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25歳の旅 五能線(写真は、38年前の津軽鉄道金木駅)

「ほれ」と言って、行商のおばさんが大きな行李の中から1個のリンゴを差し出した。

「ん?」と、僕が怪訝な顔をしていると、おばさんは「け」と言う。「食え」と言っているのだ。

「いいんですか?」と言うと、おばさんはリンゴが入った行商の行李の中を確認していて聞こえないようだった。仕方がないので「ありがとうございます」と返事をして、貰ったリンゴを、自分が着ていた革ジャンの袖で拭いてから一口齧ると甘い果汁が口の中に広がった。

「美味しいですね」と言うが、おばさんは相変わらず行李の中の整理に夢中だ。「もしかしたら、リンゴを買ってほしいから試食の意味でリンゴをくれたのかもしれない…」と思ったが、旅の途中であるから何個もリンゴを持って歩けない。申し訳ないが買う気はない。

車窓から見える風景は、まだ雪が残っている。東北の3月は、まだ冬だ。
しばらくすると列車が川部駅に着いた。行商のおばさんが降りようと行李を持ったので「手伝いますよ」と言って行李を支えると、ズッシリとした重みを両腕に感じた。

「こんな重いものを担いで平気なんですか?」と言うと「ああ」と言って振り返りもせずに出口に向かって歩く。僕も行李を支えながら、そのあとを歩く。列車の階段を降りながら行李を担ごうとしたので、「よいしょ」と言って担がせてあげた。当時の列車の出入り口は数段の階段があったので、おばさんが行李を担ぐ支えを後ろ側から補助したのだ。

「大丈夫ですか」と僕が言うと「ああ、どうもね」と言って素っ気なく駅の改札に歩いて行った。後からおばさんを見ると、大きな行李が歩いているように見えた。

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