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「女子」という言葉で男が覚える違和感と思考停止

東京女的生活#15が更新された。(note更新は久しぶりだなあ)

今回は一年を振り返っての対談がおもしろいが、「東京女的生活」の命名の由来の中で、「女子」という言葉を使わなかった経緯について触れられている。そこには、池田美樹さんの「「○○女子」「○○女子部」という言葉に女性が違和感を抱く理由」というコラムが登場している。

このコラムを読むと「ああ、女子という言葉に違和感を感じていたのは、我々男だけではなかったのか」ということが分かる。20代後半くらいの女性が口にすると違和感を感じ、30代、40代になると「おいおい、それは違うだろ」と思っていたのは男だけではなかったのか、と。そういう意味では、「女子」という言葉を多用しているのは、実は身近にいる女性ではなく、一部のマスコミ、メディアの「商売」だった気がしてくる。彼らのスポンサーのビジネスのためにせっせと「女子」を多用していたのかも知れないなあ、と。

このコラムの中で池田美樹さんは「女子会」という言葉については肯定している。

ただ、女子という言葉を何が何でも使いたくないわけではありません。たとえば「女子会」。いろんな立場の女性達と集まるときに「女子会」というと、年齢も立場も忘れて同じ女性ということで楽しみましょう、というニュアンスが生まれて、なかなか良いと思っています。
今、何でもかんでも「女子」という言葉でくくって思考停止に陥っていないでしょうか。「女子」という言葉を使いたくなったら、少し考えてみてもいいかもしれません。

たしかに、20代から50代くらいまでの広い年齢層の女性が集まる場って楽しそうだ。同じことを男がやると、20代の若者に説教している50代の図が想像できてしまうが。(苦笑)

この3人の女性は、さまざまな立場だからこそおもしろい取り組みになったのだと思う。そして、この会話の中で感じる「親しき仲にも礼儀あり」とでもいうのか、年齢の差とは関係ない「リスペクト」があるのだと感じる。そして、この「リスペクト」というものは、男女とか年齢とは関係なく、今の日本社会に決定的に欠落しているようにも感じる。ネットで罵声を浴びせる、アジアの外国人を根拠なく否定するといった度を越すものから、通勤電車で眉間に皺を寄せて他人に突撃する人たちもそうだ。「リスペクト」とは、他人の存在を尊重することから始まるものだ。そんな大事なことを当たり前に持っている女性たちは、いつまでも素敵女子なのだと感じた。

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