2.タツの日(短編戯曲ウサギシリーズ)

作:久野那美  ※上演に際してのお問い合わせは、xxnokai@gmail.comまで


登場するもの: 兎 タツ

兎 1月1日。快晴。公園はしんと静かだった。
  町にはもう、人がいない。
  次の町へ向かわなくては。
  無性に話したくなる。
  誰かに聞いて欲しいのに。聞いて欲しい時にはいつも、その誰かがいない。
         
  ふと。後ろで誰かの気配がした。
  もう、誰もいないはずなのに。
  振り返ると…大きなタツが、丸い目でこっちを見ていた。
 
タツ あけましておめでとうございます。 
 
兎  タツは軽く会釈をし、新年の挨拶をした。
  隣のブランコへ腰掛けると、不器用にこぎ始めた。
  ブランコが揺れるたび、大きなしっぽがじゃりじゃりと地面をえぐった。
  ブランコに乗るのに適した形をしていないのだ。
 
じゃり、じゃり
          
タツ 兎さん…ですよね。
兎 わかります?
タツ ええ。わかりやすい形ですから。
兎 ・・・・・・・わかりやすいのは形だけです。見てわからないこともありますよ。
タツ  ???
兎 ひとを食べる兎の話…、聞いたことありますか?
タツ ひとを食べるんですか。
兎  はい。
タツ あなたが?
兎 ええ。
タツ ふふっ。兎なのに?
兎  兎なのに。
タツ ふうん。
兎  ・・・・・。


 
兎 食べないと死んでしまうんです。この町の人もみんな、食べてしまったんです。
タツ この、町の人…。…(ぼおっ炎を吐く)
兎 ………炎を吐きましたね。
タツ …ごめんなさい。
兎 いえ…。
タツ  きいてますよ、ちゃんと。
兎 …。
 
兎 人を食べる兎との付き合い方を、誰も知りません。僕にもわからないんです。
  勉強しました。法律や、文学や、哲学や、科学…。法律は人を食べる兎を裁いたりしないんです。だから、僕には罪がないのかもしれないと思いました。
 でも、法律は人を食べる兎の権利のことも、説明したりしませんでした。
 文学や、哲学や、科学が教えてくれるのは、人間と世の中のことでした。
 正しいことや間違ったことについてでした。
 人を食べる兎のことではありませんでした。
タツ 文学…(ぼおっ炎を吐く)
兎  はい。
タツ 哲学…(ぼおっ炎を吐く)
兎 はい。
タツ 科学…(ぼおっ炎を吐く)
兎  はい
 
兎 ひどく疲れてきた。タツは炎を吐きながら、顔色一つ変えずにブランコをこいでいた。
          
タツ 何をやっても、どうしようもないんですね。
兎  …。
タツ 兎なのにね。
 
兎 タツは七色の炎を吐いた。
   なんだか嫌な気持になった。
   こんなことまで言われたことはなかった。
   それは、きっとその前に…。
 
兎 あなたも人間を食べるんですか?
タツ いいえ。
兎 …タツって、は虫類なんですか?
タツ …(無視)
兎 卵を産みますか?
タツ (無視)
兎 …空を飛びますか?
タツ (無視)
兎 休みの日は何してるんですか?
タツ (ぼーーーーーっ大きな炎を吐く)
兎 …ごめんなさい。質問されるのは嫌いですか?
タツ 答えられないんです。何を聞かれても。
兎  ??
タツ 存在しない生き物だから。
兎 え?
タツ ほんとはね、いないんです、どこにも。 正しいタツも、間違ったタツも。
兎 だって…。
タツ あなたは今、私と話をしているけれど、ほんとはそんな気がするだけ。
   あなたが、そう思ってしまっただけ。
兎 …。
タツ だからわたしは人間を食べたりしないし、兎も食べたりしないし、あなたも私を食べることができない。
兎 …。
風が吹く。
 
タツ ( ぶるるっとふるえる)
兎  ……寒いですか?
タツ 平気です。寒い時は炎を出しますから。
 
兎 タツは地面に降り、大きな炎を吐いた。
  炎はブランコをひとつ燃やした。
  ………ぶらんこはひとつだけになった。
  タツは仕方なく、ぶらんこを降りて、物欲しそうにこちらを見ていた。
 
タツ 何処行くんですか?
兎 おなかがすきました。ここにはもう。食べるものがありません。
タツ 乗らないんですか?
兎 はい。 
タツ ふうん。
 
兎 背後でじゃりじゃりと音がした。振り返ると、タツが残ったブランコをこいでいた。
     
タツ さよなら。(ぼおっ)
兎  …さようなら。
 
兎  タツに背を向けて、てくてくと歩いた。
   次の町は遠かったけれどやがてたどり着いた。
   空腹になるとひとりづつ、人間を食べた。
   誰かに話したいとき、いつもそこには誰もいなかった。
   空っぽの町をあとにするたび。タツのことを思い出した。
   また、どこかで会えるだろうか。
   どこにもいないはずのタツは今もあの公園にいて、
   大きなしっぽをひきづって、
   窮屈そうにブランコに乗っているような気がしてならない。
   そういえば。あの日。
   初めて誰かに「さようなら」を言ったのだった。
 

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久野那美

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