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ジンジャーハイボールと彼 14 〜野生の勘〜


 
 
 さぁ、今日は待ちに待っていた日。
 韓ドラ「危ない兄弟」、略して「あぶブラ」の映画が上映する一日目の日だ。

珍しく土曜日なのにお休みで、初日に行くことが可能だなんて。
 
 あぶブラで主人公の男性がよくかぶっていた黒いキャップ、これに似たものを今日はかぶって行こう。
 常に反社会的勢力に追われていた主人公は、破れたデニムを履いていた。そっくりではないけど自分が持っている中で一番近いデニムを選んで履くと、気持ちが高揚してきた。

 ドラマでは最後、もう組織から追われることはないという約束が交わされハッピーエンドになる直前だった。
 それが、組織から命を守り続けてくれた兄弟の兄がその約束と引き換えにいきなり殺される、という話で終わっていた。

 日本での人気が高すぎて、韓国と同時上映するという異例の措置がされたと聞いている。
 一体どうなるのか、主人公や追いかける組織の登場人物を久しぶりにみられる!
 しかもドラマではなく、映画館で見ることができるなんて。
 
 SNS上では亡くなった兄はもしかして死んでいないのでは、という噂も出ており気になって仕方がない。
 
 もう一つ、気になることが。
「昨日の日下部さんのスマホケースって・・・」

 先日のビアガーデンは楽しく終わった。二次会はそれぞれに翌日の予定があるということで行かず、来月にリゾートビアガーデンへ行く約束をしてお開きとなった。
 
 ビールや食べ終えたものを片付けているときだった。
『ん?日下部さんのスマホケース』

『え?』

『これ、どうして買ったんですか』
 木原は驚いて日下部に問いかけた。

『確かに、先輩の好みとは違いますよね。いつも黒とかグレーなのに、黄色って珍しい。しかもなんかキャラクターついてるし』

『あー、えーと。占いで良いって言われたから。黄色が・・・』

『え?占いとか、絶対信じないでしょ。嘘つくにもほどがありますよ』
 伊藤は、片付けをしながら笑ってそう言った。

『もしかして元彼女さんが選んだとか』
 香澄は好奇心にあふれた様子で聞いた。

『え?あっ、どうだったかな』

『ええ、元カノはかなり前ですよね。そのスマホケース今年から使ってるし。先輩っぽくないなって思ったんでしっかり覚えてます。元カノとタイムラグあり過ぎですよ』

『まぁ、たまにはこういうのも良いかなって。ああ、ごみは俺が捨てに行くから。この袋に入れて』
『あ、ありがとうございます!さすが先輩。良い男!』 

『お前、これうちのテーブルのじゃない、隣の人の食べ物だぞ』
『あああ』
『こっそりもどせ、はやく!』

 散々だった。

 じゃなくて、おかしい。
 あのスマホケースは韓国ドラマの日本公式ウェブページでネット販売されたものだから、その辺で適当に選んで買うというより、ドラマを見ていないと購入しないはず。
 
 元カノがあのドラマを好きだったとか、だとしたらまだ元カノに未練があるのかな。

 もしかして、だからアナウンサーとの恋話で悲しそうな顔をしていたのかも。
 
  

 
 JR札幌駅に併設の商業施設『ステラプレイス』に着いたのは、上映開始の1時間前だった。ここの7階にある映画館“札幌シネマフロンティア”で観ることを予定していた。

 三階に好きなブランドのお店があったので、前に良いなと思ったスカートを見ていくことにした。

 ん、今お店の前にいた人って・・・。
通り過ぎたお店に知り合いがいた気がしたので、振り返って再度見直してみた。

 ただ、黒いキャップを被っていてしっかり見えていない、見間違いかもしれない。

 その人は時計を見ている様子だった。
 近づき、さり気なく横顔を凝視してみた。
 長身で端正な顔をしているのですぐに気付いた。
「あっ!やっぱり。日下部さんじゃないですか」

「うええ、びっくりした。木原さん?」

「あはは、昨日の今日ですね。お買い物ですか」

「ああ、はい。時計が好きで。欲しいものが置いてあったので、つい見入ってて」

「そうなんですね」

 あ、やばい。
 私、映画にテンションが上がって変な服装かも。今回はイベントではなく映画なので、そこまで隠す必要がないと思い気を緩めていた。

「木原さんは買い物ですか?誰かと待ち合わせとか」
「え、・・・買い物です」
「そうなんですね。あっ、じゃ俺行きますね」
 時間を確認して驚いた顔ですぐに行ってしまった。

 あれ、もしかしてあのアナウンサーと会うのは今日だったのかも。
 
 その後、アクセサリーを少し見てからエスカレーターで7階へ向かった。

 驚いたことにエスカレーターの上の方に再び日下部さんの姿が見えた。

 あれ、おかしいな。あんなに急いでたのに。このあとアナウンサーと会う場面に鉢合わせしたらどうしよう。後をついてきたと思われるかも。

 ん、待てよもしかして。
 なんだか野生の勘が働いた。
 もしかしたら、そっちかも知れない。

 彼は7階で降りた。7階は映画館しかない。
 やっぱり!!しかもなぜかマスクをしている。さっきはしていなかったのに、離れたあとにわざわざマスクをしてから向かって来たんだ。
 
「日下部さん!」
 言おうとして言うのをためらった。
 もしかしたら、私とは違う映画を見るのかもしれない。もしかしたら、一人じゃなくやっぱり例のアナウンサーと待ち合わせしているかもしれない。

 
 もう一人の自分の声が聞こえた。
 『いや、今日の私はいつもと違う』
大好きな映画上映による興奮のせいかもしれない。
 『聞いてみよう!』
 
 
 すると、いきなり後ろから肩を叩かれた。

「やっぱり。木原さん」
「ひぃ、日下部さん!」

 先に気づかれてしまった。
「さっき、手元に映画の券を持ってたので、なんで嘘つくのかなって思ったんですよね」

 馬鹿だ、ウキウキしすぎて手元にチケットを握りしめていた。これは、心配性な性格による癖で、未だに一人で行くときはやってしまう。

「日下部さんだって、こそこそ『あぶブラ』の映画を観に来てるじゃないですか。さっきまでマスクなんてしてなかったです」
「いや、トイレがここのフロアが一番多いので、上の階で買い物のときは来るんです」

 ええ、違ったかな。

「でも、その帽子はあぶブラの主人公がかぶっていたものにそっくりです。それにデニムも。私もですが・・・。あと、前回のハン・ヘギョのイベントのときも同じ黒い帽子でしたよね」

「いやいや、あのときは白い帽子ですよ。あっ!」

「やっぱり!前回のイベントで会ってますよね」

「ああっと」

「ずっと、引っかかってたんです。あのスマホケースを見てから」
「・・・やっぱり」

 彼は手をおでこに当てて、目をつぶった。そして私を見て言った。
「堪忍します。俺も韓国ドラマ大好きです。酒を飲みなが見るのが、休みの日の楽しみです」
「やっぱり!当たったぁ」

 彼は少し笑った。
 自分で自分のリアクションに驚いていた。変わりたいとは思っていたけど、自分の感情をここまでだすとは思わなかった。

「木原さんも前回のイベントで同じキャップとリュック持ってましたよね、ただ今日は髪型が違ったので確信出来なかったんです。今、声かけるときは賭けでした」

「嫌だ、このリュックは大事な日に使うんです。ジンクスみたいな感じで。今日も別に荷物なんてないんですが」

「そうだったんだ。そんな大きなリュック、前回も今回もわざわざ持ち歩くような感じじゃないよね」

 そう言って笑っていた。
 お互いに嬉しいような恥ずかしいような気持ちがしたけれど、昨日から心を少し許していたし、映画が楽しみでしょうがない気持ちが上回っていた。

「せっかくなんで、一緒に見ましょう。何かフード買いますか。今日は俺が奢ります」
「え!ありがとうございます。今日は、ジンジャーエールとホットドッグにします」

 すでに、上映まで残り20分前だった。


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