S. Kumagai

作業療法士。社会心理学の教授のゼミで修了生として心理学を勉強中。主な研究テーマは行動科…

S. Kumagai

作業療法士。社会心理学の教授のゼミで修了生として心理学を勉強中。主な研究テーマは行動科学。臨床のフィールドは急性期リハビリテーション。作業療法士の立場から心理学を学んでいます。

最近の記事

書評「人が自分をだます理由 −自己欺瞞の進化心理学−」

「いわば医療には、巧妙な大人版の『痛いの痛いの飛んでいけ』と言える部分があるのだ」 この言葉は、本書で提唱されている「衒示的ケア」をうまく表している。衒示とは「見せびらかす」という意味である。見せびらかしの医療とはどういうことか。 アメリカのランド研究所で実施された社会実験によると、医療費を満額助成されたグループとそうではなかったグループを比較した結果、満額助成グループは医療費を45%も多く使ったにもかかわらず、生理学的な健康状態の指標(血圧・歩行速度・コレステロール値な

    • 書評「自分をコントロールする力 −非認知スキルの心理学−」

      実行機能(遂行機能ともいわれる)は目標を達成するために思考、行動、情動を制御する能力である。より具体的に、目標の設定・計画の立案・計画の実行・効果的な遂行という要素で成り立っているとする考え方もある。 成人を対象としたリハビリテーションでは、高次脳機能障害や認知症との関連で論じられることが多い。 実行機能の評価には、Trail Making Test(TMT)、Stroop Test、Wisconsin Card Sorting Test(WCST)、Behavioura

      • 書評「なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか −人間の心の芯に巣くう虫−」

        「保守」というと政治的なイメージを持つかもしれないが、本書は「恐怖管理理論」について述べられたものである。 恐怖管理理論(または存在脅威管理理論)では、避けることができない「死」の恐怖が人間の主要な行動原理のひとつであり、思考・感情・行動に多大な影響を及ぼすと考える。そして、死の恐怖は文化的世界観(ある集団で共有されている信念や価値観)と自尊心によって管理され、逆に死の恐怖を思い起こさせられると文化的価値観や自尊心を守ろうとする、つまり保守的になることで死を意識の外に追いや

        • 書評「なぜ心を読みすぎるのか −みきわめと対人関係の心理学−」

          他者を理解することは、社会的動物である私たちにとって重要な行為である。あなたは障害のある人と関わるときに、どのように相手を理解しようとするだろうか。 ニンチ(認知症)があるかないか、クリア(知的な能力が保たれている)かどうか、つまり認知機能に問題があるかどうかをまず考える人が意外に多い。もちろん、私自身もだ。 たいていの場合、高齢であるほど認知機能が低下しており、身体の障害が重度であるほど認知の障害も重度であると考える傾向がある。 これはステレオタイプといわれる対人

        書評「人が自分をだます理由 −自己欺瞞の進化心理学−」

        • 書評「自分をコントロールする力 −非認知スキルの心理学−」

        • 書評「なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか −人間の心の芯に巣くう虫−」

        • 書評「なぜ心を読みすぎるのか −みきわめと対人関係の心理学−」

          書評「誰もが嘘をついている −ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性−」

          作業療法の認知度を調査したい。どうやって? Google Trendsというツールがある。これは、ある語句がGoogleでどれだけ検索されているのかがわかるものだ。これで「作業療法」を調べてみてはどうだろう。 「作業療法」の検索頻度は、月によって変動はあるものの2004年からほぼ横ばいである。毎年2月には高くなっているが、これは国家試験の影響だろうか。 有資格者数は右肩上がりに増加しているものの、検索頻度には反映されていない。 都道府県別に検索頻度みると、鹿児島県・大

          書評「誰もが嘘をついている −ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性−」

          書評「生き物の死にざま」

          比較心理学とは、人間と動物の行動の比較から、人間の心理を研究する学問である。進化論とも関連が深い。本書は比較心理学をテーマにしているわけではないが、動物や昆虫の死にざまは人間以上に人間らしいことがある。 生き物の死は種の保存と密接に繋がっている。それは人間も例外ではないだろう。 種の保存、つまり同じ遺伝子を持つ仲間を守り、次の世代に遺伝子を伝えることは、パートナーを持ち、子どもを産んで育てる者だけが担っている役割ではない。 兵隊アブラムシや働きバチは生殖機能を持たないが

          書評「生き物の死にざま」

          書評「『経験知』を伝える技術 −ディープスマートの本質−」

          近年、理学療法士・作業療法士の臨床実習が変化してきている。 2018年には養成施設指定規則が改定され、それに伴って新たに定められた養成施設指導ガイドラインには、診療参加型臨床実習が望ましいことが明記されている。 これまでは症例レポートの作成が中心的な課題であったが、チームの一員として診療に参加して技術を習得することに焦点が当てられるようになったのである。 技術の習得に焦点を当てる、という当たり前のような臨床実習が、ようやく日の目を見るようになったといえる。 私たちが臨

          書評「『経験知』を伝える技術 −ディープスマートの本質−」

          書評「知ってるつもり -無知の科学-」

          本書は認知科学・心理学の視点からチームワークの重要性を論じている。 リハビリテーションは、理学療法士や作業療法士だけで成り立っているわけではない。患者(クライアント)を中心として多職種が協働するチームがあって、はじめて効果を発揮する。 これは自明であるように思われるが、私たちはこのように考えることはないだろうか。自分が担当している患者のことは誰よりもよく知っている、患者を一番理解しているのは自分である、と。 これが正しくないことは、患者のことを説明してみればすぐわかる。

          書評「知ってるつもり -無知の科学-」

          書評「反共感論 −社会はいかに判断を誤るか−」

          真面目なセラピストは、訓練に伴う苦痛を訴える患者に共感して、その訓練を選択しなくなるかもしれない。 患者に寄り添うセラピストは、家に帰りたいという患者の思いに共感して、何とか自宅に退院できないかと模索するかもしれない。 これは直感的に理解できる。しかし、理性的に熟慮してみるとどうだろう。 本書は刺激的なタイトルのとおり、道徳的な領域における「共感」に焦点を当てて、その問題を指摘している。 例えば、共感にはスポットライトのように視野を狭め、近視眼的になりやすい性質がある

          書評「反共感論 −社会はいかに判断を誤るか−」

          書評「その部屋のなかで最も賢い人 −洞察力を鍛えるための社会心理学−」

          脊髄損傷によって対麻痺になったサッカー選手が、「あの事故は僕に起こりえたことのなかで最も良いことだった」と主張していることについて、私たちはどのように受け止めるだろうか。 私たち医療関係者は、脊髄損傷がどのような症状を引き起こすかを知っているし、毎日リハビリテーションに励んでいる姿も知っている。しかし、すべての時間を「麻痺患者であること」に費やしているのではないことを知っている人は意外に少ない。彼らもまた、障害をもたない人と同じように、夫でもあり父でもあり、家族と一緒に食事

          書評「その部屋のなかで最も賢い人 −洞察力を鍛えるための社会心理学−」

          書評「医療現場の行動経済学 −すれ違う医者と患者−」

          「行動経済学」を耳にしたことがない医療関係者は少なくないと思われる。経済学(例えば投資戦略)の話はハードルが高く感じられる読者でも、医療現場で頻繁に経験する意思決定を主要なテーマとしている本書は、手に取りやすい。 本書は一貫して医療現場の意思決定について論じている。 医療現場での意思決定の支援は、パターナリズムやインフォームド・コンセントに代わって、シェアード・ディシジョン・メイキングが推奨されるようになってきている。 人間は適切な医療情報が与えられれば合理的な意思決定

          書評「医療現場の行動経済学 −すれ違う医者と患者−」

          書評「社会はなぜ左と右にわかれるのか −対立を超えるための道徳心理学−」

          著者であるジョナサン・ハイトは米国の社会心理学者で、ポジティブ心理学・道徳心理学を研究しており、2001年にポジティブ心理学テンプルトン賞を受賞している。 本書は人々が政治や宗教をめぐって対立する構図を、進化論、哲学、社会学、人類学などに基づく道徳心理学という観点から多角的に検証している。 道徳心理学の第一原理「まず直観、それから戦略的な思考」は、私たちの判断が直観に大きく左右されることを教えてくれる。これは心理学における二重過程理論にも通じ、著者はこの原理を〈象〉とその

          書評「社会はなぜ左と右にわかれるのか −対立を超えるための道徳心理学−」