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昆虫はなぜ巨大化しないのか

小学生の頃に何度か昆虫を飼育していました。今でも気まぐれに世話をして観察し、成虫になったら逃がす、ということをしています。佐藤さとる氏の「おばあさんのひこうき」という絵本は、不思議な模様の蝶の羽を編み物で再現しようとするうちに命が芽生えて空を飛べるようになる、という描写にワクワクしました。モスラや王蟲、アニメの「タイムボカン」にも憧れました。
しかし、実際には人が乗れるような大きな昆虫は実在しません。それはなぜでしょうか。大きな理由が三つあります。

①.昆虫は腹部にある「気門」から「気管」と呼ばれる中空の管が枝分かれして全身に張り巡らされ、ダイレクトに酸素を供給します。スプレー式の殺虫剤が劇的に効くのはこの為です。蝶やバッタの腹を観察すると、腹部が膨らんだり縮んだりしているのが判ります。小さな昆虫の体には人間のような肺を収める余剰スペースがありませんので、気管の方が向いているのですが、体が大きくなると途端に効率が悪くなり、スムーズなガス交換が行えなくなるのです。

②.昆虫の血液はガス交換に関わらない為、栄養やホルモンを組織に供給して「ひたひた」の状態を保てば良いので、力強い心臓を持っていません。背面を走る太い血管が収縮してスプリンクラーのように血液が噴き出し、腹に集まった処で血管に回収されます。これを「解放血管系」と呼んで、人間のような「閉鎖血管系」と区別しますが、体が大きくなると効率が悪くなります。

③.昆虫は脱皮を繰り返すことによって成長します。脱皮した直後の体は柔らかく、無防備です。外敵に襲われるとなすすべもなく食べられてしまいますし、細い足が体重を支え切れずにグニャッと曲がったら、元に戻すことが出来ないまま、固まってしまいます。説明が前後しますが、昆虫の体(外骨格)を構成する「クチクラ」というタンパク質は、脱皮の前に成分が血液に溶けだして柔らかくなり、血圧で体を膨らませて古い体を破ると、新しい体に成分が定着して元の固さに戻るのです。
トンボやセミを観察すると、羽にも血管が走っていて、筋状になっているのが判ります。脱皮直後にクシャクシャだった羽が次第に伸びていくのも血圧によるもので、羽が引っかかって古い体から引っ張り出せないと、完全に伸びきらないまま固まってしまい、こうなると飛んで移動することが出来ず、餌や繁殖相手にたどり着けないまま、死を迎えることになります。

あと少しで夏がやってきます。山を注意深く散策すると、脱皮に失敗して半分出かかった状態のまま、体が固まってしまったセミの死骸を見つけることがあるでしょう。彼らがもし人間大の大きさだったら、あるいはもっと大きなサイズだったら、脱皮の困難さは想像を絶するものがあり、もし成功しても非効率な呼吸器官と血管系では空をブンブン飛び回るような活発な生き方は出来ない、という事に思いを馳せて、そっと土に返してあげて下さい。

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