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書評「その部屋のなかで最も賢い人 −洞察力を鍛えるための社会心理学−」

脊髄損傷によって対麻痺になったサッカー選手が、「あの事故は僕に起こりえたことのなかで最も良いことだった」と主張していることについて、私たちはどのように受け止めるだろうか。

私たち医療関係者は、脊髄損傷がどのような症状を引き起こすかを知っているし、毎日リハビリテーションに励んでいる姿も知っている。しかし、すべての時間を「麻痺患者であること」に費やしているのではないことを知っている人は意外に少ない。彼らもまた、障害をもたない人と同じように、夫でもあり父でもあり、家族と一緒に食事や映画を楽しんでいるのである。

部屋のなかで最も賢い人は、生活の質はその時々の苦しみや喜びをただ足し合わせたものではなく、毎日の体験を自分がどのように意味づけるかによって決まることを理解している。

しかし、私たちは予後予測・阻害因子・障害者の心理といった言葉で表されるように、特定の範囲に注意を狭めたりバイアスといわれるフィルターを通したりして、物事を主観的に解釈している。それによって見落としていることが意外に多いことに気付いていないのである。

本書は、社会心理学と判断・意思決定の分野における研究成果をもとに、人の賢明さについて論じている。クライアントに寄り沿う「賢い療法士」に近づくためには、一読の価値がある。

賢明さを支える五つの要素は前半の1〜5章を使って述べられているが、さまざまな研究やエピソードが詰め込まれているため、話のつながりが分かりにくい印象を受けた。本書の終章には、五つの要素がネルソン・マンデラのエピソードに織り込まれているため、先に読んでみると全体像がつかみやすいかもしれない。

トーマス・ギロビッチ リー・ロス 著

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