外伝「東京の思い出2」

 本日3月8日、終わりの日である3月15日まで残り1週間となりました。ここ直近の出来事としては、2月末に配属された新人が3日で来なくなりました。派遣社員の21歳、鬼太郎ヘアーの青年でしたが、ラインに入る前の研修中に流されたダミーを全スルー、指導係に注意されたところ、翌日電話で「怒られたので、もう行きません」と。

 この部署では3月に3人辞めます。ちょうど辞めやすい時期でもあり、1人は20歳前後で昨年4月から来ていて丸1年、来月から大学に行くそうです。自動車工場のラインという無味乾燥な場所で働いていても、皆それぞれ自分の人生を歩んでいるのだなと感じる次第です。

 私の労働状況としては慢性的な人手不足の為に有給休暇を全て使えず、タダ働きしています。法律的には問答無用で行かないということも可能ですが、職場が好きなので働いています。結局は同じ部署、同じ工程にずっといたものの、満足しています。

 さて、今回は「外伝2」ということで、東京での思い出《冬編》を振り返ろうと思います。やはり東京であれ大阪であれ、名古屋、九州、北海道、中国地方など、何処に行くにしても、結局は「そこで何をするか」ですね。どのような生活、なんの仕事をしていても、自分次第ということです。

 というわけで、以前の《夏編》と同様に「眞壁は仕事以外で何をしていたのか?」をお話します。ちなみに「仕事以外でしていたのは仕事だった!?」ということだけ先に打ち明けておきます…。

①自動車会社の忘年会に行きました。

 部署の忘年会に行きました。普段の交流会とは規模が違っており、参加者も多かったです。参加費はこれまで2000円から4000円でしたが、忘年会は5000円と割高でした。行ってみて驚いたのはテーブル毎にコンパニオンが呼ばれていたことです。たぶん社内旅行もこんな感じだと思います。あと2次会は所用で行きませんでしたが、どうも会費が余ったらしく、無料になったとのこと。

 様子としては、自由席ながら普段から一緒にいる仲間が寄り集まっていました。私は何度か席を移りましたが、なかなか会話に割って入るのは難しかったです。中には酒飲み競争をしている人もいて、空になったグラスをテーブルに叩き付けながら次々飲んでいる様子も見受けられました。

 その後、倒れていました。

 大事には至らず、週明けは普通に出社していたので安心です。お酒はほどほどに。

 尚、こういった様子を他にも知りたいという人は、期間工のブログランキングを見つけてきたのでこちらからご覧ください。40代や50代で辛酸を嘗めながら頑張っている人や、麗らかな女性もいます。私も幾つか読みましたが、どれも読み応えがありました。

さらに「自分も行こうかなあ」とお思いの人は↓↓↓より登録できますよ…。

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 ご健闘をお祈り致します…。


②羊飼いさんの本に載りました。
 以前に記載していましたが、東京に来てまもなく取材を頂いたものが書籍に載りました。

『一番売れてる月刊マネー誌ザイが作った「FX」入門 改訂版』

 表向きはFX本ですが《金融政策》や《経済指標》の内容と市場への影響が詳しく書かれており、株をしている人にも有意義なものです。この書籍の172頁から何人かの投資家が紹介されているのですが、私は176−177頁に載せて頂きました。

 ただ、ちょっと問題がありまして…。
 といいますのも…。


 どう見ても季節工ですね…。
 どうしてこうなった?

 しかも別人です(笑)。私はメガネを掛けていませんし、モジャ毛でもないです(白髪でもない)。季節工をしていることは取材時に世間話程度に話しましたが、記事の内容とは脈絡がなさすぎて、事情を知らない人にとっては「眞壁という人は普段からドライバーを持ち歩いている危険人物なのか」という印象を与えるのではないでしょうか。これには参りました(笑)。

 ちなみに同時期に撮られた写真です。以前に掲載したもの。


③年明けは明治神宮に行きました。

 初詣は近所の神社に行きましたが、毎年恒例の友人たちとの参拝は明治神宮に行きました。奉納と演武(日本古武道)を見ました。1時間半ほど正座したので、相当辛かったです。周囲でも立てなくなった人や、立っても歩けない人が続出していました。私は当日の夜から体調を崩し、2日ほど腰痛を患いました。

 午後はお弁当を頂いてから講演も拝聴しました。オリンピック選手の生い立ちや経験談、演武を披露しておられた荒谷館長のお話など、貴重なものばかりでした。


④某社の賀詞交換会にお呼ばれしました。
 写真はないですが、サラリーマン時代に懇意にして頂いていた会社より個人名でご連絡を頂いて、馳せ参じました。当初は別件があって断っていたのですが、たまたま時間があいたこともあり。

 いろんな人が来ていました。特に挨拶回りする必要もなかったので、私は仲のいい人と一緒に離れたところから眺めつつ「一口にハゲと言っても、人それぞれハゲ方は違うね」とか何とか言っていたのですが、ちょうど相席した人と話している内に私の事業と完全合致するものがありました。

 翌週、資料を頂いて早々に内容をチェックして、見積もり、あっという間に仕事が繋がりました。偶然や奇遇というのは、こういうところで出逢うことが多々ありますね。世の中の不思議だと思います。自分の都合や損得に囚われず、身軽に足を運ぶことも大事です。


⑤いくつかの仕事に携わっていました。

 ④とも符合しますが、昨年末からいろいろとお声がけを頂き、平日は工場勤務をしつつ、土日は他の仕事をしていました。ヒルトンホテルやリッツカールトンで会議したりなど。

 忙しくも充実した日々でしたが、毎日が疲れ過ぎて1日の終わりは気を失う勢いで倒れ込んでいました。この頃の内容や状況は金融マガジンの「あとがき」で近況報告として書いていましたが、あまりにも日々が目まぐるしく変わるので、12月には工場を辞める寸前のところまでいきました。どうにか責任感で続けましたが、今思えばあのときに辞めなくて大正解でした。

 結局は5つ関わって今後に繋がりそうなのは2つです。チャンスを得たもの、チャンスだと思ったらそうではなかったもの、様々でした。今は全てに感謝しています。ありがとうございました。そして上記「あとがきでの近況報告」は東京に来てからのものを改めて編集し直す予定です。それ以前のものは拙著『投資におけるスキーム論』の付録にあります。

⑥noteを運営している加藤社長からご連絡を頂きました。
 前回の記事を投稿した後、なんとnoteの運営会社の社長からご連絡を頂きました。

 ご連絡を頂いたのが2月25日でして、季節工を終えるのが3月15日だったので「それ以降なら自由なのでいつでも大丈夫です」といった返信をしたのですが、たまたま東京区内に行く予定が2月27日と28日にあったので確認してみると、27日にお会いすることになりました。

 ということで、早速お伺いしました。会社の所在地は渋谷でした。

 お会いしたのは社長直々の加藤氏ディレクターのM氏でした。おふたりとも長テーブルに腰を落とすと同時にMacBookを広げたので、これが現代の打ち合わせ光景なのかと感じました。内容としては、出版業界の内実や最近の市場動向、ブログから出版した人たちの話や他の出版社とnote(cakes)の関わり合いなど非常に興味深い話を聞けました。その他、今後のことも含めて持ち帰りました。


 以上、東京での出来事でした。地元では経験できないものばかりで、本当に来て良かったと実感しています。外に飛び出し、いろんな人と会うことは、人生の醍醐味ですね。又、ただ会うだけでなく、一緒に働いたり、その場所に住んだりすることで見えてくるものが沢山ありました。

 そしてやはり、このタイミングで加藤社長からご連絡を頂けたのは僥倖でした。当ブログの書籍化に繋がる話もあり、これからが愉しみです。実際に動き出せば、このブログは残したまま、大幅に加筆・再編集する予定です。

 当初より、このブログは「日本のカジノが始まった頃」に向けて私なりの取り組み方を纏めたものです。それらは全て実践においてのものであり、現実だけを記しながらも構造的に形作っています。しかし今後、材料が出揃ったならば、さらに考えていかないといけません。

1.使命・大義は何か?
2.対象の読者は誰なのか?
3.価値は何か?
4.読者への影響・効果は?
5.最終的な目標は何か?

 このプロセスは《記事を書く》ということに限らず、あらゆる《事業》において考えなくてはいけないものです。世間の動向を見据え、自分の判断を以って日本と世界の行く末に付いていきたいと思います。心持ちは「面白きこともなき世を面白ろく、すみなしものは心なりけり」であり、実践は「一切の書かれたものの内、私はただ、その人がその血で以って書かれたものだけを愛する」です。

 ということで季節工生活も残り1週間ですが、前後左右しっかりと見聞きしたいものです。次回は3月末頃に更新します。

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