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『槍ヶ岳開山』 〜山に登る意味とは〜

 題名に表した『槍ヶ岳開山』は、作家の新田次郎が書いた、槍ヶ岳初登攀に成功した修行僧・播隆の生き様を描いたフィクション小説のタイトルだ。富山の百姓一揆にて、思いがけず妻のおはまを殺めてしまった商人・若松が僧となり、播隆としてその罪の償いを山に求めるようすを描く物語である。


 この物語では、播隆は高く空を見上げてもなお岩壁が聳え立つ槍ヶ岳の、多くの困難に直面する。そして、彼はことあるごとに山に登ることの意義を問う。「なんのために槍ヶ岳開山をするのか−ふと彼は闇の何処かで、そのような声を聞いた。その声に時折播隆は悩まされていた。彼はその声に対して、回答はしなかった。声と理屈の云い合いをすると、負けるからだった。彼は声に対して、声をあげて名号を称えた。」播隆は、おはまを殺してしまった煩悩に苦しむなかで、名号を唱え、一心不乱に山に挑むことで、おはまに対して赦しを請おうとしている。


 『一心不乱になるために山に登る。困難に立ち向かう。一心不乱とは自分の力だけで求めることのできる境地だ…』と彼は説く。山行にあたって多くの困難が伴うことは想像に難くない。黒部の山々の縦走の最中は「山は降るために登る」と揶揄されるほど山に登る動機はそう大層なことではないのではないかと、その動機を見失いそうになることがあった。しかし、山に登り困難に直面するなかで自分自身と向き合うことのできる時間が生まれることは重要である。つまり、山行中に伴う天候などの困難に自分達の力で解決しようとしていく姿勢が重要であったといえる。そこにはいかなる余計な考えが存在しない。まさしく一心不乱なのである。播隆もまた、念仏を唱えるだけで極楽に行けると解釈して現世への諦観にはしるのではなく、自分自身と向き合って念仏を唱えることが極楽へと向かう手段であり、またそれはおはまへの赦しを請う手段であると説いている。


 そのようななかで、彼は「五色に彩られた虹の環が霧の壁の中にあった。五色の環の中心をなす赤色光は血のように鮮明だった。(中略)播隆は虹環の中に如来を見た。現実にこの眼で、誰にも見ることのできないものを見たと思った。」といったことを経験する。それは紛れもなくブロッケン現象であり、自然現象として論理的に説明することが可能だ。しかし、物語のなかに登場する蘭医、高野長英は「その自然現象を見る人間が、美しいと感ずるのも、怖(おそろ)しいと感ずるのも、神の御来迎だと感ずるのも、これは心の問題だから全然別なんです。あなたが、そこに、おはまさんの姿を見たらそれはまさしくおはまさんであり、初之助さんが母の姿を見たならばそれは母の姿でいいのです。私は科学の世界と心の世界とは別に考えるべきだと思っております。」と播隆の経験を肯定する。たとえそれが科学的にブロッケン現象と呼ばれるもので、見た影が自分自身のそれであったとしても、一心不乱になるために山に登り、困難に立ち向かった上で体験するそれとは全く別のものといってよいだろう。播隆はこのブロッケン現象を宗教に結びつけ、そこにおはまの亡霊をみた。たしかに、実際に三俣蓮華岳で見ることのできたブロッケン現象は単なる虹とは違い、いつまでも見入ってしまうような美しさを持っていた。


 「山に登る意味は何か。」シンプルだが、答えに窮する厄介な問いである。しかし、一心不乱に自分自身に向き合う姿勢が重要なことはもちろん、その姿勢によって、山でのできごとに超越性を感じることが、人々を山に向かわせる動機となるのだろう。『槍ヶ岳開山』をはじめ、古来より宗教的な意味合いが強い登山であるが、現代社会においてレジャーの要素が高まってもなお、それは山に登る者として意識させ得る。今回の山行での数々の困難や贅沢な経験から、自分自身に向き合い、神々しさに僅かながらも触れた貴重な時間であったことを改めて振り返りたい。

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