タツの日
作:久野那美
※「短編集1 兎の日」より
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登場するもの: 兎 タツ
兎 1月1日。快晴。公園はしんと静かだった。
町にはもう、人がいない。
次の町へ向かわなくては。
無性に話したくなる。
誰かに聞いて欲しいのに。聞いて欲しい時にはいつも、その誰かがいない。
ふと。後ろで誰かの気配がした。
もう、誰もいないはずなのに。
振り返ると…大きなタツが、丸い目でこっちを見ていた。
タツ あけましておめでとうございます。
兎 タツは軽く会釈をし、新年の挨拶をした。
隣のブランコへ腰掛けると、不器用にこぎ始めた。
ブランコが揺れるたび、大きなしっぽがじゃりじゃりと地面をえぐった。
ブランコに乗るのに適した形をしていないのだ。
じゃり、じゃり
タツ 兎さん…ですよね。
兎 わかります?
タツ ええ。わかりやすい形ですから。
兎 ・・・・・・・わかりやすいのは形だけです。見てわからないこともありますよ。
タツ ???
兎 ひとを食べる兎の話…、聞いたことありますか?
タツ ひとを食べるんですか。
兎 はい。
タツ あなたが?
兎 ええ。
タツ ふふっ。兎なのに?
兎 兎なのに。
タツ ふうん。
兎 ・・・・・。
間
兎 食べないと死んでしまうんです。この町の人もみんな、食べてしまったんです。
タツ この、町の人…。…(ぼおっ炎を吐く)
兎 ………炎を吐きましたね。
タツ …ごめんなさい。
兎 いえ…。
タツ きいてますよ、ちゃんと。
兎 …。
兎 人を食べる兎との付き合い方を、誰も知りません。僕にもわからないんです。
勉強しました。法律や、文学や、哲学や、科学…。法律は人を食べる兎を裁いたりしないんです。だから、僕には罪がないのかもしれないと思いました。
でも、法律は人を食べる兎の権利のことも、説明したりしませんでした。
文学や、哲学や、科学が教えてくれるのは、人間と世の中のことでした。
正しいことや間違ったことについてでした。
人を食べる兎のことではありませんでした。
タツ 文学…(ぼおっ炎を吐く)
兎 はい。
タツ 哲学…(ぼおっ炎を吐く)
兎 はい。
タツ 科学…(ぼおっ炎を吐く)
兎 はい
兎 ひどく疲れてきた。タツは炎を吐きながら、顔色一つ変えずにブランコをこいでいた。
タツ 何をやっても、どうしようもないんですね。
兎 …。
タツ 兎なのにね。
兎 タツは七色の炎を吐いた。
なんだか嫌な気持になった。
こんなことまで言われたことはなかった。
それは、きっとその前に…。
兎 あなたも人間を食べるんですか?
タツ いいえ。
兎 …タツって、は虫類なんですか?
タツ …(無視)
兎 卵を産みますか?
タツ (無視)
兎 …空を飛びますか?
タツ (無視)
兎 休みの日は何してるんですか?
タツ (ぼーーーーーっ大きな炎を吐く)
兎 …ごめんなさい。質問されるのは嫌いですか?
タツ 答えられないんです。何を聞かれても。
兎 ??
タツ 存在しない生き物だから。
兎 え?
タツ ほんとはね、いないんです、どこにも。 正しいタツも、間違ったタツも。
兎 だって…。
タツ あなたは今、私と話をしているけれど、ほんとはそんな気がするだけ。
あなたが、そう思ってしまっただけ。
兎 …。
タツ だからわたしは人間を食べたりしないし、兎も食べたりしないし、あなたも私を食べることができない。
兎 …。
風が吹く。
タツ ( ぶるるっとふるえる)
兎 ……寒いですか?
タツ 平気です。寒い時は炎を出しますから。
兎 タツは地面に降り、大きな炎を吐いた。
炎はブランコをひとつ燃やした。
………ぶらんこはひとつだけになった。
タツは仕方なく、ぶらんこを降りて、物欲しそうにこちらを見ていた。
タツ 何処行くんですか?
兎 おなかがすきました。ここにはもう。食べるものがありません。
タツ 乗らないんですか?
兎 はい。
タツ ふうん。
兎 背後でじゃりじゃりと音がした。振り返ると、タツが残ったブランコをこいでいた。
タツ さよなら。(ぼおっ)
兎 …さようなら。
兎 タツに背を向けて、てくてくと歩いた。
次の町は遠かったけれどやがてたどり着いた。
空腹になるとひとりづつ、人間を食べた。
誰かに話したいとき、いつもそこには誰もいなかった。
空っぽの町をあとにするたび。タツのことを思い出した。
また、どこかで会えるだろうか。
どこにもいないはずのタツは今もあの公園にいて、
大きなしっぽをひきづって、
窮屈そうにブランコに乗っているような気がしてならない。
そういえば。あの日。
初めて誰かに「さようなら」を言ったのだった。
この作品を音声ドラマで聞いていただけます(期限:6か月)
脚本・演出:久野那美
出演:七井悠(劇団飛び道具) 大西智子
音楽:酒井康志(Foumalhaut)
録音・編集:合田加代(結音)
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