられました。データはPC上での動画ファイルでしたが、映像はブラウン管を彷彿とさせる正方形でノイズだらけのものでした。そして作成されたのは1990年代と思しき古めかしい様子と共に生々しく指が千切れる事故などが紹介されました。危険は常にあるのです。ひとりひとりが安全を作らなければいけません。

 以上で説明は終わりでした。他に配布した資料は各自で参考にするようにと言われました。カレンダーや自動車のパンフレットです。あと食堂のメニュー表もありました。価格も付いています。

 何を食べようか迷いますね。消去法で決めたいと思います。ちなみに食堂は朝・昼・晩と開いているので、これから非常にお世話になることでしょう。私のグルメリポートスキルにご期待下さい。

 さて、こうした説明は午前中で終わり、午後からは配属先で仕事の説明を受けるというスケジュールでした。この配属先は各自で分かれていました。そして私の配属先ですが、驚きの結果となりました。

  配属先は「プレス課」「車体課」「製品課」「成形課」「組立課」「機械課」「工務課」などに分かれています。季節工が大変な仕事だと言われているのは、この中でも「組立課」がキツイからです。上記の通り、工場では2分に1台のペースで自動車が作られており、持ち場の仕事が次々に回って来て、休む暇もないといいます。これは私のバイブル『自動車絶望工場』にも度々書かれていることです。

 この様子は今も変わらず、これまでの説明や言葉(激励)あるいは季節工が2回目以上の同期が裏付けていました。とにかくキツイと。それでも金になるから来ているわけですね。そして私はそのキツさを知りたくて来ました。カジノに持って行く為の金策でもあります。

 詳(つまび)らかに書かれていますが、全くイメージは湧きません。ただ、まあ、大変そうです。私はここに来るときまで、自分の身を以って体験できるものと考えていました。ところが配属先が決まったことで、そうではなくなりました。教官が「組立課の人は前へ」と呼びかけると10人が立ち上がり、部屋を出て行きました。私は組立課ではありませんでした。

 次に「塗装課の人は前へ」と呼ばれると、4人が立ち上がりました。さらにプレス課が3人、車体課が3人といった流れで退室していきます。最後に部屋に残されたのが、私ともう1人でした。では何課だったのでしょう。品質管理課でした。事前の説明にはなかった部署です。

 最後にやってきた品質管理課の教官に連れられて、売店で作業着と安全靴(スニーカータイプ)、そして帽子を受け取り、着替えました。その後、教官は「この仕事は楽だよ。汚れないし休み時間もいっぱいあるし、ラッキーだね」と笑い、続けて「でもその帽子を被ったら、工場内では気を付けてね。安全規則の模範だから」と言いました。私は品質管理課が何の仕事をするのかを尋ねました。返ってきた答えは「完成車の点検と走行テスト。あとは全工場内の安全パトロール」とのことでした。

 心当たりは幾つかありましたが、予期はできませんでした。結果としては、やはりラッキーだったのだと思います。この日は午後からも座学となり、現場の歩き方や工場内の危険予知を学びました。休み明けの月曜日と火曜日も座学をして、しっかり学んでから工場に出るという話です。余談では休憩時間が取りやすいとの話で、比較的自由にスマートフォンで市場ニュースを見たりTwitterで書き込んだりできそうです。要はサラリーマンの頃と同じですね。

 自動車会社の内情が知りたい。これは私個人の感情としてあり、しばしば口にしていました。ある意味では、見事に叶えられた形です。今回このBlog(正確にはnote)では記載していない事情もありました。それらの事情もあって優遇されたのだと考えられます。当然、私は感謝しなくてはいけませんね。想定していたシナリオは崩れましたが、これが現実ともいえます。

 ということで配属先も決まり、これから働いていくことになります。書かなかった事情に関しては【裏話(身の内話)】として「投資家の金融マガジン」のあとがきに記しました。当稿は今後も無料で読める記事として一般公開していくので、常識レベルでやっていきます。ともあれ、私は季節工になりました。あくまでも3ヵ月の予定ですが、どうか宜しくお願い致します。


↓ちなみに【裏話】はこういう感じです(身の上話は伏せました)。


 いやしかしね、今後の問題は3ヵ月で辞められるかどうかですよ……。

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