掌編「待合所。一人。」

突然の雨に濡れた髪を拭く術も持たず、逃げ込んだバスの待合所のベンチに腰掛ける。スマートフォンを取り出し、我が身の悲運を訴えようとしたが画面に写る自身の顔が清められた塩で出来た監獄に10年は閉じ込められるであろう、懲役刑に値する物の怪のそれだったのでスマートフォンはカバンに放り込んだ。全身から水が滴る。雨音が重い。家まで5km。絡みつく梅雨を引き摺って歩くような陽気さは持ち合わせてはいない。自販機でナタデココが入ったぶどうジュースを買った。こんなにも水に塗れて尚、喉は水分を求めるのか、と思った。硬い壁に背を預けて天井を眺め、ナタデココを噛みながらバスを待つ。タピオカよりはこっちの方が好きだ。髪から落ちる水滴が首筋や背中を伝う。行先の違うバスが二つ、誰も乗せずに雨の中へと滑り出た。沈黙を載せたバスを二度見送った。濡れた手でまたスマートフォンを取り出す。手に持ったペットボトルのラベルを撮ってSNSへと投稿し、残りを一気に飲み干した。バスが待合所の前に停まり、私を迎え入れるべくドアを開ける。5kmの家路。梅雨を奏でる。