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21世紀生まれの新卒採用②【採用活動のテクノロジー化】

採用のテクノロジー化は避けられない

テクノロジーの発展が採用活動に及ぼす影響というと、AIによる仕事の自働化に焦点が当てられがちだ。それは、オックスフォード大学のオズボーン氏が言うコンピュータによる職の代替を指すこともあるが、AIによる仕事の自働化の本質は業務プロセスの効率化データ分析によるビジネススキルの高度化だ。これら2つの特徴が、労働生産性の向上に寄与すると期待されている。

採用活動におけるコストは、日本のみならず世界中の企業で問題視されてきた。1人の人材を採用するためには、求人広告や選抜のための予算、募集開始から内定までの時間、採用担当者や面接官などのマンパワーなど、数多くの資源(リソース)が消費される。それにもかからわず、コストをかけて採用したとしても、採用した人材が必ず成果を出してくれるとは限らない。つまり、採用活動は投資対効果が非常に悪く、不確実性が高いと言える。そのため、不確実性を下げるために、人事施策の中では最もテクノロジーの導入が盛んな分野である。

歴史的に見ると、採用活動におけるテクノロジーの導入は、1990年代後半で大きな転換期を迎えている。そして、2010年代末の現在、新たな転換期にあると言える。


90年代の採用プロセスのテクノロジー化

1990年代後半における採用活動のテクノロジー化は、なんといってもパソコンの一般家庭への普及とインターネットの登場だ。日本におけるインターネット以前の採用活動は、リクルートブックに代表される紙媒体の求人誌で企業を調べ、葉書を出して応募するというプロセスが主流であった。また、学生が企業情報を調べる手段も限定されており、東洋経済新報社が1983年の9月に創刊した「就職四季報」は重要な情報源であった。

しかし、1995年の「windows 95」の発売とインターネットの登場によって、就職活動における情報収集の在り方は大きく変化を遂げる。1996年には、現在のリクナビの前身となる「Recruit Book on the Net」がスタートする。マイナビは、リクナビよりも早く、1995年12月に「Career Space」という名称で誕生している。インターネットによる求人媒体の変化スピードは早く、2000年代初頭には紙媒体の求人誌は姿を見なくなっている。

求人媒体のWEB化は日本だけの話ではなく、全世界で生じた変化である。紙媒体と比べ、インターネットは求人や応募者情報のデータベース管理も容易であるため、企業も積極的に取り組んでいった。しかし、その反面、インターネットによる求人には負の側面があった。細かい課題は数多くあるが、大きな課題は2つある。

第1の課題は、応募者数の偏在だ。ウェブ求人の最大メリットは、インターネットにさえ繋がっていれば誰でも情報にアクセスできることだ。そのため、最終消費財を扱う知名度の高い求人には数多くの応募者が殺到する。新卒採用では、1社の求人に数万単位で応募者が殺到することになり、応募者管理と書類選考だけで膨大な時間と人員を割くことになる。また、求職者は複数企業の求人に応募するのが当たり前となり、競合との争いも激化している。その反面、知名度の低い企業には応募者がまったく集まらず、応募者のプール(採用担当者は「母集団」と呼ぶことが多い)を作ることに苦労している。立命館大学の高橋潔教授は、このような問題点を指摘し、母集団形成を前提とした採用活動の在り方を変えていかなくてはならないと警鐘を鳴らしている。

第2にの課題は、口コミによるリスクである。「みん就」に代表される口コミ情報サイトや掲示板では、採用活動に関する膨大な口コミ情報が交換されている。そこでやり取りされる情報の真偽のほどは保証されていないが、求人活動をしている個人の立場からすると重要な判断材料である。そのため、企業はウェブ上でやり取りされる口コミにも配慮をしなくてはならない状況にさらされている。インターネットで悪評が飛び交い、いわゆる「炎上」や「ブラック企業」のレッテルが貼られると採用活動の難易度は跳ね上がる。経営学としては「レピュテーション(評判)・マネジメント」と呼ばれる領域が、この問題を取り上げ、マネジメント施策について研究している。

このように、90年代後半でのインターネットによる採用活動の変化は急速に起こり、従来の在り方を大きく変えた。また、テクノロジーの導入による新たなる課題は、経営の難易度を高め、採用担当者に母集団形成をするための「マーケティング」や「レピュテーション・マネジメント」などの高度なビジネス・スキルが求められるようになってきた。


現代のテクノロジーによる採用プロセスの変化

インターネットの登場から二十数年が経ち、企業の採用活動はAIに代表されるテクノロジーの進化によって、新たな変革期に来ている。そこで重要になってくるのが、「母集団形成モデルからの脱却」「データ分析」である。

前節で述べたように、インターネットの登場によって、採用活動に関わるコストは肥大化し、競争は激化している。採用活動の母集団形成モデルからの脱却は、このような問題を解決することが期待されている。

特に、欧米では取り組みを早くから始め、学術的にも数多くの研究成果が出ている。米国の経営学学会(Academy of Management)や産業組織心理学会(Society for Industrial and Organizational Psychology)における採用研究のほとんどが、この問題に焦点を当てている。具体的には、募集段階からスクリーニングを行い、求人の精度を高めることに主眼が置かれる。

この領域で、近年、注目を集めているのが「ソーサー(Sourcer)」という役割だ。ソーサーは、SNSや人的ネットワークのデータベースを駆使して、自社に求められる人材プールを作成する。従来の採用プロセスでは、求人のニーズが事業部などの現場から出てきてから人材要件を決め、募集を出す。しかし、ソーサーは、事業戦略と現場の状況、労働市場の情勢から判断し、事前に候補者リストを形成する。そのため、候補者リストには転職を考えていない人材も含まれる。ソーサーはテクノロジーを駆使して、優秀な人材とのネットワークを構築していく。ソーサーに関する詳しい事例は、リクルートワークス研究所の「世界の最新雇用トレンド」で紹介されている。


テクノロジーによる採用の変化で、もう1つ大きいことはピープル・アナリティクス(人材データ分析)の活用だ。マスコミでは、AIによる書類選考や面接での自動診断などが取り上げられているが、これらのツールは自社の人材データがあって初めて機能する。

それでは、どのような人材データが採用の精度を高めるために必要なのだろうか。この問題意識への解として、近年、注目されている概念が「従業員体験(Employee Experience)」だ。従業員体験とは、企業内での業務履歴と保有するスキルの見える化とデータベース化だ。従来は、人事部が異動や昇進の判断材料として取り扱ってきた人事データをデジタル技術で個人にも開示していく。従業員体験が重視されるようになってきた背景について、PwCのコンサルタントである土橋氏は、1980年以降に生まれた「ミレニアル世代」が、組織の中核的存在になっていることが大きいと述べている。デジタルネイティブなミレニアル世代にとって、勤務先企業に対してもデジタル化された経験価値を求める傾向が強い。そして、この傾向はこれから強まっていくと予測されている。

企業は、従業員体験のデータベース化を行い、そのデータベースを活用することで初めて、AIなどのツールが効果を発揮する。そもそも、採用は何をもって成功とするかの定義が難しく、そのために優秀な人材の予測が困難であった。しかし、従業員体験のデータベース化を行うことで、自社で活躍する人材の予測精度が高まっている。Googleをはじめとしたハイテク企業だけではなく、米国のペプシコ社やフランスの通信会社ORANGE社などの伝統的な大企業でも成果を上げてきている。


テクノロジーを使いこなすための組織改革

90年代後半、インターネットが大きく採用市場を変えたように、テクノロジーの進化によって、採用活動の在り方は大きな転換点を迎えている。これまでの常識が覆り、まさしく「ゲーム・チェンジング(Game Changing)」と言える変化だ。しかし、90年代後半での変化とは違いがある。それは、インターネットは企業と求職者の双方に同じ程度のインパクトを与えたが、現在の変化は求職者よりも企業に求める変化が大きい

「母集団形成モデルからの脱却」は、企業内の成功体験を否定することになる。極端な話、「たとえ応募者が1人であっても、その人材が優秀であれば良い」というマインドセットが母集団形成モデルからの脱却の象徴だ。採用担当者は、マインドセットの変革とともに、「ソーサー」としての新たなスキルを身に着けることが求められる。

「ピープル・アナリティクスの活用」のためには、組織改革を伴う必要がある。これまで暗黙的に考えられてきた企業内での経験を見える化し、人事データをデジタル化することは従業員全体の意識改革と新たな制度設計が求められる。しかし、大がかりな変革ではあるものの、上手くテクノロジーを使うことで変革の難易度を下げることもできる。IBMやSAP、Salesforceをはじめとした企業向けのシステム開発をしている企業も、変革を後押しするツールを提供し始めている。

PwCのレポートによると、世界の経営者の大多数がデジタル時代に向けて従業員のスキルとマインドセットを刷新する必要があると感じている。組織と人材のデジタル化は時代の流れともいえる。採用活動へのテクノロジーの導入は、組織と人材のデジタル化のためにも必要なプロセスと言えるだろう。



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