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季節工編/第3話「出発そして到着」

 5月末に仮採用の通知が届き、某自動車会社より6月13日に東京某所への集合がかかりました。私は関西在住だったので、東京へ行く方法を考えました。飛行機・新幹線・バスの3択です。普段の私なら飛行機か新幹線なわけですが、これから季節工になるに当たって、そのような贅沢が赦されるのか? いや、赦されるはずもありません(なんとなく)。

 というわけで、6月12日から深夜バスで出発することにしました。思い返せば、学生の頃に初めて東京に行ったのが深夜バスでした。しみじみ思い返しながら、さっそくネットで予約します。

 片道1600円。これは安いです。平日なのもありますが、以前にも増して安くなっている気がします。若干の躊躇もありましたが、とりあえずこれで出発の予定は組まれました。となれば後はやりかけの仕事を終えることと、商売仲間や家族・友人・知人への報告です。ずばり「私こと眞壁は自動車会社の季節工になる為、地元を離れて関東へ行きます。期間は3ヵ月です。留守になりますが、何卒宜しくお願い致します」と。同時にネット上で記事も書きました(第1話および第2話)。

 果たして皆の反応はと言いますと、まず同年代の友人連中は大爆笑でした。失礼ながら、そういう人たちなのです。爆笑とは言わず、息を漏らすように「ひゅーひゅー」と笑っている奴もいました。それだけ笑えたなら十分だろうということで理由は説明しませんでした。「とにかく俺は行ってくる」と。

 次に仕事仲間ですが、口頭で話した相手からは「ナンデ?!」と驚かれました。少し前まで兼業でサラリーマンをやっていたとは言え、彼らにとって私は会社の社長なので不思議そのものでしょう。季節工といえば出稼ぎであり、どうして社長が自身の会社を開けてそんなものに行くのか理解不能です。ただ彼らも驚きつつ、笑っていました。高らかに「ハハハハハ」だとか、犬のように「ハッハッハ」という様子でした。商売相手として私には説明義務があるので、理由(第2話に記述)を話すと興味深そうに聞いていました。要は「新しい仕事(ビジネス)であり、箔を付ける為に行く」と。

 最後にTwitterやFacebookで繋がっている友人たちからはコメント・メール・電話といった形でお便りがありました。コメントは「楽しみにしている」という応援メッセージが主で、メールは「もしかして何かあったんですか」という心配、そして電話は聴き取るのも大変なくらい笑い転げていました(呼吸困難を静めてから電話して来い!)。

 以上、だいたいのイメージ的には私が懲役にでも行くような印象を与えている様子でした。ちなみに家族の反応に関しては、特になく「ふーん。またか」という感じでした。遊びに行くと言ったら良い反応はなかったでしょうが、おそろしく辛いと評判の季節工ですから、別に可もなく不可もないといったところでしょう。私としては「東京に用があるから、ついでに」と(次回記述)。

 で、中には私の話と聴いて「行く前に飲もうよ」というお誘いもあり、出発前の最終週は仕事を片付けつつ、あちらこちらで乾杯していました。金曜日は3軒ハシゴして飲み、土曜日は月1の会合に懇談会だけ参加し、その会合で事情を話したらさらに「明日の日曜日、予定が空いていたら飲みに行きましょう」とお声がけ頂き、出発前夜も飲んでいました。ちょうど地元の駅前にカジノ(アミューズメント)になっているバーがあったので、2軒目はそこでブラックジャックをしました。

 そして出発日の月曜日、朝は仕事をして昼から準備を始めました。まず必須アイテムとして、パソコンは2台持っていきます。1台は普段持ち歩いているパソコンで、もう1台は故障や盗難に遭った際の予備です。これがないと話にならないので一番大事です。バックアップも入念にします。

 次に衣服と生活用品です。タオルや爪切りなども忘れてはいけません。あと、靴も予備をビニール袋に入れておきました。向こうで買ってもいいですが、靴箱で眠っていたものがあったので持参して履き潰すことにしました。

 スーツケースの反対側は、鞄をすっぽり入れられるように空けておきます。持ち物はひとつにしたい主義です。又、天気予報では到着当日が雨となっていたので、片手は傘で埋まります。

 ということで、持っていくものは全部です。関西から関東ということで、あとで忘れていたということがないように必要書類は何度も確認しました。そしてスーツケースを閉じて、持ち上げてみたりします。相当重かったです。向こうでガンガン捨てて、帰りは軽くしようと思いました。

 こうして出発準備は整ったので、時間の許す限り部屋の片づけをしていました。バスは大阪駅近辺に23:50集合なので、随分と余裕がありました。酒でも飲もうかと考えましたが、確かにバス内で入眠しやすくなるものの、重い荷物を持つことを思えば得策ではありません。正直、スーツケースを玄関まで持っていくだけで腰を痛めました。部屋を片付けた後は寝転がって身体を伸ばし、安静にしていました。

 ↑私の部屋です。

 1時間半前になったので家を出ました。道中に何かトラブルがあっても1時間半もあれば十分です。そういう「万が一」も起きることなく集合場所につきました。

 懐かしい雰囲気です。そういえば友人とスキーをしに長野へ行ったこともありました。深夜バスなので真後ろで大騒ぎしている連中がいて辛かったのを覚えています。この手のバスは、バス自体よりも、乗り合わせた客で決まりますね。価格が安いこともあり、仕方がないとも言えます。

 結果。今回は幸運なことに車内は静かでした。さらに座席も狭すぎるということはなく、足は90度ではなく110度くらいまで伸ばせました。ただやはり長時間座ったままというのはしんどいですね。私は通路側だったので、通路に足を放り出して180度まで伸ばしましたが、体重が腰に掛かり続けた為に痛くなりました。まず大阪から京都に向かったのですが、0:00頃に出発して京都に着いたのが0:40でした。この40分が既に長く感じました。東京に着くのが8:30予定とのことで、ここからさらに8時間乗り続けたわけです。

 上で「幸運なことに車内は静かだった」と書きましたが、むしろ静かな上にカーテンは閉め切られて暗闇でした。本は読めませんし、迷惑になりそうでモバイルを触るのもはばかれるような雰囲気でした。隣の席の人はおとなしい感じの大学生で、足を広げてくることもなく、ときどき唸りながらも眠りについていました。通路を挟んで反対側の人は乗った当初はスマートフォンを弄っていましたが、何やら薬を取り出すと水で飲み乾し、そのまま寝てしまいました。

 私は寝たのか寝られなかったのか定かでない薄い意識を保ちながら、腰を痛めないように右に左にと軽く向きを変えつつ、足を延ばしたり座り直したりしました。そして耐えること8時間、東京に着きました。バスターミナルで降りてスーツケースを受け取ると、特に何の手続きもなく解放されました。雨が降っていたので傘を差し、そのまま駅の方向へ向かうと喫茶店があったので入店しました。

 私はバス用にとジャージ(寝間着)でした。スーツケースの一角に普段着だけを纏めた袋を用意していたので、それを持ってトイレに行き、サッと着替えました。その後は珈琲を飲みながら少し仕事をして、時間をみて某自動車会社の集合場所へ向かいました。

 集合場所は工業から100mほど離れたガレージ内の小屋でした。隣接している建物が寮に思えましたが、人の気配は感じられません。中に入ると作業着の社員が3人いて、2人が案内をして、1人が書類の確認をしていました。私が入ったときには応募者と見られる人が2名いて、書類確認が終わると案内の人に連れられて出て行きました。かすかに聴き取ったのは「君たちは同室ね」という言葉でした。

 書類確認をしていた人が私に振り向いて「どうぞ」と言ったので、席の前に立って名乗りました。クリアファイルに纏めた書類一式を手渡し、身分証明書を提示しました。そうこうしていると、また1人がやって来ました。チェックは簡単に終わり、実際の手続きは翌日以降ということでした。あとにやってきた人の確認もすぐに終わり、先と同じく案内の人が「君たちは同室ね」と言いました。

 同室なのは、翌日の健康診断の結果が出るまで、つまり当日と翌日までという話でした。翌々日には審査によって、晴れて季節工になる人と、そのまま帰って頂くことになる人に別れるのだそうです。季節工の登録が終われば、一人ずつ個室の部屋が当てられるそうです。逆に健康診断でアウトになった場合はその場でサヨナラです。旅費も出ません。

 前泊・前々泊ということで案内された寮は、かなりの年季が入っていました。築30年から40年という趣です。廊下に染み付いたワックスの色から小学校を彷彿としました。加えて人の気配は先に案内されていた応募者だけだったので、仮入寮専用の建物のようでした。

 同室になった人は、北海道から来た29歳の青年でした。以前は名古屋で三菱自動車の季節工をやっていたそうです。しきりに「全然違う」と言っていました。三菱での季節工は、部屋は綺麗でテレビや冷蔵庫なども揃っていて、食事も無料(寮も無料です)、ただ寮から工場まで片道1時間以上かかるのが大変だったから辞めた、とのことでした。今回の某自動車会社は(※名前は今後も明かしません)、私でも見ての通り、寝る為だけといったものでした。しかしこの部屋も以前は全員が入寮していたのだろうとも思いました。

 ちなみに布団は綺麗でした。シーツは清潔でパリッとしていて、寝心地も良さそうでした。電源も2ヵ所あって取り合いにはなりません。その他、水道やお手洗いは部屋を出て廊下を挟んだ反対側にあり、風呂は別階、食堂は別の建物でした。2人で色々と会話しつつ、飯を食って、風呂に行きました。その後、近場のコンビニに行きました。彼が「酒買います?」と言いましたが、翌日の健康診断に備えて乾杯はなしにしました。念の為です。

 部屋に戻る際中、煙草を吸うというので私だけ先に戻りました。↑での写真はそのときに撮りました。その後、彼は戻ってくると漫画と将棋を手にしており、「見つけました」と笑いました。将棋を打つのは10年以上ぶりでした。

 並べ方は悩むことなく置けました。ただ、定石は完全に頭から飛んでいます。棒銀で打とうと決め、ポチポチと。おしゃべりを辞めて、お互い集中していました。

 先に攻め入れられて敗戦濃厚でしたが、凌ぎ切ってから私も攻勢に転じ、乱戦状態となりました。途中、王手に気付かず動かして「それ負けちゃいますよ」と指摘されました。お情けも頂きつつ、私も王手を畳み掛けました。

 辛うじて勝ちました。これは白熱しましたね。部屋にテレビがあったら適当に観ているだけになってしまったはずなので、こうしてアナログなのも良いです。愉しかったです。

 もう1戦やったら、あっさり負けました。集中力も切れたので、消灯して就寝しました。バスがしんどかったのもあり、ようやく身体を休めることができました。翌日は午前中に健康診断をして、午後からは解放されます。私は午後からダイヤモンド社に行って、とあるFX本の取材を受ける予定を入れていました。諸々に備えて、眠りに落ちました。

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