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季節工編/第4話「最終面接の行方」

 東京に到着し、築30-40年と思しき寮に男2人で宿泊した翌日、朝からロビーに集合しました。健康診断です。結果は翌日に出るとのことですが、これに落ちるとそのまま帰ることになります。旅費も出ません。来ただけ無駄、安いご飯を食べて汚い部屋に泊まっただけということです。

 安いご飯。360円。


 時代を感じさせる部屋。無料。


 オマケ。ポカリとダカラが100円。


 話戻って健康診断に関しては、寮に泊まっていた人以外の新顔がいました。近所に住んでおり、寮に入らないというパターンのようです。全員が席についたところを数えてみると合計15人いました。この15人という数を覚えておいて下さい。これから減っていきます。

 健康診断の用紙は両面綴りになっており、表は上から「身長」「体重」「視力」「聴力」「血圧」の記載箇所がありました。ここまではどこでも見る健康診断表です。私が初めて見たのは「色覚」と「握力」の欄で、さらにその下には【適正】という大枠があって、「夜勤」「高熱」「騒音」「油」「洗剤」「粉塵」「重量物」「振動工具」「高所作業」「色別作業」の項目がありました。きっと健康診断の問診で調べられるのでしょう。そして裏面は自分で記述する【診断テスト】がありました。「病気の有無」や「健康状態における質問」が書かれており、該当するものに自分でチェックするやつです。

 そうして資料を眺めていると、全員が揃ったのを確認した教官が「健康診断の前にこれから最終面接をします」と言いました。続けて「地方面接官の前では上手くすり抜けたかもしれないけど、ここではそうはいきません」とも。こうして全員がいる場でひとりずつ面接をして、その間に健康診断の裏面を記述しましょうという流れでした。さらに部屋の後ろでも握力と色覚の測定が始まりました。

 さて私はと言うと、面接をしているすぐ後ろの席だった為、面接の受け答えが丸聞こえでした。まず全員が訊かれていたのが「酒の程度」「煙草を吸うかどうか」「前職を辞めた理由」で、付随して「年齢」と「志望動機」もとい「金の使い道」です。私の順番は2番目だったのですが、最初に面接された人は36歳の男で「飲食業の開業資金にしたい」という話でした。教官は「じゃあ、300万円はいるよな。2年やればそれだけ貯まる。年齢的にきつくなってくるから、今の内に頑張らないとな」と激励しました。

 私の番では、座るなり「煙草を吸わないのはいいことだね」と言われました。休憩時間中に煙草を吸っている人たちがいる中、私が吸っていないのを見ていた様子でした。教官は私が手渡した履歴書を上から下まで見てから前職の仕事内容を尋ねてきたので、自動車会社との商売を例として答えました。このとき志望理由として「自動車会社のことを知りたかったから」と話したのですが、あとに影響した可能性があります。その他は特に問われることもなく、激励されることもありませんでした。

 席に戻ると、次の人が呼ばれました。私も握力と色覚の診断で席を外したので全てを聞けたわけではありませんが、例えば皆の年齢は36歳・32歳・37歳・20歳・25歳・38歳・27歳・19歳・41歳・29歳・22歳といった感じでした。面接内容は掻い摘むと「どれだけ働くつもり?」→「6ヵ月の予定です」→「その後は?」→「考えていません」→「そんなんじゃ駄目だろ。とりあえず1年は働かないと職歴にもならないぞ」とか「前は○○(自動車メーカー)の工場にいたのか。なんで辞めた?」→「親の具合が……」→「休んだ後、またいけるだろ」→「でも給料が……」→「それは安いな。でもウチなら大丈夫だ。頑張れよ!」といった話が聞こえました。あるいは「もう良い歳だからツライだろうけど」や「身体、細いな。大丈夫か? しんどいぞ」など心配そうでもありました。やはり受け入れ側としても一生やる仕事ではないという認識のようです。あくまでも金策ですね。

 と、こうして全員の面接が終わると、バスに乗って工場へ向かいました。正門を突っ切って工場内のガレージに止めると、歩いて小汚い診療所に入りました。ようやく健康診断です。時刻は10時半でした。健康診断は別段変わったことはありませんでしたが、100kg超えのデブの血圧が高くなりすぎていて、一人だけ検査し直していました。先に言いますと、彼は翌日いませんでした。さらにもう1人が落ちて、健康診断では15人中2人が退場しました。ついでに言いますと、翌日に蒸発した人もいて(音信不通)、正式登録となったのは12人です。

 このときの私は、自分が落ちるかもという不安もありました。私と同室だった男(29歳)も「実は糖尿病の気がある」と言っていました。皆、不安になっていたわけですね。どうもそういうプレッシャーをかけられていたのか、翌日に「問題なかった」と知ったときは嬉しかったです。「働けるんだ!」と思いました(そして少し気落ちした)。

 ちなみに、ちょっとした話がありました。煙草に関してですが、世の中の喫煙率は20%なのに季節工に来る人の喫煙率は80%だそうです。「昔の男は10人に10人が吸っていた」と前置きされていましたが、季節工になる人はそういう傾向があるということですね。健康診断の診療所には喫煙者の肺がボロボロになっている写真が貼られていました。どんな生き方をしてもいずれ死ぬのが運命ですが、どう生きるかもまた運命ですね。

 そんなこんなで健康診断は終わり、午後からは自由となりました。このときはまだ健康診断で落ちる可能性があったことから、私は東京での用事を終える必要がありました。本来の目的とまでは言いませんが、たまたま予定が合致したので今日この時間と意気込んで向かいました。

 東京は原宿、経済誌のダイヤモンド社へ!

 投資関係の取材を受ける約束をしていたのです。予定時刻は16:30からでしたが、14:00には到着していました。場所を把握したので、駅周辺を歩いたり店に入ったりして2時間弱を堪能してから、近くの喫茶店に入り、作業をしていました。前回の記事はこのときに書きました。そうして16:25に喫茶店を出て、ダイヤモンド社に入りました。

 内容は割愛しますが、貴重な体験をさせて頂きました。綺麗な会議室で、長机の片側に私、もう片側に関係者4名、目の前には録音機がありました。私は用意していたレジュメを元に投資の手法と考え方、そこに到った経験などを話させて頂きました。正直、午前中よりも最終面接でした。

 この取材はTwitter上で懇意にさせて頂いている羊飼いさんより依頼を賜りました。これは『一番売れている投資の雑誌ZAIが作った「FX」入門』の改訂版に掲載される予定です。出版は2017年11月です(これも予定)。ご興味のあるかたは是非お買い求め下さい。金融政策や経済指標の解説もあるのでFXだけではなく株式を取り扱っている人にも役立つと思います。

 ということで、脱線しつつも丸一時間を話し切って、後にしました。ちなみに建物を出てから持参した傘を置き忘れたことに気付きましたが、怖くて戻れなかったです。受付嬢もいて、勝手気軽に出入りできる場所ではなかったですね。皆さんもお気を付け下さい。

 この日は原宿から新宿まで歩いて、その間に東京在住の投資仲間に架電し、急遽合流しました。翌日3時にFOMCがあるので早目の切り上げでしたが、18時に電話(初めて)、19時に乾杯(初めて)、20時に「またね!」という流れでした。その後、学生時分の友人にMailすると「今から行く」と即答があり、21時からも飲み直しました。

 以上、東京でのノルマもこなしたので(まだまだ逢いたい人はいますが)、もし健康診断(および最終面接)で落とされても別にいいやという気持ちでした。1時を過ぎて寮に戻ると、同室の男が起きて待って(?)いました。少し話してから消灯し、翌日へ。本当の始まりは、これからです。


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