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CAFUNE(カフネ)

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               ◇◇◇
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子供の頃、淡い恋をした。
実家は自営業だったので両親の働く姿を見ながら育った。経理の母が「それ」を大切に数える姿をいつも見ていたため、多くの「それ」を得ることに早くから興味を持った。学校から帰るとお茶出しや事務所の掃除などよく手伝いをしたものだ。子供時代が終わり社会人になってからも片思いは続いた。
20代前半は、片思いに恋い焦がれた。
社会人になっても、私はフリーターとして職を転々としていた。求めれば求めるほど、「それ」は遠く、必死にアピールしてやっと振り向いたと思っても、霞を掴んだようにいつの間にか消えてしまう。振り向かせるための工夫も欠かさなかった。はっきりとした思いの丈は頭の中になかったが、とにかくに沢山「それ」を得たかった。人に助けてもらうのではなく、自分の力で振り向かせかった。休日は図書館へ行き、「恋愛マニュアル」を読み漁った。読めば「それ」と両想いになれる気がしていた。ただただ恋い焦がれた。
20代後半で、その恋はついに成就する。
初めて振り向いてもらえたと感じたときは嬉しくて、ツーショット写真を山ほど撮った。ただ「それ」が傍に在るだけで、夢心地だった。私はその恋に溺れ、盲目になり、より多くを求めた。喜びは永く続かなかった。いつからか、日常は色を変えていった。日中夜、思い続けることの辛さを知り、「それ」を振り向かせるために絶え間なく続く努力の日々もいつの間にか私を蝕んでいった。気が付いたときには心が壊れていた。支払える対価はもう私には残っていなかった。
今の私は、人の優しさの庇護のもと生きている。もう一度、今度は心を大切にできる恋に出会えるように。「それ」は今の私に満面の笑みでは微笑んではくれないが、不思議なことに心は穏やかで、日々平穏な生活を楽しんでいる。
私は人生を賭けて「それ」と両想いになることを望み、恋い焦がれ続けてきたが、今は、顔見知り程度の仲がちょうど良いように思っている。寂しくも苦しくもない。その今が、とても心地良い。
恋は終わった。もう私は「それ」に振り向かない。


           ◇◇トンネルマガジン◇◇

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