見出し画像

1億年前の地層から発見された微生物が「生きていた!」驚きの発見をされた、諸野祐樹さんが所属する、海洋研究開発機構で、深海の不思議をたっぷり聞いてきました。

2020年に海洋研究開発機構(JAMSTEC)の諸野祐樹さん、高知大学、ロードアイランド大学などの研究チームは、海底から約1億年前にできた地層を採取し、その中に微生物が生きていることを確認したと発表しました。
ワクワクがとまらないこの発見。今回は、神奈川県横須賀市に本部がある海洋研究開発機構にうかがい、海洋研究についてたっぷりお話を聞いてきました。想像もつかない海の魅力、海の不思議をお伝えします!

1.深海ってどんな世界なの?

―早速ですが、深海はどんな世界なんですか?

そうですね、まず深海の一番の特徴は水圧です。水の中では水圧がかかります。水中の物を水が押す力です。
この写真を見ると、カップ麺の容器が水圧によってどんどん小さくつぶれていくのが分かります。

画像1

水圧が全方向からかかるので、容器に書かれている絵や文字がそのまま小さくなるのです。1万メートルまで行くと、指の先に、だいたい1トンの重さがかかります

容器は発泡スチロールでできているので、中に入っている空気が押されて「ギュッ」とつぶれてしまいます。逆に生卵やトマトなどは中身の大部分が詰まっているのでつぶれません。この話を子どもたちにすると、びっくりします。

―なるほど。物体によって違うのですね。

空気は圧力によって体積が大きく変わるので、空気を含む物体は、水圧がかかると小さくなったり、縮むことに耐えられなくなって壊れたりします。なので、潜水船も、人が乗り込むところなど、中に空気がある場所は、頑丈なチタン合金などできっちり守っています。
それ以外の部分は、油漬けになっています。油の場合は空気のように圧力によって大きくなったり小さくなったりしにくいので、中と外の圧力を同じにして装置が壊れない仕組みになっています。

ー水ではなく油なのですね。

装置に水が入ってしまうとショートしてしまいます。

ーなるほど!ちなみに、写真の容器は深海へ持っていったのですか?

JAMSTECにある、高い水圧をかける実験設備で行ったものです。実際に海底での観測装置計器などが水圧に耐えられるか検査をするための設備があります。そんな大規模な設備でこの小さな容器をつぶしました。(笑)
例えば、「しんかい6500」が潜ることのできる最大水深の6500メートルでは1平方センチメートルの広さに軽自動車1台が乗っているような圧力になります。自分の頭の上に、6500メートル分の水が乗っていると考えると、とてつもない重さですよね。そういった意味で深海は、宇宙に比べて、距離的には遠くありませんが、陸上の私たちからすると入り込めない世界です。

ー深海において水圧による影響は、私たち人間には想像以上のものがあるんですね。興味深いです。ほかに深海の特徴はありますか?

太陽の光が届かないので、深海は暗く、海底の水温が数度しかない、とても寒い世界ということです。「しんかい6500」に乗るときには、こういったスーツを着用します。

画像2

保温性に優れており、燃えにくい素材でできています。船内は完全に密閉空間です。呼気に含まれる二酸化炭素は薬剤に吸収させ、酸素を足すことで船内の酸素濃度を保っています。
酸素は引火する可能性があります。そのために、燃えやすいもの、静電気を出すもの(フリースなど)は持ち込めないのです。ちなみに、化粧品にも可燃性の成分が含まれているものがあるからダメです。
船内は暖房もありません。ですから、防寒もかねて温かい素材でできています。ただ、Tシャツの方もいたそうです。南のほうの海域に調査に行く際は、海の表面付近の水温が30度近くあるので、船内が暑かったそうです。

―暗くて寒く、さらに水圧もある過酷な環境での調査だということが分かりました。普段私たちが生活する環境とは、全然違います。だからこそ、安全に調査できるよう着衣や船内には様々な工夫がされているのですね。

2.まるで宇宙船!「しんかい6500」はこんな船です。

画像3


ーそんな過酷な環境の深海に行く、「しんかい6500」とは、どのような船なのでしょう?

横須賀市にあるJAMSTEC本部に「しんかい6500」の実物大の模型があります。路線バスくらいの大きさですが、人が乗れるのは手前にある丸い耐圧殻と呼ばれる空間だけです。
一方、写真下が「しんかい2000」の模型です。いまは新江ノ島水族館で実機が展示されています。「しんかい2000」は昨年に「ふね遺産」にも認定されました。当時、深度6000mまで潜れる世界一の調査船を作ろうという目標があり、まず知見をためるために2000m級の潜水船の開発がスタートしました。運用当初は、潜航中に電源が落ちるなどの怖い思いもしたそうです。

画像4

―電源が落ちる?!そうなると、船は機能しなくなってしまうでは?

安心してください。船は電源が落ちると、自動で錘を切り離し、浮上してくる設計なので、どこかに絡まったりしなければ浮き上がってくる仕組みになっています。

ーなるほど、安心しました。他に船内にはどんな工夫や装備がされているのでしょう。実際、「しんかい6500」はどんな任務を行うのですか?

そうですね、「しんかい6500」は窓が3つあります。有人潜水調査船の最大の特徴は「人が乗って直接海底を観察できる」ことです。乗員はこの「のぞき窓」から海底を見て、潜水船を操縦したり調査作業を行ったりします。
深海の高い水圧に耐える必要がある一方、水圧による変形に耐えられる柔軟性も不可欠なので、この「のぞき窓」は厚さ138mmのメタクリル樹脂によってできています

船の装備としては、船の手に当たるマニピュレータが2本、そしてテレビカメラとスチールカメラがあり、また深海は暗いため照明もついています。窓をのぞきながら操縦もできますし、カメラを見ながらも操縦もできます。マニピュレータを使って、海底まで持っていった観測装置を設置したり、回収したり、試料を採集することが可能です。

画像5

船体後部にスラスタ(推進装置)が付いています。前後上下左右に動けるように、計6基あります。海中でヘリコプターのような動きができると想像してもらえると分かりやすいと思います。

画像6


ここは操縦席ですか?ずいぶん狭そうに見えますが…。

そうです。人が入れる部分はこの部分だけです。実際は上にハッチがあり、はしごで入ります。これは模型ですが、操船の機器も本物そっくりです。なんとここに3人が入ります。パイロット2名(主操縦士、副操縦士)、残り1名が調査する人(主に科学者)が基本的な乗員構成です。

ー操縦席などは見当たりませんが、乗船の際はどういった姿勢になるのでしょうか?

面白いことに気づきましたね。下のクッションにしゃがんだり、寝そべったりして乗るのです。操縦や、マニピュレータを動かすためのコントローラーが別途あるのですが、この中で寝そべりながら操縦していきます。特にあぐらをかけない外国の方はつらいそうです。
ちなみに、「しんかい2000」は、操縦席から外が見えませんでした。外を見る人の指示で操縦していました。
「しんかい6500」はバッテリーで動いています。潜航時間は1回約8時間です。6500mまで潜ると、片道2時間半かかるので、海底で調査できるのは3時間しかありません。限られた時間内に海底で行う調査はたくさんあるので、事前にしっかり準備をしていきます。
狭い空間ですが、貴重な時間ですね。

ー8時間の乗船中、食事などはどうされているのですか?

食事は母船のコックさんが事前にお弁当を作ってくれるので、乗船者3人分のサンドイッチと水筒を持っていきます。ちょっとしたおやつも持っていきます。また、よく聞かれるのはお手洗いの問題です。実はトイレがないので、簡易トイレやおむつが用意されています。

ーえぇ!トイレがないのですね。乗船前から水分を控えないと。長時間、狭い場所にいるのはそれなりの準備が必要ですね。操縦士の方は全体で何名いらっしゃいますか?

運航チームは10数名います。「しんかい6500」の場合、整備も行います。整備・航法管制・操縦をローテーションで調査していきます。潜っているときも、母船にいる運航チームのメンバーが音波で潜水船と交信をしています。

ーチームのメンバーの仕事は多岐にわたるのですね。システム全体に精通していないと、務まりませんね。

そうです。初めは潜水船を組み立てるところから覚えます。つまり、整備作業から学びます。もちろん、海底で直すことはできませんが、全体を把握できていないと緊急事態に対応できないことがあります。ちなみに、「しんかい6500」は船扱いで、小型船舶登録をしています。操縦士が必要な免許は小型船舶の免許です。操縦方法は全く違うそうですが。

―このような特殊な船が、小型船舶と一緒の免許というのは、面白いですね!

3.JAMSTECはどんなことを調べているの?

ー興味深いお話をありがとうございました。未知なる深海の世界に引き込まれていきそうです。JAMSTECでは、普段どのような研究・調査をされているのでしょうか?

JAMSTECは、「しんかい6500」のような有人潜水調査船や無人探査機、研究船を運用して研究を行っています。北極エリアの調査や海底掘削、西之島の火山にも調査にいきます。日本は海に囲まれていますから、そういったエリアで海の環境変動や深海の調査をしています。
他にも、海底で起きる地震の観測や、地球の環境を観測するデータを取りながら、シミュレーション研究も行っています。
横浜研究所に「地球シミュレータ」というスーパーコンピューターがあります。ノーベル物理学賞を取られた真鍋淑郎先生は、JAMSTECのフェローでもいらっしゃいます。最近ですと、地球温暖化予測の研究をはじめ、大気と海の相互作用に関連して「海が温暖化すると台風が強大化する」という予測結果が得られるなど、スーパーコンピューターを駆使した地球環境の変動に関する研究も行っています。

ーJAMSTECでは、海の研究・観測データはもちろん、計算によって未来を予測する研究もされているのですね!数年後、10年後、もっと先の未来を予測する仕事にロマンを感じます。

画像7

例えば今、北極を調べに行くための船の建造計画が進んでいます。地球の温暖化は極域での影響が大きく出るため、日本も科学の部分で貢献しようとプロジェクトが進んでいます。
現在、「みらい」という船は北極海へ調査に入っているのですが、砕氷能力などはありません。新しい船は砕氷能力を持たせる予定です。ちなみにこれはこの前の調査の際に、北極海からとってきた海氷です。

画像8

ー北極からの氷!?ちなみに、しょっぱいんですか?


実は北極の海氷は、あまりしょっぱくありません。南極の氷は、雪が氷になっているので、空気を含み、溶かすとパチパチと音がすると聞きます。
海氷が減ると太陽からの多くの熱を、海が吸収することになります。海は大量のエネルギーを蓄えることができますので、海水温の変化は地球環境に大きな影響があります。また、海は10年単位の時間でゆっくりと変動していきます。さらに、深海となると、水温は数千年もかけて変化し続けると考えられています。

ー地球規模の問題となると、世界中の海へ調査に出かけなくてはいけませんし、果てしない任務ですね…。

こうしている今も、世界各地中の海のデータを取るため、調査に参加しています。

画像9

この装置は、水深2000mまで潜り、データを取り、自分で浮上して人工衛星にデータを送る「アルゴフロート」という観測装置です。各国協力の下で全世界の海で3000台以上が稼働していて、常に海洋内部をモニタリングしています。ニュースでエルニーニョ/ラニーニャ現象ということを聞いたことがありますよね。このような観測の仕組みが“海の健康診断”につながります。

4.地質学的お話について~地震のしくみを探る調査~

深海の海底には、摂氏数百度にもなる熱水が噴き出す「熱水噴出孔」と呼ばれる場所があり、その周りにはさまざまな生き物がびっしりと生息しています。日本の周辺では沖縄トラフや伊豆・小笠原海域に深海熱水域が確認されています。
熱水鉱床には金属(鉛、亜鉛、金銀銅など)が入っており、どうしてこういった場所の熱水鉱床が成長するのか、どうやったら効率的にこのような見つけられるのか、そういった研究をしています。
深海の熱水噴出域で起きているような地質的な活動の結果、何万年もかけてできあがったものと考えられます。同時に、海底が開発された場合に、環境にどのような影響を与えるかということも研究を進めています。

画像10

こちらは、地球深部探査船「ちきゅう」という研究船についている、海底を掘る装置の操縦席です。モニターを見ながらドリルを操縦します 。

ーロボットを操縦しているみたいですね。

ここに座って操縦する技術者は、ドリルにどれくらいの力を与えると、きれいに地層のサンプルが取れるかを計算して操縦しています。地下の世界は目には見えないですし、ドリルの先にカメラが付いているわけではないので。元々、石油などの掘削で培われた技術です。

画像11

▲『深く、深く掘りすすめ!ちきゅう』(著:山本省三 絵:友永たろ)くもん出版より発売中です。

「ちきゅう」を使って海底の地層を調べ、大きな地震を引き起こした地層の調査もしています。日本の周りは4つのプレートがせめぎ合っており、破壊が起こって地震につながります。
実は、東日本大震災の際、一度「ちきゅう」自体も津波の被害にあいました。海底下の生命圏を調べる調査航海に行く準備を整え、青森県八戸港に停泊していました。諸野さんも研究者として参加するために「ちきゅう」に乗り込んでいました。そこへ、地震が発生し、「ちきゅう」も津波にもまれて船底のスラスタなどが壊れました。
ちょうどそのとき、地元の小学生たちが船内を見学中でした。大津波警報が出たため、船長は子どもたちを下ろさずに緊急離岸し、津波に耐えました。実際、あとで航跡データを見ると、船がぐるぐる回っていたようです。船の制御に必死だったと聞きました。

画像12

その後、東日本大震災の震源域の調査が緊急で計画され、震災の翌年に実施しました。その時にプレート境界断層の採取に成功した「サンプル」の模型がこちらです。
本来、このような研究航海は10年単位でしっかり準備をするのですが、地震による断層の摩擦熱を直接計測するために、「ちきゅう」を修理し、掘削計画や調査の資機材の準備、科学研究チームの編成など、国際的に研究機関が一丸となって取り組みました。その結果、水深が約7000mもある深海から掘削調査を行い、プレート境界の断層サンプルを取ることに成功しました。
そこには岩盤が破砕されている地層がありました。この破砕されている地層が粘土質で、熱が加わると、滑りやすくなる性質を持っていることが分かりました。
また、掘った穴に高精度の温度計を取り付けて長期間の計測を試みました。得られた温度のデータをモデルに当てはめて計算すると、東日本大震災時にプレート境界断層では摩擦がとても小さくなって、滑りやすい状態になり、大きく断層が動いたということが分かりました。海底が大きく動いたことで、大きな津波の原因となりました。
巨大地震が発生した現場から初めて得られたこのような科学的なデータは、各地の防災対策の参考として活かされています

5.生物学的お話について~1億年前の地層から微生物が出てきた~

ーJAMSTECでは、生物学的にも大切な研究がされているそうですが。

はい。例えば、東日本大震災のあと、まだ余震が続いている時期ではありましたが、「しんかい6500」も震源域の海底に潜って調査しています。海底には地震でできたと思われる亀裂も観察されました。そこは、地下からガスなどが噴出してバクテリアが繁殖していました。

また、熱水が噴出しているところは、その環境に適応した生き物がいる、貴重な場所です。熱水に含まれる硫化水素を取り込んで、エネルギーとして利用する微生物が見つかっています。
地球の内部から湧いてくる化学物質を使って生きられる生物なので、いわゆる光合成とは違う仕組みとして、“もう一つの生態系”とも呼ばれます。そこには、微生物と共生している貝やエビなどもいます。
こういった極限的な環境は「地球に生命が誕生した場所」かもしれないという研究もあります。
今、火星では、探査機が地面を掘ってサンプルを取ったり、木星にも探査機を飛ばそうと計画されていますが、「海底火山活動と海があれば生物が生まれた痕跡があるのではないか」と推測されています。人間のように進化をしているか分かりませんが…。

ー夢が広がりますね!

先ほどの「ちきゅう」が海底のさらに下から取ってきたサンプルを調べると、微生物が見つかっていて、生きているものもいました。地層ができた年代から、1億年前の微生物らしいというものまで見つかりました。我々には想像できなかった地下の世界が広がっているぞ、ということが分かってきました。私たちとは違う生き方をしているようですが。

分裂するのに数千年かかると、今回発売される諸野さんの本(後述)に書いてあって…

そうです、そうです。私たちからしたらほとんど生きていないのでは?と思えてしまいますが、生物の時間はそれぞれ違いますからね。そう考えると、さまざまな発見によって、私たちの生き物に対する価値観が変わっていくんだなと感じました。

ーまさに、本の中に書いてあった「生きものってなんだ?」という問いですね。

日本のすぐ近くの海底にこのような環境があることは、日常生活では考えることがないと思いますが、地球全体の環境からいうと、多様な生物がいることは、無視できないだろうと考えられています。46億年の歴史から考えると、今の地球の環境があるのは、こういう生き物がいたからなのかもしれません。おそらく、もしヒトが絶滅しても、こういう生物は生き続けるのかもしれませんね。


ーJAMSTECでは、海の研究・調査をさまざまな分野にわたり調査することにより、海の謎を解き明かそうとしていることが分かりました。
2022年2月1日刊行の『生物がすむ果てはどこだ? 海底よりさらに下の地底世界を探る』(諸野 祐樹・著)でも、子どもの好奇心をくすぐる、ワクワクするようなお話が満載です。ぜひお手に取っていただけると嬉しいです。

画像13


くもん出版では、インタビューに出てきた「しんかい6500」についても、本を出版しています。

『すごいぞ!「しんかい6500」-海の底の宇宙をめざせ』の詳細はこちら

画像14