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採用施策の制度疲労は、中小・ベンチャー企業にとっての好機となる

採用活動において、「企業の知名度」と「給与・報酬」は求職者を惹きつける大きな要因だ。特に、現代の就職活動の多くは、「企業の知名度」と「給与・報酬」が強力なインセンティブとして働くようにできている。求職者がインターネットで職探しをするようになり、膨大な求人広告にアクセスできるようになった。この膨大な求人広告を前に、求職者は興味のある求人のみをスクリーニングし、求人内容の比較検討を行う。そのため、知名度の低い企業は高いコストを支払い、求人広告を出しても見向きもされないという状況が生まれがちだ。同様に、合同会社説明会に出展しても、知名度の高い企業にばかり求職者が集まり、知名度の低い企業のブースには閑古鳥が鳴いていることも多い。
また、インターネットによって容易に求人内容の比較ができるため、大手企業と比べて給与水準の低い中小やベンチャー企業にとっては厳しい局面もある。人件費はかなり大きなコストであるため、そう簡単には増やせない。
それでは、知名度や給与水準の劣る中小企業やベンチャー企業は、どのように募集を行っていくべきか。頭を悩ませている企業は多いことだろう。知名度を上げるために、学校訪問や転職セミナーへ参加する回数を増やし、求職者との接点を増やすようにするべきか?しかし、少人数(もしくは一人)で回している採用担当にそんなマンパワーの余裕はない。
それでは、どのように求職者を惹きつけ、集めることができるのか。成功の鍵は、機動力と柔軟性にあるだろう。古今東西、小さな組織が大きな組織に勝利をおさめてきたのは、小ささ故のメリットを最大限活用してきたからだ。

伝統的な採用施策と人事システムは制度疲労を起こしていることを認識する
一口に中小やベンチャー企業といっても、すべての企業が採用に苦しんでいるわけではない。それどころか、採用を得意とする企業も数多くある。カヤックやラクスル、ライフルなどのベンチャー企業には、多くの優秀な人材が集まっている。これらの企業に共通して言えることは、採用施策や人事制度全体が「魅力的な職場」であるために、日本的経営とも呼ばれる伝統的な人事制度に縛られず、柔軟に創り上げられていることにある。
伝統的な採用施策には、時代の流れに会わず、そのために求職者や採用後に配属される現場に無理を強いていることが多い。本稿では、制度疲労を起こしている3つの例を挙げていきたい。


第1に、採用や選考の時点で、求職者が実際に一緒に働くことになる従業員や上司と接点を持つことはほとんどない。求職者が説明会や面接で会う従業員は、採用の意思決定に関わる人物か、ウケの良い優秀な社員であることが多い。中途採用であっても、面接官として上司となるマネジャーや役員と会うだけで、同僚となるメンバーと一緒になることはほとんどない。そのため、求職者にとって、実物のわからない宣伝商材を見せられているようなもので、実際の職場環境の良し悪しを判断することができない。就職や転職の口コミサイトの人気があるのは、企業から提供される情報では本当のことが分からないため、判断材料が欲しいためだ。
採用に関する学術用語でリアリスティック・ジョブ・プレビュー(Realistic Job Preview)という概念がある。採用活動において、良いことも悪いことも包み隠さず、すべてを公開することで、募集者に入社後の具体的なイメージを掴んでもらう手法だ。数多くの実証研究がおこなわれており、求職者にとってネガティブな内容も含めて公開している企業は、ポジティブな内容しか公開していない企業と比べて、求職者の志望度に差がないことが示されている。反対に、ポジティブな内容を開示することで、企業に対する愛着や入社後のコミットメント、職務満足度、定着率が高まる傾向にあると報告されている(Premack & Wanous, 1985: Wanous, 1973)。
つまり、求職者にとって、現状の採用活動には不透明な点が多すぎる。この問題は、採用後に配属先を決めることの多い大企業では解決することが容易ではない。配属先を明示するためには、人事部だけではなく、現場の部署や部門責任者など、関係者の人数が多く、膨大な調整コストが必要となる。中小やベンチャー企業は規模が小さい分だけ、調整コストが少なく済む。採用に現場を巻き込み、採用活動中に一緒に働くだろう職場のメンバーとすり合わせを行い、良いことも悪いこともすべて求職者に詳らかにすることで、求職者の志望度を上げることができる。


第2に、求職者は、自分の期待されている役割や担当する職務内容がわからないまま、採用活動を強いられている。例えば、システムエンジニアは専門性の高い職種であるが、「プログラミングやコードを書くこと」以上のことが採用時点でわかることは少ない。具体的にどのようなプロジェクトに参加し、どのような役割をこなして欲しいのかが明らかにされることはほとんどない。これが、事務系職種になると余計に顕著になる。そのため。新入社員の多くは新卒採用者も中途採用者も、配属されてから部署内に暗黙的に共有されている役割や仕事内容を読み取り、学習していく必要がある。
先述したように、採用活動の透明度を上げることは求職者にとって企業への愛着を高め、入社後の適応にも効果を発揮する。入社後に手探りで仕事を覚えていくと言うプロセスは、ビジネスのスピードが今ほど早くなく、尚且つ、ゼネラリストとして会社都合の社内異動が多かった一昔前のモデルだ。自分で自律的にキャリアを考える必要があり、ビジネススピードが速くなった現代において、手探りで仕事を覚えるプロセスは減らしていき、労働生産性を高める必要がある。
また、採用後に期待している役割や将来のキャリア、成果を出して欲しい職務内容を伝え、しっかりとコミュニケーションをとることは、求職者の志望度を上げるほか、選考にも役立つ。仕事内容や期待を伝え、それにワクワクし、共感してくれない人材は、どれだけ優秀な能力を持っていたとしても採用すべきではない。


第3に、求職者は内定後になぜ自分が欲しいと思われたのか、その理由を知らされることがほとんどない。「なぜ競合他社ではなく、弊社を志望したのですか?」という質問は、採用面接でよく出てくる問いだ。複数ある選択肢の中で、なぜ自社の求人に応募したのかという動機を知ることは、選考において重要な判断基準だ。同様に、求職者が内定(内々定)をもらったときに、「なぜ複数の応募者の中から、自分が選ばれたのか?」は就職先を決める上で重要な判断基準となる。1社からしか内定をもらっていない状態で就職先を決めるならともかく、優秀な人材は複数企業から内定をもらうことが多い。
中小企業やベンチャー企業が内定辞退を防ぐために、かなり有力な手段としてよく知られているのが、最終面接で経営トップ、社長に出てきてもらうことだ。企業のトップが最後に出てきて面接に合格するということは、社長から直接「入社して欲しい」というメッセージを出すことに繋がるためだ。そのメッセージが、求職者を入社へと動機づけることになる。
つまり、ただ内定を出すのではなく、「なぜ入社して欲しいのか」というメッセージを伝えることが、求職者の入社意欲を掻き立て、内定辞退を防ぐことにもつながる。それでは、どのようにメッセージを伝えるべきだろうか。その第1歩は、どのような人材を求めているのか、自社独自の人材要件を創り上げることだろう。「明るく、元気で素直、地頭が良い」といった、ありきたりな言葉ではなく、自社の求める人物像として、しっかりと軸を示すことが説得力のあるメッセージを創り上げる。ここでいう軸とは、「リッツカールトンのクレド」や「Googleの10の事実」のような、全従業員が共通して持つべき価値観であり、将来への指針だ。このような軸は、経営学用語としてエンプロイ―・バリュー・プロポジション(Employee Value Proposition)と呼ばれる。軸を明確化し、そこから自社独自の採用の人材要件を創り上げ、求職者とコミュニケーションをとっていく、ストーリーの一貫性が優秀な人材を惹きつけることに有効だ。

 ここまで、制度疲労による採用における3つの不具合について検討してきた。これら3つの指摘に共通することは、現状の採用活動には不透明なところが多いということだ。採用の不透明さは、求職者が入社後のイメージを掴むことを困難にし、企業と求職者のコミュニケーションを阻害する。大企業がこれらの制度疲労を解決し、採用の透明性を上げることは簡単なことではない。規模が大きく、伝統の中で人事制度の柔軟性が失しているためだ。しかし、中小やベンチャー企業が採用の透明性を上げることは、調整コストが少なく、大企業ほど難しいことではない。採用に困難さを感じている企業の人事担当者は、是非、採用の透明性をできるだけ確保して欲しい。

【参考文献】
Premack, S. L., & Wanous, J. P. (1985). A meta-analysis of realistic job preview experiments. Journal of applied psychology, 70(4), 706.
Ulrich, D., & Brockbank, W. (2005). The HR value proposition. Harvard Business Press.
Wanous, J. P. (1973). Effects of a realistic job preview on job acceptance, job attitudes, and job survival. Journal of Applied Psychology, 58(3), 327.


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